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その2 四国の結婚式

 これ、誰にも言っちゃダメって言われてるんですけど、我慢できないんで、喋らせてもらいます。


 ある日実家から、私あての手紙が届いたって電話があったんですよ。そのとき私はひとり暮らしで、誰からの手紙なのか訊くと、中学のときの同級生からだそうで。


 その人は中学卒業のときに四国に引っ越した人で、もう10年以上も連絡とってなかったし、なんなら名前を聞いてもすぐにピンと来ない程度には忘れてたんですけど、なんか結婚するらしいと。その結婚式の招待状をわざわざ私に送ってきたそうです。


 まぁびっくりしましたね。でも嬉しかったから、すぐにそいつの電話番号調べて電話したんです。そしたらなんだか聞き覚えがあるような声がしたので嬉しくなりました。そういやけっこう仲良かったなって。


 そいつまだ四国に住んでるらしくて、そこの職場で知り合った人の婿に入るんだと。まぁずいぶん会ってない私にも嬉しく語ってくれましたよ。


 それで、まぁ懐かしいなってことで談笑したり、SNSのアカウント教えあったりして……私も仕事が閑散期に入るとこだったから、まぁ旅行も兼ねて行くかーってことで、出席することにしたんです。


 いま思えば、この時点でちょっとおかしいですよね。10年以上前のほぼ消えてたつながりまで頼ってくるなんて、どれだけ出席者少ないんだよっていう(笑)


 それで、泊まりは市内のビジネスホテルにして、式と宴会だけ顔出すつもりで行ったんですよ。そしたら会場がね、すごく不便なところにあって。


 車で3時間かかる山奥だったんですよ。もちろん場所は事前に聞いていたけれど、慣れない道をレンタカーで走るのは想像以上にこたえて……ドライブは好きだから大丈夫だと思ったんですけど……現地までの飛行機とかですっかり疲れてしまってましたし……ちょっと、いやかなり見通しが甘かったです。


 それで着いた先が山奥にある小さい集落で、観光地にもならなさそうな……その……自然豊かな場所だったんですよ。建物も古いものばかりで、コンビニすら見当たらない。道に面した家に普通に牛が繋がれていて、生き物特有の臭さを発していました。牧場の臭いですよ。畑のまわりは青臭さが立ちこめていましたし……堆肥の臭いもすごかったので、とても車の窓は開けられませんでした。


 自分じゃとてもじゃないけど住めない場所だな、って思いながら運転して、会場についたら、それはまぁ立派な平屋のお屋敷で。門構えもどんとしてるし、掃除もしっかりされてる。広い庭の植え込みたちもきっちり剪定されているし、なんとお手伝いの女中さんまでいる、ひとりふたりじゃなく、何人もですよ。


 ははあ、これはアイツ、さてはこの家の財産に惹かれたんだなと謎が解けました(笑)

 

 こんなに明らかなお金持ちの家なら、そりゃあ多少立地が不便でも結婚するし、友人が少ないと恥ずかしいから、私にまで声をかけてくるわと。


 まぁそんなことはもちろんおくびにも出さず、同級生と再会して、嫁さんにも挨拶して、適当に控室で茶でも飲みながら式の時間を待ったんです。


 嫁さんはまぁ……普通の人でした。田舎の美人って感じで、良いものをたくさん食べてきたんだなって印象の。でもさすが所作や言動には上品なところがあって、すごく魅力的な人だと感じました。こんな人と知り合えるなんてと、その点は純粋に友人が羨ましかったです。


 で、式の時間になりまして。昼まえでした。


 屋敷の大広間に案内されて……時代劇でしか見たことないような、畳張りの年季の入った広間です。天気は良くって、障子は開け放たれていました。広間の中から板張りの廊下越しに、立派な庭園が見えました。暖かな太陽光に照らされて、優美な赤い花の咲いた植え込みがいくつもそよ風に揺れてました。白い砂が敷きつめられた輝く地面に、誰かが撒いたであろう米粒があって、そこに雀が集まっています。雀たちがちゅんちゅんと鳴くのがすごくのどかで、これほど結婚式にふさわしい日もないな、と思ったのを覚えています。


 式は神前式……っていうんでしょうか? 新郎は羽織袴、新婦は白無垢の、西洋らしさは全然ない雰囲気でした。神主さんらしき人がうやうやしく出てきてなんかよくわからない祝詞を詠んだり、先端に白い紙が何本も付いたあの棒をバサバサふったり、巫女さんが音楽に合わせて踊ったり、みんなでお酒をちょっと飲んだりとか、そういうやつです。あ、私はもちろん水でしたよ(笑)


