その5 1000円自販機
もう何年も前、私が大学生だったころの話なんですが……。
1000円自販機って、見たことあります?
1回1000円の自動販売機で、お金入れてボタンを押すと、取り出し口から箱が出てきて、その中にランダムな景品が入ってるってやつです。
自販機の見た目はだいたい派手な金色と黒とかで、正面にでかでかと大きなフォントでダサい煽り文句が書かれてることが多いですね。目が痛くなるような感じの、実質大きなガチャガチャマシンですよ、そういうのが好きな人たち向けの。
たいていは繁華街とか、安さがウリの大きな量販店とか、田舎のちょっとしたパーキングとか、まぁその、あんまり治安のよくなさそうなところにあるもので、いかがわしい雰囲気です。成人向けの景品は入っていないみたいですけど、本物なのかあやしいブランドもののサングラスとか、腕時計とか、大当たりだとそういうのがもらえるみたいですよ。たいていはしょーもない中国製のおもちゃとかがもらえるみたいです。
私は普段ガチャガチャとかやらないんですけど、その夜は飲み会の帰りでかなり酔ってて……友人と一緒に帰ってたんです。その友人とは大学のサークルも同じだし、家もすぐ近くで、よく休日とか、夜でもふらっとお互いの家に行って遊んだりするくらいの仲で。その日も、サークルの飲み会を終えて一緒に帰るところだったんです。
それで駅からの道をふたりで歩いてたら、住宅街の真ん中でその自販機を見つけたんですね。
そこは砂利の敷かれた駐車場の前で、どこかの私有地なんでしょう。看板とかも立ってない土地でした。鉄パイプの低い柵に囲われた駐車場の前にぽつんと、派手な飾りつけがされた自販機が、真新しいLEDのつよい光であたりを照らしていました。
私は朝にもこの道を通っていたんですけど、あんな自販機があったことに気がつかなくて、あれ、って言って指をさしました。すると友人もいまその自販機の存在を知ったようで、あれ、といいました。
やっぱり午前中にはなかったよね、と私が言って、興味津々で近づきました。自販機の見た目はまだ汚れひとつなく、新品同様でした。自分たちが大学に行ってるあいだに、新しく設置されたのだとわかりました。
それまで私は同様の自販機を見かけたことはあっても、たいていはひとりでしたし、値段もあって買ってみる気はおきなかったのですが、このときはふたりでしたし、酔っ払って気が大きくなっていたこともあって、1回買ってみようという話になりました。なにか下品なおもちゃでも出てきてくれれば笑いのタネになりますからね。
それで私が千円札を自販機に入れて、並んでるボタンのひとつを適当に押したんです。すると下の方からガコンって音がして、取り出し口になにかある。
手を突っ込んで引っ張り出してみると、白い箱でした。長辺は15センチくらいの、そこそこの大きさの箱だったと思います。
もっとしょぼい大きさのものを想像してましたから、おっ、ってなって、こりゃ良いものが入ってるんじゃないかと盛り上がって、開けてみたんです。
すると、中身はさらに黒いビニール袋に包まれていて……なにか柔らかいものでした。友人は何かエロいものなんじゃないかとか言いましたが、私はこのとき、何かとてつもなくイヤな予感がしたのをおぼえてます。
それで箱をそのへんの地面に捨てて、黒いビニール袋を破くと、中に入っていたのはぬいぐるみでした。クマのぬいぐるみ。明るい茶色のふわふわの生地で作られていて、たしか青いスカーフか何かを首に巻いていたと思います。
正直、がっかりでした。1000円も出してこれかーって。まぁほんとにそんな高級腕時計が手に入るとかは期待してなかったですけれど、明らかにハズレの商品を引き当てたことにがっかりって感じで。
しかもさらにがっかりした点がもういっこあって……そのクマのぬいぐるみ、ビニール袋から引っ張り出してみると、右足がとれてるんですよ。縫いつけられた糸がちぎれていて、中の白い綿が飛び出してるんです。完全な不良品でした。
人によってはここは怒るポイントなのかもしれないですけど、こんなくだらないことにお金使って、それで不良品で怒るっていうのもなんだか馬鹿らしくて、むしろ逆におもしろかったですね。こんなに大ハズレなことある? って感じで。
友人なんかは、もともと彼はかなりのゲラだったんですが、それがツボに入ってしまったみたいで、夜中だというのに大声で腹を抱えて笑うんです。私も楽しくて、なんだかそのクマのぬいぐるみが愛おしく思えてくるほどでした。
そのせいか、彼がそのぬいぐるみが欲しいと言い出したので、私は彼にそれをあげました。彼は裁縫が趣味で、自分で帽子とかポシェットとかを作れる程度には達者でしたから、そのぬいぐるみの足も直してあげようと思ったんでしょうね。彼はそのぬいぐるみを自分のリュックに入れると、上機嫌でした。
その後、それぞれの家への分かれ道にさしかかって、その夜は自然に解散したんです。また明日な、って……。
翌日でした。彼が死んだって連絡が来たのは。
わけが分からなかったです。昨夜はあんなに元気だったのに、どうしてって。
彼の家に行って、家族に聞いてみると、殺されたんだそうです。家族以外で彼と最後に会ったのが私だってことで、私も警察の事情聴取を受けました。
警察の話では、彼が帰宅したあとの深夜、何者かが玄関から侵入して彼の寝込みを襲ったらしいです。強盗にしては金銭の被害らしきものはなくって、怨恨の線が濃厚だろうって。
だって、友人の右足は持ち去られてたんですから。ただ殺すだけじゃなくて、わざわざ足を付け根のところから切断していったんです、犯人は。
……私は、呪いとか、オカルトとか、そんなものは信じていません。
でも事実として、右足のとれたぬいぐるみを持ち帰った友人が、その夜右足を奪われて殺された……。
それは、事実なんです。
警察には、あのぬいぐるみのことは話していません。そのときはひどく動転していましたし……そんなことは頭から吹っ飛んでいましたよ。それにもうあいつの家族は引っ越してしまって、ぬいぐるみが残っているかもわかりません。
あの自動販売機はまだ、あの場所にあります。犯人はいまだ見つかっていません。
私にはどうしようもありません。