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その39 ボトルメール

 ボトルメール、見たことあります?


 ほら、透明な瓶に手紙を入れて、コルク栓でフタをして海に流すやつ。情緒的で素敵ですよね。


 まぁいまどきそんなことする人ほとんどいませんよね。厳密に言えばポイ捨てと同じですし……。


 私、海に近い場所に住んでいまして、休日の晴れた日とかは浜辺を散歩して過ごしたりしているんですが、ある日、砂浜にそれが流れ着いているのを見つけたんです。


 ボトルメールでした。


 薄緑色がかった瓶にしっかり封がされて、中には手紙らしき紙がひと巻きと、5センチもない、何か小さな木の枝のようなものが入っているのが見えます。


 持ち上げると、砂にまみれた瓶が太陽の光をキラキラと反射して……美しいと思いました。


 だから私、そのボトルメールの中身が気になって、開けてみることにしたんです。


 ちょうど近くに大きめの流木が流れついていましたから、それを椅子代わりに腰かけて、いつも持ち歩いてる十徳ナイフを取り出しました。


 コルク抜きを瓶の栓に突き刺して、回しながら押し込み………グッと引っぱります。


 すぽんと音がして、コルク栓が抜けました。


 中からは独特な臭いがしたので、しばらく私は瓶の中を覗けませんでした。しばらくして、中の空気が入れ替わったころに、ボトルの中身を地面に出してみました。


 中に入っていたのは………どちらも、とても恐ろしいものでした。


 丸まった手紙を広げて見ると、ギョッとしました。


 血文字です。あきらかに血で書かれた、黒ずんだ文字が、紙一面にありました。紙の大きさはA4くらいで……どうやらそこに、出血している指を押しつけて、こすりつけて書いたもののようです。


 私、全身におぞけが走りましたが………それよりも内容のほうが気になって、目が離せませんでした。


 内容はシンプルでした。


 『たすけにきて』というひと言と、あとは住所らしきものが書いてあるだけです。


 明らかに事件でしたが………こんな異常なできごと、私これまで経験したことがなかったので、まだ信じられないという気持ちのほうが強かったんです。


 私、バクバクする心臓を抑えながらそっとその手紙を置き、海風に飛ばされないよう重石をすると、ボトルの中に入っているもうひとつのものを確かめようと思いました。


 ボトルを逆さまにしたら、すんなり口からこぼれ落ちたそれは………。


 人間の指先でした。ミイラ化していて、すっかり細くなっていますが、爪と関節のかたちははっきり見てとれました。


 私、手のひらの上のそれを眺めながら恐怖に震えていました。


 このボトルメールはどこからきたのか、このボトルメールを流した人は、なんの意図で人の指先を入れたのか………頭のなかで無数の想像が湧いてきて、とても立ち上がることなんてできませんでした。


 でも、"助けを求めている人がいる"と思うと………震えているばかりの自分が情けなくなってきて。


 勇気を奮い立たせて、立ち上がったんです。


 私は指先と手紙をボトルの中に戻し、近くの交番に直行しました…………。


 その後、このことは事件として受理されて……私は何度も何度も事情聴取を受けました。私はそのたびに喜んで協力したので…………担当の刑事さんから、その後の事件の顛末を教えてもらうことができたのです。


 まずボトルメールに書かれた住所ですが、隣の県の海辺の街でした。警察がそこに行くと、古い無人の家がありました。


 家には地下室がありまして………そこで人が死んでいたそうです。


 女性だったそうです。右腕がまるごと欠損していて、全身はほとんど骨しか残っていないくらいに時間が経っていたそうです。DNA鑑定から、あのミイラ化した指先の本来の持ち主で、失踪届が出ていた女性だとわかりました。


 どうやら女性は地下室に長いあいだ監禁されていたらしく、その部屋はまさに監禁のために設計されていたようでした…………部屋の中には小さな水路のようなものが通っていて、女性はそこをトイレにしていたそうです。


 その水路の先が地中のパイプをまっすぐに通って、数十メートル先の川に出て、海につながっていたようで…………ボトルメールはここから流したのだとわかりました。


 私はそれを聞いて、ひどく痛ましい気持ちになるとともに、少し安心しました。犯人は未だ不明のままですが………少なくとも、女性の家族は、彼女を見つけられたのですから。


 警察は、『左手の指はすべて骨が揃っていたから、女性は自ら右手の人差し指の先を切り落とし、それで住所を書き、一緒に瓶に入れたのでしょう。そうでもなければ、犯人の目をかいくぐることができなかったんでしょうね』と言っていましたが…………。


 …………私、それだけは違うと思うんです。


 だってあの指先、ミイラ化してたんですよ。


 普通に切り落とした指をそのまま瓶に入れたら、腐るに決まってるじゃないですか。


 だからあの指先は、切り落とされたあと、薬品で防腐処理をされて乾燥させる時間が必要だったはずなんです。


 それに、そもそもボトルメールなんて手間と時間がかかる方法で助けを求めるのもおかしいです。


 それしか手段がなかったとしても、頑丈な瓶とコルク栓と、あとメッセージを書く紙は最低限要るんですから。


 そんな"どうぞ助けを求めてください"みたいなセット、人間を長年監禁するような用心深い犯罪者が、わざわざ見逃すと思いますか?


 …………それに、女性の死体、右腕が丸ごと欠損してたんでしょう。


 本当はあのボトルメール、もっとたくさんあったんじゃないですか。


 たくさんのボトルメールの瓶に、それぞれのきちんと防腐処理と乾燥をされた、ミイラ化した女性の右腕の一部と手紙を詰めて、封をして…………。


 犯人がひとつひとつ丁寧に、海に流していったんじゃないですか。


 目的はわからないですが、でも、この想像のとおりだとしたら…………。


 ほかのボトルメールを見つけた人たちって、みんな、『たすけて』って手紙を無視したってことですか。


 …………私があれを見つけられて、本当によかった。

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