その45 ○○(差別用語のため伏せ字にしてあります)
こんにちは。私の番ですね。
えぇと………まずは私の職業からお話しましょうか。
私、作家やってます。有名じゃないですし、兼業ですけどね。でも一年に1回くらいは出版社さんから本を出させてもらってます。ジャンルは主にミステリやホラーです。
お話したいのは、○○のことで。
………いま、私が何言ったかわかりました? たぶん伝わらなかったと思いますけど………。
これね、今の日本語にはない発音なんですよ。
今の日本語の50音表が成立したのって明治時代のことなんですけどね。それ以前の50音表には、実は現代の日本語にはない発音の音も含まれてるんです。
具体的には、『や行』の2段目と4段目のことです。ほら、今だったら『やいゆえよ』と書かれる列の、『い』と『え』の部分です。
○○っていうのは、その2音を組み合わせた単語で。意味としては………その………ちょっと、いやかなり差別的で暴力的な意味の単語です。
で、そもそもなんで私がそんな単語を知ってるかって話からなんですけど。
作家の仕事って、まぁいわゆる"物を書くこと"がイメージされると思うんですけど。実はそれって最終工程みたいなもので………実際やっていることは山ほどの取材と資料探しです。私の体感では、取材8割、構成1割、執筆1割くらいの感覚ですね。
それで、あるとき私江戸時代を舞台にした話を書くことになりまして……神保町の古書店とかを歩き回って、とにかく古い参考文献ばかりを読みまくっていた時期があったんです。
現代だと本を出すときには、差別的な言葉とかは使わないように編集さんからチェックが入ったりしますけれど、当然、昔の本にそんなものはないので、現代では使うのを憚られるような言葉もたくさん出てきます。
私が○○という言葉を知ったのはそんなときで。
最初、見たことがない文字の単語が出てきたものですから、写本時のミスかとおもいましたけれど、何度も繰り返し出てくるので、"これはミスじゃないな"と。興味を持って、言語の研究をしている大学教授の方に取材に行ったりして、それで知ったんです。
"昔は○○という言葉があったけれど、その言葉は明治時代の、一音一文字の原則がある五十音表が制定されたときに発音が不可能になって、廃れてしまったのだ"と。
いま、私が発音してる○○も、その大学教授さんから"おそらくこういう発音だったろう"というものを教えてもらって、練習したものです。
練習してるときの様子なんか、当時の人が見たら、ぎょっとするような感じでしたでしょうね(笑)
………それで、この話のどこが怖いのかって話ですよね。
ここは怖い話をする場所なんだから、怖くなきゃおかしいですもんね。
要するに私が言いたいのは『言語というものは、制度によって■すことができる』という話ですよ。
…………いま、私が何言ったかわかりました?
『■す』って言ったんですよ。
聞こえませんでしたか? ちなみに、『か行の5段目とら行の5段目』じゃないですからね。これも消された言葉です。
意味、わからないでしょう………?
……こんなふうに、制度によって消えてしまった言葉というものはたくさんあります。そして昔からよく言われるように、言語の豊かさというものは、周囲の世界をより細やかに捉えられる豊かさでもあります。
言葉が減るっていうことは、視力が落ちていくことと同じなんですよ。
………いま、出版も、動画サイトも、SNSも、文字規制、ひどいですよね。
『殺す』の『殺』を『○』に置換したり、『屠殺』の『屠』をひらがなにしたり………。
そこまでいかなくても、例えば『危険』も『感動』もまとめて『ヤバい』と表現したり、『驚く』『感心する』をまとめて『エグい』と表現したり…………。
しかもそういった行為は、高度に発達したAI等のアルゴリズムによって、もはや全自動で為されているんですよ。録音の文字起こし機能などにも、そういうのはすでに実装されていますし、動画サイトの巡回プログラムはそういった言葉を発見し次第その動画を削除します。
今って、どんどん言語が減っていく時代なんですよね。
しかももはやそれは、制度だけの責任ではなく、私達自らがすすんで行っている………。
『めくら』や『つんぼ』たちの時代ですよ、現代は。私はそれが恐ろしく思います………人が自らどんどん『白痴』へ近づいていくのが、私にはとても恐ろしく………。
………あ、今の言葉、差別用語だから使っちゃいけませんでした?
じゃあ、もしこの話の録音が文字おこしされるなら、『●●●』や『□□□』や『✕✕✕』に置き換えられるでしょうね……。
次に▲ぬ言葉は、どれなんでしょうね。
……あ、今のもダメでした?
今度は削除されちゃうかもですね。
△△がよ。
▲ね。




