その65 焼き肉屋の神さま席
私、焼肉屋の店長してます。
誰でも知ってるあのチェーン店です。人手が足りないときは厨房に立ったりもしますよ。
それで一年くらい前ですかね。前任の方――――その店のオープニングから店長をしてらした方です――――からとある店舗の店長職を引き継ぎまして。
それでまぁ、マニュアルに載ってないような細かい事項の引き継ぎとかもしていたんですが。
『神さま席』って言われてる座席があるんですよ。
この店独自の隠語なんですけど……ひと言で言えば、店舗の一番奥の席です。入り口からは直接見えない位置にあるボックス席で、四人がけです。つくりに他の座席と違いはなくって………席があって、卓があって、備え付けのグリルが卓の真ん中にあって、すぐ上に換気ダクトが垂れ下がってます。
で、前任の店長が言うには、"どんなに混雑していても、『神さま席』には絶対に誰も座っちゃいけない"って言うんです。本部から指摘されても絶対従っちゃダメだって。
それでまぁ当然理由を訊いたんですけど、その前任の方、声をひそめて"あそこに客を座らせるとな、ほぼ確実にクレームがくるんだ"と。
どんなクレームがくるか訊いたら、"肉の皿を提供すると、それがなぜか、盛り付けが普通よりも少ない"と言われるらしいんです。
提供する前はきっちり測って出してるはずなので、そんなことはないはずだと思ったその前任の方は、いちど徹底的に調べてみたんですって。監視カメラの映像とかで。
すると、たしかに肉が減ってるんですよ。
例えば、キッチンで提供用の皿に盛りつけたときはきっちり100gだったのに、それがホールスタッフの手を介して、神さま席のテーブルに置かれたら、その瞬間にだいたい三割くらいがどこかに消えるんです。
ホールスタッフがつまみ食いしてるはずもないです。だって生肉ですもの。
なんともまぁ不気味で………だから前任の店長はそこにお客を座らせるのをやめたんです。面倒くさいですしね。
でもそんな超常現象が起こるってことは、そこに何かが『ある』のは確実なわけで………。
だから放っておくのも怖かったんでしょうね。前任の店長のマニュアル外の引き継ぎ事項には、『毎日、牛カルビを1人前、神さま席に供えておくこと』っていうことも含まれていました。
供えるのはまぁかまわないんですが……。
その分の代金はどこから出すんですか? って訊いたら、"それは店長であるキミがこっそり出してやってよ"って言うんです。
ムカつきません?
なんで私がそんな訳のわからないことにカネを払ってやんなきゃなんないんだと。牛カルビ1人前だけ、1日数百円って言っても、毎日ってなると1万数千円になるんですよ?
なので、半分だけその事項を引き継ぎました。
どういうことかというと、『神さま席に誰も座らせない』のは引き継ぎましたけど、『毎日肉を供える』のはやめたんです。
それで、二週間くらいは何もなかったんです、だから、"やっぱいらないじゃん"って思ったりして…………。
"これなら、別に神さま席にお客を座らせても問題ないんじゃない?"と思って、いちど試してみたんですね。
そしたら
その席に座ったお客………子どもひとりの家族連れの方々の。
お子さんの指が2本、無くなりました。
かじられたんです。
何にって?
わかりません。
あの席にいる何かです。
すごくお腹が空いてたんでしょうね。
当然、すごく問題になって………仕方なく全部、私、本部に話しました。もちろん最初は信じてもらえませんでしたけども………荒唐無稽な話なので、向こうも"そんな事態予想できなくて当然だよ"って言ってくれまして。
私には特にペナルティもなかったですね。
でも、その神さま席自体はまだあるんですよ。不用意に潰したらどうなるかわかりませんしね。
供え物代が会社持ちになったので、いまは毎日肉を供えることで、何も問題なく運用できてます。
………ところで、私、今度仕事辞めるんですよ。
それで、まぁ後任の方に引き継ぎの資料とか作ってたりするんですが………。
その人、オカルト信じない人っぽいんですよね。
当然、供えものもやらないでしょうし、神さま席に誰かを座らせることもするでしょうね。
なんていうか………
対岸の火事って、なんでこんなにワクワクするんでしょうね?(笑)
私、今から楽しみで仕方ないんですよ。
だって、その頃にはもう私辞めて、何も関係がないんですから。




