その60 4年1組の神様
小学四年生のときの体験学習で、焼き物を作ろうっていうのがあったんですよ。
小学校近くにそういう工房があったので、クラスのみんなでそこにお邪魔して、赤茶色の粘土をこねて作るんです。で、出来上がったものはその工房の人が専用オーブンで焼いてくれて、後日学校に届けられる。そういうイベントがあったんですね。
それで、まぁ焼き物を作ろうってなったらたいていはお皿とか、浅い器とかじゃないですか。でもその中にひとり、『人形』を作ったクラスメイトがいたんですね。
お察しのとおり、図工の時間とかにやたらはりきるタイプの男子でした。作った人形も、流行りのアニメキャラとかじゃなくて、オリジナルの………なんというか、土偶とか埴輪に近い見た目をした人形でした。
ユーモラスな見た目でしたよ。どこかのゆるキャラみたいな……ずんぐりとした体型の三頭身で、丸い頭に穴が3つあいてるだけの、すっとぼけた表情をしてました。しっかりしていたのは、その人形、自立するんですよね。そのクラスメイト、勉強はからっきしなのにそういうところはきっちりこだわるタイプで………。
工房のおじさんは、笑いながら、"面白いけど、これ焼いたら割れちゃう可能性が高いなぁ"と言ってましたが、両手で大切に運んでくれて………
そのおかげか、その人形、ちゃんと焼きあがったんです。
出来上がった焼き物は、総合的な学習の時間に先生が配ってくれたんですが……例のクラスメイト、赤茶けた土色の、固くずっしりと焼き上がったその人形を見たら、すごくテンション上がっちゃって。
教室後ろの荷物棚の上に、その人形を飾っちゃったんです。おまけに何やらむにゃむにゃ呪文のようなものまで唱えだして………。
もちろん悪ふざけですよ。その呪文も何かのマンガに出てきたものだったはずですし。先生に怒られてました。でもおどけながら席に戻ったあとも、その人形は棚の上に飾ったままにしていて………先生もなんとなくそれを許しちゃったんですね。まぁ、クラスの思い出ってことだったんじゃないですか。
その人形は最初こそ見慣れないから違和感がありましたが、1日も経てばすっかりクラスの風景に馴染んでしまって………。
なんとなく、みんな大切にするようになっていったんです。
近くの席の子が、給食の時間に小さなゼリーをその人形の前に供えたり………そのゼリーはほかの人があとで食べるんですが。
誰かがどこかで摘んできた小さな花を花瓶に入れて供えたり………。
掃除の時間に騒いでいた男子たちが、"壊しちゃったらいけないから"と、その人形の周りだけでは静かに掃除するようになったり………。
その人形、次第に『神様』と呼ばれるようになってました。
そんなふうに呼ばれるものですから、当然、何かご利益があるに違いないという雰囲気がクラスにできあがっていきましてね。
実際、"『神様』にお供えものをしたらテストの点数がよくなった!"とか、"『神様』を掃除したら失くしものが見つかった!"とか、そういうことを言いだす人も出始めたんですよ。
クラスの雰囲気もなんとなく前より明るくなった気がして………当時の私も、『神様』のことは好きでした。
"『神様』の見ている前では悪いことはできないな"と思って、小テスト中のカンニングもやめましたしね(笑)
それが半年くらい続いたでしょうか………。
もちろん学校でのできごとですから、いつまでもみんな同じまま、同じクラスなんてありません。3月の末になりまして、学年が上がるときが間近に迫ってきたんです。
それで、長いこと教室に飾っていた『神様』も、"いい加減家に持ち帰れ"と、先生から例のクラスメイトの男子にお達しがありまして。
ある日の帰りのホームルームが終わって、いよいよ『神様』を片付けようとなったんです。
私たちは例の男子をとりかこんで……彼がその『神様』を棚の上からおろすのを、まるで重大な儀式のように、固唾を呑んで見守っていました。
男子は『神様』を両手で持ち上げて、移動させようとじましたが………。
そのときでした。
うっかり彼が手を滑らせて、『神様』を床に落としてしまったんです。
素焼きの『神様』は、教室の硬い木の床にまっすぐ落ちて…………。
ガシャン、とこなごなに砕けてしまいました。
それと同時に、奇妙なことに。
落とした男子も、こなごなに砕けたんです。
立ったままの状態から、いきなり身体が無数の破片に分割されて…………中からとんでもない量の血が一気に溢れて、教室の床にびちゃ!と広がりました。どちゃどちゃと水分の多い肉片が床に撒き散らされる音もして………猛烈な鉄臭さと、汚物の臭いが一気に教室に充満しました………。
でも、周りの私たちはひとりも悲鳴をあげなかったんです。
なんというか………。
"あーあ、やっちゃった"とか。
そういう感想がまっさきに出てしまったんです。
いきなり、ひとりの子供がバラバラの肉片に分割される超常現象を目にしたばかりなのに………誰も、それがおかしいことだと思わなかったんです。
………やがて、異常に気づいた先生が悲鳴をあげて………やっと、私たちは目の前で起こったできごとに恐怖しました。
それ以来ですよ。
私が信仰というものに強い警戒をおぽえるようになったのは。
だって、何か信じてるものがあれば………
どのような異常事態も、残酷なできごとも、疑問を持たずに受け入れてしまうと、身を持って学んでしまったのですから。
何かを信じるときには、お互い注意しましょうね。




