その62 ドローンに写った海坊主
ちょうど、ドローンというものが一般人でも普通に買えるようになってきたころですかね。
私、千葉県の東海岸に住んでまして、当時は大学生でした。
それで、映像制作に関心がありましたし、新しいもの好きでもありましたので、さっそくカメラ付きの小型ドローンを買ってみたんです。
直径は40センチくらい。プロペラは4つついてました。8000円くらいだったかな。無線のコントローラーにも小さいディスプレイが付いていて、手元で映像を確認しながら飛ばせるやつです。
で、買ったらさっそく飛ばしたいなーと。でもまぁそのへんの公園とかだといろいろ危ないだろうから、もっと電線とか建物とかない、広いところがいいなと。
じゃあ海で飛ばしてみようかなって。
あ、ちなみに海辺でのドローンの使用は推奨されてませんからねー(笑) 強い海風でコントロールを失いやすいんで。
まぁそれはそれとして。とりあえず海辺の堤防に出てみたんです。季節はもう秋口になろうというころでしたから、人影といえば、海釣りに興じるおじさんたちが、まばらにぽつぽついるくらいでした。
そんななかでもとくに人のいないあたりを選んで、ワクワクしながらドローンを飛ばしてみたんです。
"すごい時代になったもんだなぁ"と感じましたよ。それまで個人で空撮をやるのはなかなかハードル高かったですが、ドローンならこんなにも簡単にできる。
私、テンション上がっちゃって、とにかく高いところまで機体を上げてみました。
手元のコントローラーについた小さいディスプレイ越しでしたが、高い視点から見る海の広大さと美しさといったら……! 感動しましたねぇ。
思わず"おぉ"と声をあげちゃったりして(笑)
その日は風もあんまりなくて、海も穏やかで……遮るもののない天の青空と、並行して広がる海面が陽光を受けてキラキラと複雑に輝くさまは、まるで宝石みたいでした。
そして、カメラを東の果て………水平線の向こうへ向けたときでした。
"何かあるぞ"と。
まさに水平線の上……海面と大空の境目です。
何か黒い影があるのが見えたんです。
それは、遠方なのでごくごく小さな豆粒のように見えましたが………何か丸くて大きいもののようでした。
私、それが何かわからなくて……島なわけがないし。でも船にしてはシルエットが丸すぎるように見えます。鯨の可能性もありましたが、それにしては大きすぎる気がしましたし………。
でもその黒いなにかは確実に存在しているんです。
私、気になって気になって………。
"ドローンを使えば、もうちょっと近くで見れるんじゃないか?"と、そう思ったんです。
そう考えたらもういてもたってもいられませんでした。私は好奇心の衝動に突き動かされるままにドローンを回収すると、その足で近くの貸しボート屋に向かったんです。海で釣りをする人向けに、手漕ぎのボートを貸し出してる店です。
私、そこで一艘借りて、沖に向かってオールを漕ぎました。もしかしたらあの謎の黒いものが、そうこうしているうちに消えてなくなってしまう可能性もありましたからね。とにかく急いでいました。
急いでいたから、気づくのが遅れたんです。
沖に進むボートのスピードがみょうに速いことに。
"まずい、離岸流だ!"と気づいたときには、ボートはもうかなり流されてしまっていて………あっという間に出発した浜が小さくなってしまっていました。
明らかに危険な距離に流されてしまった私は不安にかられました。"今すぐ戻らないと漂流してしまう"と……でも同時にこうも思ったんです。
"今があの謎の黒いものに一番近い位置にいるな"と。
そう思った私は、すぐさまドローンの準備を始めました。まだ砂浜はギリギリ見えていましたから、油断していたんでしょうね……今思うと。
揺れるボートの上でドローンを離陸させ、あの黒いものが見えた方向にカメラを向けると、思いっきり飛ばしました。
するとですね。
高いところから見ているのもあって、わりとすぐに、あの黒いものがあるのが見えたんです。
その向こうの風景も。
絶句しました。
水平線の向こうには、何もなかったんです。
海面はまるでハサミで切られた紙のようにぶつ切りになっていて、それが水平線でした。
