その53 自慢の黒髪
『けなわ』って知ってます?
漢字で書くと『髪縄』とか『毛縄』とか書きまして、なにかというと、髪と麻を混ぜた縄のことです。
髪です、人間の髪。長さが必要ですから、女性のものが使われます……こんな感じの。
ほら、見てください。私のこの長くて黒い髪を………すごいでしょう? このツヤとか。ハリとかコシとかなめらかさとか。毎月すごいお金かかってるんですよ。私の自慢です。
………話がそれましたね。
とまあ、そんなふうに"人間の髪を使った縄"だなんて聞くと、何かおどろおどろしいもののように聞こえますけど、実際はありがたいものでして。
人間の髪の毛っていうのはたいへん引っ張りに強いものですから、普通の縄じゃ強度が足りない重い物を持ち上げるときとかに、昔、使われたそうなんですよ。 建築のときに使われたそれを、自己犠牲の象徴として大切に祀っている寺院もあるそうです。
………で、なんでそんな話をいきなりしたかといいますと。
私が大学生のころに通っていた美容院、そこの美容師さんが博識な人で、そういうのを教えてくれたんです。
すごく魅力的な人でした。
男性の方で、歳は30代前半だったでしょうか。はっきりいって、半端なファッションモデルや俳優とかじゃ敵わないくらいの、とてつもないイケメンでした。系統としては、生田斗真さんとかに似てるかな? 実際、芸能のスカウトに声をかけられたことも数えられないくらいあるそうです。
でもそんなところを鼻にかけているような感じは全然なくって……むしろいつも腰が低く、にこやかな笑顔が素敵な人でした。
カットの腕もすごく良くって。その人が店長やってる小さな美容院だったんですけど、女性客なんてもうこの人目当ての人しかいないんじゃないかってくらいでした。
まぁ……私もそのひとりだったんですけどね(笑)
お客のことも細かいところまでよく把握していて………トリートメントを変えただけでもすぐわかってしまうんです。月に一度くらいしか合わない客の髪ですよ? 素晴らしい美容師さんでした。
いちど、"よくわかりますね、さすがプロ!^だなんて褒めたら、その人はにかんで………
"いゃあ、自分、これ言うと変態っぽいってよく言われるんですけど、髪の毛が大好きで美容師になったんですよ。"って言うんです。
まぁ正直(マジの変態じゃん笑)とか思いましたけど、この程度の変態ならカッコよければなんか許せちゃうじゃないですか(笑) そんな感じで特に引いたりとかはしなかったですね。むしろ納得! って感じで。
それで、そんな筋金入りの『髪フェチ』美容師さんに、自分の髪を褒められたら、やっぱりすごい嬉しいですよね?
その人……"お客さんの髪、すごく好みですよ。ずっと触れてたいくらいです"と言ってくれたんです。
いやぁもうキュンキュンですよね(笑)
見た目は超正統派イケメンなのに、変態っぽいとことか、マニアックな知識を持ってるとことか………あの人、占いとか、おまじないとかにもすごく詳しくって。髪のケアの話題以外にも、"恋が叶うおまじない"とか、"身体の調子が上がるおまじない"とか、色々教えてくれました。
オカルトに詳しかったんですよね。幽霊とかそういう方面じゃなくて、魔法とか、そういう方向で。
だから彼は首を吊ることになったんだと思うんです。
死体の発見者は私でした。
その日は土曜日朝一番の予約で、私、美容師さんに会えるのにわくわくしてたんですが………。
いざお店に行ってみると電気がついていなくて。
"おかしいなぁ"なんて思いながら、窓からお店の中を覗いたら………。
天井のフックにかけたロープで首を吊ってる彼が見えたんです。
私、動転してしまいまして。思わず店内に入ってしまいました。鍵もかかってなかったんです。
薄暗い店内で、朝の光だけが斜めに彼の宙ぶらりんな足もとを照らしていて………靴のつま先からは臭い液体がポタポタと垂れ、床に茶色い水たまりを作っていました。
頭の方を見ると、いつもより長くなった首の先では、うっ血して赤く腫れた彼の顔が、苦しそうに歪んだまま固まっていました。その両目は見開かれて、白目のところまで真っ赤で………目があってしまいました。
私、悲鳴をあげて、その場で腰を抜かしてしまいました。立ち上がろうと思っても立ち上がれなくて。だからそのせいで彼の首吊り死体から目をそらせなかったんです。
気づいてしまいました。
彼のロープが………首にかかっている縄が、真っ黒なことに。そしてその、見覚えのあるツヤと光沢は間違いなく…………
髪の毛をより合わせて編んだ縄に違いありませんでした。
………その後、出勤してきた別のスタッフさんに発見されて、警察に通報がいきました。私も第一発見者ということで、詳しく話を聞かれましたが、とくにお役に立てることもなく…………。
……その後DNA鑑定で、彼が首をくくった髪縄に、私を含めた複数の、その美容院に来ていた客の髪の毛が使われていたとわかりました…………。
遺書も何もなかったので、結局、彼が自殺した理由はわからないままでしたけれど……………。
でも最近、私、なんとなくわかる気がしてきたんです。
なぜかっていうと………例えばお風呂に入っているときとか。
寝る前にボーッと動画を見ているときや。
ひとり静かに食事をしているとき。
感じるんですよ。
誰かの冷たい指が、私の長い髪を梳くのを。
………そのたびにゾッとしてあたりを見回しても、もちろん誰もいやしなくて…………。
………多分、あの美容師さんだと思います。
私の髪を、『すごく好みだ。ずっと触れていたい』と、そう言っていたから………。
だから彼は、店で切った『好みの客の髪』を集めて、首をくくったんだと思います。
いつでもどこでも、ずっと触れていられるようにと…………。
…………それで、私が心配なのは…………。
彼が指で髪を梳くのは、私の髪が好みだからであって…………。
この先、私が年老いて、髪のツヤもコシも衰えたとき…………。
失望した彼は、いったいどんな行動に出てくると思います?
私はそれが恐ろしくて。
だから髪のケアをずっと辞められないんです。
この髪が自慢じゃなくなったとき
たぶん、私殺されます。