 正直、このあとの印象が強すぎてこのへんあんまり覚えてないんですよね。


 それで1時間ちょいくらいで結婚式が終わって、そのまま宴会って段になりました。場所はそのまま大広間で、進行役の案内が終わると、女中さんたちがぞろぞろと料理の乗った膳をみんなの前に運んできました。


 そのとき私は、やっと足を崩せるって安堵と、すっかりお腹もぺこぺこだったので、食事が待ち遠しくて仕方がありませんでした。ぱぱっと食べて、さっさとホテルに帰ろうと、そう思っていたんです。他に知り合いもいませんしね。


 だから、膳を見たらあれってなりました。


 野菜と米しかないんですよ。白いごはんに、山菜を胡麻であえたやつとか、こんにゃくとか里芋の煮物だけなんです。いや美味しかったですけど……お刺身くらいは出るかなぁって期待してたんで、ちょっとがっかりしました。量も少なかったし……。


 そう思っていると、大きなたらいを持った女中さんが何人か大広間の真ん中に進み出てきました。なんだろう、と見ていると、両手で抱えるくらい大きなたらいから、それはそれは大きくて立派な鯛を引っ張り出して、私たちに見せてくれたんです。これからこれを捌きますと。いゃあ嬉しかったですね。見るからに新鮮な鯛で、しかもそれが何尾も。真ん中に黒い帯が巻かれているのが不思議でしたが、まぁ何かそういう風習なんだろうと。こりゃあ東京で食べたら何千円もするだろうなと、そんなことを考えていました。


 それで包丁をもった料理人さんも現れて、手際よくこしらえられた台の上にまな板をおいて、すぱすぱとお刺身にしてくれたんです。それを女中さんが小皿にとりわけて配膳してくれる。見事なものでした。味は言わずもがな、これだけで来てよかったと思いましたね。


 調理と配膳が終わると女中さんたちはまたすぐ引っ込んで、料理人さんだけが残って包丁を布で拭いたりしてました。私は車で来たことを心底悔やみながら刺身を味わっていたんですが、またしばらくすると、女中さんたちが出てきたんです。

 ちょっとびっくりしましたね。


 その女中さんたち、今度は鶏を抱えてたんですよ。暴れ出さないように頭に黒い布をかぶせて、羽根を紐で縛って固定した、生きた鶏。これもまた丸々と大きくて立派で、毛並みも輝くような鶏でした。


 そしたら女中さんたち、今度はこの鶏を捌きますと言うんです。

 私はそのときはへぇ、わざわざ見せてくれるんだ、程度にしか思っていませんでしたが、女中さんたちはそのまま板張りの廊下を横切って、直接庭に出ていきました。それで、さっき広間の中央に置いてたままの台とたらいも庭に引き出して、何やら準備をはじめました。


 私はなんだか嫌な予感がしました。


 女中さんたちは地面においた真っ直ぐな丸木に鶏の首を押さえつけると、重たい刃の付いたナタで首をどんっていったんです。鶏が叫びました。断末魔ってやつです。ガァーッ!!って、大きな、鶏のすべての力を振り絞った、ひとつの命が終わるときの声です。それは知ってる鶏の鳴き声とは全然違っていて、背すじがぞくりとする恐ろしいものでした。


 首を落とした女中さんは、エプロンに返り血を浴びていたけれど全然気にしていないようで、手際よく鶏の頭と胴体をたらいに放り込みます。すると横から別の女中さんがまた黒い布を頭にかぶせた鶏を丸太に固定する。これが数度繰り返されて、みるみるうちに、その周りの地面が鶏の血で真っ赤に汚れていきました。敷きつめられた白い砂のなか、そのあたりだけがはっきりと浮かび上がっていて、どこか神聖な感じすらあるように感じました。


 私は鶏を捌くところなんて初めて見ましたから、鶏が死に際にあんな声を出すなんて思ってもいませんでしたし、あんなにたくさんの生き物の血が流れるところを見たのも初めてで、血の気がひく思いがしました。しかもこんな結婚式というめでたい場でそんな状況に遭遇するだなんて思ってもいませんでしたので、ショックはひとしおだったのです。


 混乱しながら周りの客たちを見ると、参列者たちはみんな鶏の首が落とされるのを楽しげに眺めながら、酒をやったりお喋りをしています。そのなんでもないような雰囲気に、私は、きっとこの辺りの感覚ではこれが普通なのだろうと思いました。


