その21 かかしの里
『かかしの里』って知ってます?
徳島県にある観光名所なんですけど、一見普通の田舎の村のように見えるんですが、そこで畑仕事をしている人とか、家の外で談笑しているように見える人とか、そういうのが全部かかしで作られてるんですよ。
まぁ一種のテーマパークですね。かかしの名産地だから、そういうのを作って観光地にしたとか。けっこう有名ですよ。
でもまぁ、お察しの通りちょっと怖いんですよね(笑) なにせ村にいる人影が近づいてみたら人形なんですから。どれも明るいテイストで作られてはいますけど、何も知らない人が見たらギョッするだろうなぁって感じで。
私、そういうところがあるってのを知ってましたから、最初はあんまり疑問に思わなかったんです。
去年、九州に旅行に行ったときでした。私は大学生なんですけど、アルバイトで貯めたお金でバイク旅をやってみたんです。住んでるのは関東でしたから、東京からフェリーに乗って、本州最南端を目指してみようと。
楽しかったですよ。長距離のツーリングは初めてだったので、いろいろ計画を練って……って、まぁそれはまた別の話で(笑)
フェリーが着いたのは鹿児島県の鹿児島市だったので、そこから鹿児島湾をグルってまわって佐多岬までいく予定だったんですが、どこをどう間違えたのか、途中で迷ってしまいまして。いつの間にか山道を走っていたんですね。
曲がりくねった山道を上がって行くあいだに他の車も見かけなくなって。頭上に広がった木々の枝葉のおかげで薄暗くもあり、不気味な雰囲気だなあと、運転しながら思った記憶があります。
本格的にまずいと思ったのは、カーナビ代わりにしていたスマホが壊れたときですね。運転の振動が良くなかったのか、急に画面が映らなくなって、いま自分がどのあたりを走っているのか、どう走ればもとの道路に戻れるのか、まったくわからなくなってしまいました。
とにかく人のいるところで道を訊こうと思いまして、道路に沿って進んでいったんです。舗装された道路があるってことは、どこかにはつながっているはずでしょう?
そのうち、小さいトンネルがありました。途中でカーブしているのか、向こう側は見渡せませんでしたが、電灯もいらないくらいには短いトンネルです。ゆっくりと抜けると、"そこ"についたんです。
小さな集落でした。
緩やかな山の斜面に家がいくつかぽつぽつとあるのが、自分がいる最下段から見上げられて、開けた頭上から暖かな陽光が全体を照らしていました。
空は青く、遠方に大きな白い入道雲も見えて、穏やかでのんびりとした雰囲気に満ちた集落に見えました。
家々のあいだには段々の畑もいくつかあって、軽トラックや耕運機があるそのわきに人影があるのも見えました。私、適当な道のわきにバイクを停めて、ヘルメットを置くとその人影に声をかけようと、ゆるい坂道を上がっていったんです。
近寄って、驚きました。
その人影、かかしだったんですよ。布と藁で作られた等身大の人形が、農家の服を着せられて、耕運機を持っているんです。まるで農作業をしているみたいに。
私、感心してしまいました。ずいぶんとできの良いかかしで、遠目にはまるで本物の人間のように見えたものですから、しげしげと眺め回しました。頭は布で丸く形作られて、そこにフェルトで作られた目鼻がくっついているんです。髪の毛もたぶんフェルトで、本当に凝ったつくりをしていました。
でもまぁ、かかしにばかり夢中になっているわけにもいかないのでそこそこに切り替えると、ほかに人がいないか探しました。あたりを見渡すと、少し離れた場所にもまた人影が見えました。
近づくと、それもかかしでした。
そのかかしもできのいいかかしで……私、そこでやっと変だなと思ったんです。
この集落、人の気配がないと。
建っている家は古いですがごく普通の家で、誰か住んでてもおかしくないのに、まるで気配がない。玄関前の鉢植えには元気な花たちが咲いていましたし、郵便受けからは今朝の新聞がはみ出しています。女性の服装をしたかかしが2体、家の前でおしゃべりしているようなポーズをとらされています。
道に停まっている車もべつにボロボロじゃない。中には吸いかけのタバコの箱まで転がっているし、ついさっきまで誰かがいたようにさえ思える。運転席にはかかしが座ってハンドルを握っています。
私、なんだかちょっと不気味に思えてきて、大きな声で"おーい!"とか、"誰かいませんかー!?"とか、辺りに向かって呼びかけました。でも応えるものは何もなくて、私の声はむなしくかき消えました。
どうやら本当にこの集落には人っ子ひとりいないらしいと思ったとき、私、『かかしの里』のことを思い出したんです。ここはあそことそっくりだと。
