その55 白い部分以外踏んだら地獄行きだからね!
子供のころ、一度はやりましたでしょ?
"『横断歩道の白いとこ以外踏んだら地獄行きね!』"ってやつ。
小学生の女の子がひとりいましてね。私、一緒に帰ってたんですよ。ふざけあったりしながら。
それで、いつも通る横断歩道にさしかかったんです。
そこは畑の真ん中を通る幅広の道路同士が直交する交差点でね。道路の脇には用水路が並行して走っていました。
周りになーんもなくって見晴らしがよくて。
それでも信号機はちゃんとあってさ。
その日は冬の曇りで、少し薄暗くて。
他の人は誰もおらず、道路を走る車の影もかたちもないくらい静かだったんです。
ふたりで信号待ちをしているときに、その女の子がいいことを思いついたようにニコニコながら言って。
"ねぇ、横断歩道の白いとこ以外踏んだら地獄行きだからね!"って笑ったんです。
私はすぐに心得て、青信号になったときに、先に歩道から飛び出しました。
横断歩道の縞々の白い部分を飛び石みたいにぴょんぴょん跳ねて、重さで暴れる手持ち鞄を抑え、革の靴の硬質な音を立てながら、あっという間に渡ってみせたんです。
女の子はまだ歩道に立ったままでした。彼女は私が横断しきり、肩で息をしつつも得意げに振り返ったのを、点滅しはじめた信号機の下で、ぱちぱち拍手しながら見ていました。
再び赤信号になったので、私と彼女は道路を挟んだまま、お互いの姿を眺めていました。
彼女は黒い髪を左右のおさげにしていて、グリーンのフードつきパーカーに、紺色に近い色のスカートを履いていました。その下には黒いタイツを履いていて、白いスニーカーでした。赤いランドセルを背負っていて、目立つ黄色いカバーをつけていました。
はっきり覚えています。間違いないです。
それで、また歩行者信号が赤から青に変わりまして。
彼女は左右から車が来ないことをたしかめると、よし! と意気込んで歩道から飛び出しました。
横断歩道の白い部分を、軽やかにぴょんぴょん跳んでいきまして。
真ん中あたりにさしかかったときです。
大きく跳ねるランドセルの重さが、彼女のバランスを崩しました。
彼女は大きくよろけ、道路に尻もちをついたんです。
ついたはずだったんですが………。
彼女のお尻は、横断歩道の白い部分ではなく、黒い部分に着地したようで。
そのまま彼女、その黒い部分に逆さまに吸い込まれて消えてしまいました。
まるで最初からそこが大きな穴だったかのように。当然のように。彼女は背中から倒れる姿勢で、黒い部分の中に落下していきました…………悲鳴すらあげずに。
あとにはただ冬の静かで冷たい風が吹いていて………広大な畑の隅々に、曇り空の薄暗さが満ちていました。
その後、私がいくら探しても彼女が見つかることはありませんでした。
………その後、警察が彼女を見つけました。
道路わきの用水路の太いパイプの中で。
もちろん、死んでいましたよ。
警察の調べでは、用水路に足を滑らせて転んで、そのときに首の骨を折ってしまった事故だったと………そういうことらしいです。
では、私が見たあの交差点での出来事は、見間違いか何かだったのでしょうか?
彼女が足を滑らせたのを見て、混乱した頭が作り出した幻覚だったのでしょうか?
もしくは………
あの交差点での出来事は……
人知れず用水路の中で死んでしまった、彼女からの訴えだったんじゃないでしょうか?
だってこの話、私が40歳のとき、体調不良で会社を早退した際の話なんですよ。
だからそもそも、小学生の女の子の知り合いなんているはずないんですよ。
でも、用水路の中で見つかった彼女の服装は、私の記憶と完全に一致していました………。
………"不思議なこともあるもんですねぇ"と、警察の人も首をかしげていましたよ。
なんにせよ。
彼女が地獄に落ちたままじゃなくなって、本当に良かったです。