 別におかしいことではない、そう思いました。自分が普段食べてる鶏肉だって、すべていま目にしたような工程を踏んでスーパーに並んでいるのですから。目の前の、光景にショックを受けるのは、普段から何も感じずに肉を食べている自分が間違っているからだ、そう感じました。


 女中さんたちはすべての鶏の首を落とし終わると、たらいに血と鶏を満載にして立ち上がり、こちらに一礼してどこかへ引っ込みました。あとには作業の痕跡と、地面に広がった真っ赤な血溜まりが残っています。鉄くさい臭いが鼻をついて、私は食欲がなくなっていくのを感じました。


 そうこうしているうちに、新たな膳が運び込まれてきました。膳の上の皿には大きな鶏肉に西京味噌らしきものを塗って焼いたものが乗っていて、それが私を含む参加者たちの前に並べられていきます。


 ついさっきまで生きていた鶏の肉からは、たっぷりの肉汁と油がにじみ出ていて、その食欲をくすぐる香りに、私の胃はさっきまでの元気のなさが嘘のように活発化しました。私はすぐさま箸を伸ばしました。それの美味しいこと美味しいこと……食材の新鮮さというものは――もちろん調理の腕もあったでしょうが――こんなにも味に影響するのかと、私はびっくりしました。


 私はがっつくように鶏を食べました。それほど美味しかったのです。こんな美味しい料理を食べさせてくれる友人に大きな感謝の念をいだきました。


 ただそうやって食べたせいもありますが、もともと料理自体そんなに量があるわけでもなかったので、すぐになくなってしまい、私は悔しい思いをしました。もっと味わってじっくり食べるべきだったのにと。


 仕方なくこんにゃくの煮物を食べて胃を慰めていると、いや煮物ももちろん美味しかったんですけど、また庭に女中さんたちがぞろぞろと出てくるのが見えました。


 てっきりさっきの片付けでもしにきたのかと思いましたが、どうやら違うようで、女中さんらはまたこちらに一礼すると、今度はこちらを捌きますと言って、手を振りました。


 私はぎょっとしました。牧場のような独特の悪臭が鼻に届きます……。


 庭に現れたのは立派な牛でした。真っ黒い毛並みの、明らかな肉牛です。そいつが鼻につけられた紐をひっぱられて、のっしのっしと姿を現したのです。


 まさかと思いました。魚、鶏ときて次は……って、信じられないうちに女中さんが声を張り上げて、この牛を捌きますと言いました。いやいやさすがに……と思っていると、ひとりの女中さんが黒い大きな布を取り出して、ささっと牛に目隠しをするんです。


 これから起こるであろうことへの期待なのか、緊張なのか……私は目が離せませんでした。


 すぐに庭にもうひとり現れました。格好からして猟師です。年配の男の人でしたが、彼は両手に猟銃を携えていました。


 その様を見物する客たちも、ますます楽しげに盛り上がっています。女中さんたちがお酒のとっくりや缶を片づけては補充し、片づけては補充しと、とても忙しそうにしています。


 庭の真ん中、牛の傍らに進み出た猟師は客たちに向かって一礼すると、いちど弾が入ってるかを確認します。そしてとうとう猟銃をもたげてその先端を牛の頭の横に向けました。牛は目隠しのおかげで大人しくしていて、のんきに鼻先を舌でぺろぺろ舐めています。

 

 私は恐ろしくもありましたが、それ以上に、次の瞬間が待ち遠しくてたまりませんでした。


 初めて聞く音でした。猟銃の銃声は思ったよりあっさりとしていて、地面にぶちまけられた牛の脳みそがたてるびちゃびちゃとした音のほうが長く聞こえるほどでした。牛は横ざまに倒れて、どずんという重い音がしました。さっきの鶏のときよりもたくさんの血がどくどくと頭の傷口から溢れ出していて、猛烈な生臭さを放っています。それに牛がもともと放っている牛糞と尿の臭いがないまぜになって鼻の奥にまとわりついてくるのです。


 そこで私は起こっている出来事の異常性にいまさら気がつきました。結婚式というめでたい席で、なんでこんなグロテスクで残酷なものを見せられなくてはならないのでしょう。いくら田舎と都会の感覚の違いや風習で説明して受け入れようとしても限度があります。私はぎゅっと胃が縮み上がる気持ちになりました。


