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その6 野球の練習

 あれ以来トラウマで、いまだに野球中継とか直視できないんですけど。


 千葉のほうに行ったときのことです。1ヶ月の出張のあいだ、初の休みの日でした。たしか日曜日だったかな。よく晴れた秋の日で、涼しい風が心地よい日でした。


 私が泊まっていたのは利根川の近くで、会社がとってくれていたホテルから出ると、裏手がすぐに河川敷でした。利根川のほとりは広い公園とか、野球場になってたりして、休日の朝からわいわいと賑わっているような場所でした。


 私はふだん出不精な方なのですが、その日の陽気が気持ちよくって、ちょっと遠くのほうまで散歩でもしてみようと思ったんです。


 朝食をとってホテルを出て、川べりの土手に上がると、とても見晴らしが良かったですね。朝の光を受けた穏やかな水面がキラキラと輝いていたりして、空は青く、"清々しい"という言葉がとても似合う朝でした。


 それで思いっきり深呼吸なんかしちゃったりしたんですが、すると、ちょっと臭いんですよね。なんの臭いだろうと思って周りを見ると、どうやら上流にある牛舎の家畜の臭いが風に乗ってきてるんだとわかりました。私はもともと田舎のほうの出身でしたから、実家の近くもこんな臭いがしていたなあと、なんだか懐かしい気持ちになったりもしました。


 まぁ臭いのはどうしようもないので、私は川をさかのぼる方向に歩きはじめたんです。牛舎とかのある方向です。


 土手の上の舗装された道をてくてく歩いていくと、けっこう色んな人とすれ違いますね。ランニングしてる若い人とか、自転車で走る近所のおばさんとか、犬の散歩をしてるおじさんとか……私はなんだか新鮮な気持ちで、楽しく歩いていきました。


 しばらくすると、少しずつ牛の臭いも強くなってきて、私はどうやらその臭いのもとらしき牛舎を遠くに見つけました。


 でも私が話したいのは牛舎じゃなくって、その牛舎の近く、土手を挟んだ川のほとりで遊んでいた子どもたちのことなんです。


 その子どもたちは川のほとり、土の地面の上で遊んでいました。人数は5人くらいだったと思います。みんなたぶん小学生くらいで……最近の子どもは家でゲームばかりしているイメージでしたから、珍しいなあと思って、私は土手の上を歩きながらなんとなく遠目に眺めていたんです。


 彼らはどうやら野球の練習でもしているのか、金属バットらしきものを持ってる子どもがいて、ピッチャーの位置にもうひとりいます。残りはボールが飛んでこない安全な位置にしゃがみこんでいました。しゃがみこんでいるうちのひとりは大きなダンボール箱を抱えていました。


 私は、朝から野球のために集まっている子どもたちの姿につい和んで、足をとめてしばらく眺めてしまいました。でもすぐに違和感をおぼえたんです。


 なんか全然喋らないんですよ、その子たち。あの年頃の子どもたちなんかじっとしている方が無理な印象がありましたから、意外でした。彼らは喋らずに、バッターとピッチャーに集中しています。


 想像していたより真剣な集まりなのかもしれないな、そう思っていると、またひとつ違和感を見つけました。


 ピッチャーがボールを投げると、バッターが打つんですね。打てなかったボールは、キャッチャーがいないものですから、ほかの子どもが拾ってピッチャーまで届けてあげる。でもバッターが打ったボールは、誰も回収しにいかないんです。打って、周りの茂みに落ちたらそのまま。そしたら、しゃがみこんでいる子どもたちのうち、大きな箱を抱えている子どもが中からボールを1個取り出して、ピッチャーに渡す。


 豪勢なボールの使い方をしているなあと思ってよくよく注目してみると、なんかそのボール、おかしいんですよ。バットに当たったときも、あのキーン! っていう気持ちいい音がしないんです。私が立ってる場所が遠いせいかも思いましたが、どうやら違うみたいで、そもそもそんな音が鳴る素材じゃないみたいです。


 それに、遠目だったから気づくのに時間がかかったんですが、そのボール、なんだか黄色いんですよ。


 そのときようやく私は、さっきからかすかに聞こえているピヨピヨという音の正体がわかりました。てっきり近くの牛舎が養鶏もやっていて、そこから聞こえてくる鳴き声かと思っていましたが、よく見ると、しゃがみこんでいる子どもたちが抱えている大きな箱のところから聞こえているみたいなんです。


 その箱から取り出された黄色いボールをピッチャーが投げて、バッターが打つ。ボールは赤い一筋の放物線を青い空に残して、川べりの茂みに落ちる……。



 私は恐ろしくてたまらなくなって、すぐさま踵を返しました。


 あの子たちは、なんのためにアレをしていたんでしょうか?

 

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