もしかしたらこの集落も似たようなテーマパークなのかもしれないと思いましたが、それにしたってほかに人がいなさすぎます。だから周囲もあまりにも静かで……でももとの道に帰るために、自分がいまどこにいるのかを知らなきゃいけないですから……私、よくないことを考えてしまいました。
田舎の集落にはコンビニなんかもちろんありませんから、似たような役割をする雑貨屋があるんです。この集落にも一軒ありまして、やはりよくできたかかしが店番をしているのが見えました。
でも品ぞろえはちゃんとしているんですよ。並んでいるお菓子の賞味期限だって切れていません。私、いよいよ不気味に感じてきて、さっさと目的のものをとりました。
紙の地図です。どうせ誰も通らないんだから軒先の地面に広げて、自分がいまどこのあたりにいるのか見当をつけました。それでまぁ……どうやらここをこう行けば帰れそうだぞ、ってところまでわかったんです。
それで地図を服のポケットにしまったとき、ふと思ったんです。
"こんなに何もかもちゃんとしているんなら、レジの中には本物のお金が入っているんじゃないか?"………って。
もちろん悪いことですよ。でもそのときの私は気が大きくなってたっていうか……この集落には自分ひとりなんだから、今ならどんなことをやっても誰にもバレないんじゃあないかと……そう感じてしまったんです。
私、雑貨屋の店番をしているかかし……年配の女性みたいな服装をしているそれを押しのけると、レジを見ました。ずいぶん古い型のレジでしたけれど、カギは開いているみたいで……引き出しを開けるボタンを押したら、普通に……あまりにも普通に開いてしまったんです。
中には、一万円とちょっとくらいのお札と小銭が入っていました。間違いなく本物のお金です。あらためて周りを見回しましたけれど、監視カメラのようなものもないし、当然人影もありません。
もうそんなの、対策をしていないほうが悪いじゃないですか。
だから私、そのお金をポケットに入れて、急いで店を出たんですね。
心臓はバクバクでした。だって初めて盗みを働いたんですから。そんなにビビるくらいなら最初からするなよ、と皆さん思うかもですけど、だって、そのときはそうしてしまったんですよ。
バイクのところまで戻ろうと道を走っていると、ふと、道ばたにまたかかしが立っていたんです。
そのかかし、道のわきにただ立っているだけでしたが、まるで男の人みたいな服を着ていました。それがみょうに気にかかって、私、足を止めてそれを見たんです。
かかしは当然、身じろぎもしないでただ立っています。でも私、そのかかしと目が合ったように思えたんですよね。だからこう……"見られた!"って気になって。
怖くなって、そのかかしを突き飛ばしました。
かかしはなんの抵抗もなくどさっと地面に倒れて、ぐったりとしています。当たり前です。だけどそれがまるで、本当の人を突き飛ばしてしまったように思えてしまって、狼狽しました。
それで慌てて駆けよったんです。せめてもとに戻しておこうと思って。
そしたら
頭の部分の布がずるってとれて
中のものがむき出しになったんですよね。
肉塊でした。真っ赤な肉塊。
頭の部分の、フェルトの目と鼻がくっついている布が私の腕にまとわりついてきました。とても気持ち悪かったのになかなか振り払えなくて。その布の裏側も肉と液体で真っ赤に染まっていて……
私、悲鳴をあげながら逃げ出しました。それほど怖かったんですよ。
急いでバイクのところに戻って、発進させて、無我夢中でトンネルを通って……山道を下りました。
やっとのことで街なかに戻ると、道のわきにバイクを停めて。そこでやっとヘルメットを置き忘れたことに気がついたんです。
バイクから降りると、自分の手のひらにこびりついた液体が気持ち悪くて、そのへんの地面にこすりつけて拭き取りました……その日は予定を変更して近くのホテルに入って、そのままベッドに倒れ込みました……。
結局もうその旅行はそこで中断して、無理やり関東に帰りました。新しくスマホとヘルメットを買ったせいでお金もなくなりましたし。
しばらくして落ち着いたころ、ネットや本であの集落のことを調べたんですが、何も情報が出てこなくて……ずっと、その正体について考えています。
いちばん良いのは……あのかかしの中身は自分の見まちがいだったという場合。何か光の加減とか、偶然が重なって、藁の人形が何かグロテスクなものに見えてしまったのではないかという場合です。
いちばん最悪なのは……私が見たものがすべて本当だった場合です。
鹿児島の山奥に、肉塊のかかし達が生活している村がある。
……今度、それをたしかめるためにもう一度あの場所へ行こうと思ってるんです。
置き忘れたヘルメットも回収しなきゃいけませんしね。
あなたは、このかかしの里で起こったのは、本当はどんなことだったと思います?