 とたんにこの状況がすごく恐ろしくなりました。こんな場所からは一刻も早く離れなければと決意して立ち上がりました。念のため、友人に気分が悪くなったので先に帰るとひと声かけると、彼はちょっと残念そうにしましたが、快く送り出してれました。


 用意されてたお土産の紙袋を片手に屋敷を出ると、玄関口から門扉までのちょっとした小道があります。私はすぐに駐車場に向かうつもりでしたが、そこでばったり花嫁の女性と出会ったのです。彼女はもう白無垢を脱いでいて、幾分か動きやすそうな洋服のドレスを着ていましたが、どうやら外へ出ていたようです。彼女はひとりの老人の手を引いていて、結婚式だというのに黒いスカーフを首に巻いているその人は、彼女の母親であるようでした。


 さすがに新婦を無視するわけにはいかないので、ご挨拶しようと声をかけると、彼女も丁寧に頭を下げてお礼を述べてくれました。そこで私は、彼女がこんなところで何をしているのか気になってしまい、ついそれを口に出してしまったのです。

 

 彼女は笑って、ここから屋敷をぐるりとまわるようにいくと、あの広い庭に出られるのだと言いました。とたんに、さっき目にした光景が頭によぎって、私は自分の軽率さを後悔しました。これ以上余計なことを言わないように顔を背けたとき、私はそれに気がつきました。


 玄関口の戸のわきに、見覚えのあるたらいが置いてあります。それは猛烈な生臭さを放っていて、中に満たされているのは、徐々に黒ずみはじめている赤い液体でした。そしてその傍ら、土の地面に転がっている、いくつかの羽毛の塊…………鶏たちです。


 私たちの目の前、あの庭で首をはねられていた鶏たちが、何の感情もなく、地面に打ち捨てられているのです。


 そのときの私は、いったい自分が何を目にしたのかまるで理解できず、とにかく何かまずいものを見てしまったことだけは直感して、もうとにかくさっと頭だけ下げて足早にその場を立ち去りました。門扉を抜けて近くの駐車場まで走ると、とにかく早くこの集落を出ることだけ考えて車を出しました。


 あのときの自分の混乱ぶりを思うと、事故を起こさずにホテルまでたどり着けたのが奇跡としか思えません……。


 ほうほうのていでホテルのベッドに倒れこむと、つよい緊張が解けたのと過度の疲労のために、着替える間もなく眠ってしまったのを覚えています。


 ……起きてからの私は、あの結婚式で目にしたできごとをずっと考えていました。次々と目の前で殺されていく種々の生き物たち。最初はすっかり、活きのいい刺身を食べさせたり、新鮮な肉をふるまうためのおもてなしの一種かと思っていましたが、あれはそうじゃなかった……。


 魚はいいんですよ。そのまま刺身にしてくれましたから。あれはいたって普通のできごとです。


 でも鶏のときは違う。捌かれた鶏たちは玄関先に捨てられていました……つまり、私たちに振る舞われたのは別の鶏肉だったんです。


 よくよく考えて見れば当たり前です。動物の首を落としてすぐ肉にすることなんてできません。死体を逆さまにして身体の中の血を抜く、血抜きの時間が絶対に要ります。でもあのとき、鶏の首が落とされてから料理が出てくるまではそんなに時間はかからなかった。


 つまりあのとき殺された鶏たちは、ただ殺されるために殺されたんです。食べようなんて誰も考えていなかった。ただ、なんの理由もなく……。


 牛も同じでした。あのとき、重くて大きい牛の身体は、ただの地面に倒れていた……肉牛の体重って、800キロぐらいになるらしいですよ。そんなに重いものを、移動させるための台車や、吊り上げるための滑車も用意せずに、ただの地面に転がしていた…………あれじゃ簡単には動かせない。いまならわかります、あの牛の死体は、あのまま庭に転がされていたに違いないんです。あの牛も鶏と同じで、ただ殺されるために連れてこられ、そして頭を撃たれたんです……。本当に、ただ殺されただけ…………。


 そのまわりで出席者たちが楽しく宴会をしている。無意味な死体を囲んで、新郎新婦の結婚を祝う……そういう風習だったんです。


 これがすべてです。私が出席した結婚式については。


 ……え? 最初に言ってた、"誰にも言うな"っていうのは誰から言われたんだって?


 ああ、それはその友人からですよ。まだ交流あるんで。


 だって金持ちですからね(笑)


 このくらいじゃ友達やめませんよ(笑)

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