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その48 ニコニコマークのぷっくりシール

 ぷっくりシールってかわいいですよね。あの、絵柄の部分がぷにぷにした樹脂で覆われてるシールです。小さな子供向けの絵柄が多い感じの。


 小学生のころとか、文房具に貼ってる女の子とかいませんでした? 触ると動物の肉球みたいでいい感触ですよね。私、大好きだったんです。


 だったんですけど…………。


 ある日の夜、会社から帰宅している途中でした。


 あまり遅い時間帯じゃなくて、むしろ帰宅ラッシュのころでしたね。最寄り駅から、私のアパートのある住宅街のほうへ向かう途中で。


 信号のある横断歩道があって、私、そこで信号が変わるのを待っていたんです。周りには他の人も何人かいました。


 周りの人はみんなスマホを見てたと思います。でも私、歩きスマホはしない派でしたから、信号を待ってる最中でも、適当にそのへんを見てました。気づいたのはそのときで。


 こっちがわの歩行者用信号の、金属の支柱の部分に、何か小さな黄色いものが貼りついていたんです。


 それは直径2センチくらいの円形をしていて、見覚えのある絵柄をしていました。いわゆるニコニコマークです。ほらあの、黄色い顔に、黒いシンプルな線で目と笑顔の口元が描かれたあのマーク。見たことあるでしょう?


 あの絵柄のシールが1枚、ぽつんと支柱に貼りついていました。


 私、"誰か子供が貼ったのかな"なんて思って、ちょっと近づいて見てみました。


 よく見るとそれはただのシールじゃなくって、ちょっとだけ厚みのある、ぷっくりシールでした。かわいらしいその見た目に、私が子供のころの思い出が頭をよぎって、"今の子供もこういうの好きなのかなあ"だなんて思ったりして、少し和やかな気分になったんです。


 そうこうしているうちに信号が変わりまして、私は周りの人たちと一緒に歩き出しました。


 それから何ごともなく普通にアパートに帰ったのですが………


 部屋着に着替えたところ、あれっ、と思いまして。


 さっきまで着ていたスーツのジャケットの裾、端っこに、さっきのシールがくっついているんです。


 触れた覚えはないのに、くっついているなんて不思議でした。私、それを手で払い落としたんですが………


 落としたときの手の勢いが強すぎたのか、全然予期してない方向へ落ちていってしまいまして。


 ベッドの下の空間に消えていってしまったんです。


 お恥ずかしい話……私、けっこう家ではズボラな性格でして。


 "見えないならもういいか"と、"次掃除機かけたときに吸いこむでしょ"と………そのまま放置することにしてしまったんです。


 それで、その日はそのまま寝て………。


 翌朝でした。


 朝起きて、身支度をしているときに気がついたんです。


 "何かベッドそばの壁に黄色いものがくっついているなあ"と。


 着替え途中で顔を近づけてみると、昨日の夜ベッド下に消えたはずの、ニコニコマークのぷっくりシールがそこに貼りついているんです。高さは、ベッドに横になったときの頭の高さくらいでした。


 たしかにベッドの下に消えていったはずなのに、なぜベッドの横の壁にくっついているのか不思議でしたが………そのとき私、少し遅刻しそうで急いでいましたし………"帰ったら剥がして捨てよう"と………深く考えず、そう思ってしまったんです。


 そして、出勤して……いつものように仕事して………帰って来たときです。


 玄関を開け、部屋に入り、カバンを床に落とし、ベッドのそばの壁に目をやったときです。


 あのぷっくりシールが2枚に増えているのに気がつきました。


 私、混乱してしまいまして。"えっ? えっ?"って。


 朝見たときは絶対に1枚だけだったはずなのに、いま壁に貼りついているそれはどう見ても2枚です。それぞれのニコニコマークはすぐ隣りあって貼られています。


 もう、不気味で不気味で………気持ち悪くて。


 "はやく捨てよう!"とそう思って。


 壁に貼りついているシールの1枚を、指先で剥がしたんです。


 そのシールは、意外なくらいあっさり壁から剥がれまして………。


 その裏に


 6本の虫の足が並んでいました。中身がパンパンに詰まっていそうな、焦げ茶色の腹らしき部位も見えました。


 私、悲鳴をあげてそのシール……いえ、虫を床に投げすてました。その虫はべちりと音を立てて床に転がると、カサカサと素早い動きでベッドの下に消えていきました………。


 "まさか"と……つばを飲み込んだ私は、意を決して床に這いつくばり、ベッドの下を覗きこんだのですが………そのときにはすでに


 ベッドの下の暗がりは、無数の黄色いニコニコマークでびっちり埋め尽くされていたのです。


 あのぷっくりシールに似た虫は、たったひと晩でそれほどまでに繁殖していました。私、その上に寝ていたのかと思うと全身に鳥肌が立ってしまい………息が苦しくなって………。


 近くのドラッグストアへ走って、噴霧式の殺虫剤を山ほど買ってきて、もう一度に全部使いました。


 それから数日は駅前のビジネスホテルに泊まりまして。


 やっと部屋に帰る勇気が出て、帰宅したころには……。


 もう、部屋のどこにもあのニコニコマークのぷっくりシールの影もかたちもありませんでした。


 死体すらなかったんです。


 ということは……。


 あの山ほどの殺虫剤も効かなかったのかもしれません。


 それからというもの、私、あの手のぷっくりシールがトラウマになってしまって……もう、見るのも嫌なんです。


 うっかり部屋に持ちこんでしまおうものなら………。


 ベッドの下はもちろん、冷蔵庫の裏、換気扇の中、エアコンの内部、洗濯機の下………。


 どこでびっちりと繁殖してしまうか、わからないのですから。

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