水平線の向こうにはただただ真っ白な空間が広がっていました。物体らしきものは何もなく、海も、空も、その気配すら見えませんでした。奥行きすら感じられないほど広大な………広大という言葉では言い表わせないほど広く、無限に近い真っ白な空間が……海の向こうにあったんです。
私はその光景にすっかり頭が真っ白になってしまって………水平線の手前にある、例の黒くて丸い物体のことを失念してしまいました。
我にかえったのは、その黒くて丸いなにかが、明らかに『ドローンに向かって手を振った』のが見えたからです。
私、"えっ!?"と目をみはりました。
遠方から見えた何か黒くて丸いものの正体………
それは、ヒトの頭だったんです。
巨人がいたんです、海に。
正確な大きさはわかりませんが………とにかく見上げるほど大きくて、全身真っ黒な巨人が、ドローンに向かって手を振っていました。
光を反射しない黒い顔面に、眼球の白目部分が浮いて、こちらを見ているのがはっきりわかります。
海面から上半身だけを突き出して、しっかりとそこに立っているようでした。よく見ると、ちゃんと服を着ているようにも見えます………。
私、あまりの恐怖に動けませんでした。ドローンのコントローラーも操作できず………全身が固まっているあいだに、ドローンは一瞬にして制御を失い、海面に墜落してしまいました。
私は手元から視線をあげ、巨人がいると思われる方向を見ました。
すると………あの黒い巨人が………
こちらに歩いてきているのが見えたのです。
巨大タンカーの何倍もの迫力で海水を左右にかきわけながら、まるでそこが市営プールか何かのように、なんの困難もなくこちらに歩いてきているのです。
"逃げなきゃ"と思いました。
でも私、普段ボートなんて乗りませんし、ひどく慌てていたものですから、オールを満足に操ることもできずに、その場でぐるぐる回っていたと思います。
黒い巨人はどんどん迫ってきています。巨人の体に押された海水が波になり、どんどん高くなっているのがわかります。
波はあっという間にボートが転覆しそうなくらいの高さになって………上下に激しく揺れる小舟のなか、私はふちにしがみつくので精いっぱいでした。
そしてとうとう、周囲が一気に暗くなりました。
ボートの上に影が落ちたのです。
恐怖に震えながら見上げると………。
頭上に輝くふたつの大きな目と、目が合いました。
私は………
私は何もできませんでした。何も言えませんでした………。
ただただ恐怖と絶望に身をこわばらせながら………。
眼前にそびえ立つ『死』に、震えあがっていました………。
どれほどそうしていたでしょうか。
一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる時間、私と巨人は見つめ合っていましたが…………。
やがて、頭上から声が降ってきたのです。
巨人が喋ったのでした。はっきりとした人間の言葉を。
その声は………言葉は…………
こんな感じでした。
"あんれまぁ〜〜〜!? ダメだよぉこんなとこ来ちゃあ!! まだ工事中だよぉ!! え、なに? 漂流した? 流されちゃった!?"
あまりにも意外すぎる、明るい男性の声でした。完全に不意をつかれた私はあっけにとられて、つい普通に"あ、はい"と答えてしまいました。
"あ〜〜そうなの!? アプナイよぉ、気をつけてよぉ! わかったわかった、オッチャン今からキミ浜に返したるから! しっかりつかまってな!! いくで!"
すると急にボートが巨人と逆方向に引っ張られる感覚がありました。ボートは驚くべき速さでぐんぐんと進んでいき…………
ものの数分で、私が出発した浜に乗り上げたのです。
………これが、私の経験した不思議な話です。
あとで落ちついたころ、結局、あの黒い巨人はなんだったのかと考えましたが…………。
あれ、海坊主だったんじゃないですかね。
黒い巨人ですし……なんかオッチャンって言ってましたし。
いやぁ、なんていうか。
たまたまいい人で良かったです。
ところで、もし知ってたら教えてほしいんですけど。
あの海坊主、『まだ工事中』って言ってたんです。
もしかしてこの世界って、誰かの作り物だったりします?




