その18 この物語はフィクションです。
あ……じゃあ、次自分の番ですね。
えっと、お話する前にひと言だけ言わせてください。
"この物語はフィクションです"。
……え、そんなことわかってるって? まぁまぁ、ちょっとしたおまじないみたいなものなので。興醒めしちゃうかもしれませんけど、ごめんなさい。どうしても言っておきたくて。
じゃあ、始めますね(咳払い)。
これは自分か大学生だったころの話なんですが。
サークルの友達がいまして。インドア系のサークルだったんで、オタクっぽい趣味の持ち主が多かったんですけど。
その人、ゲームを作るのが趣味だったんですね。自分はあんまり詳しくないですけど、今ってそういう人けっこういるみたいで、学生でもゲーム作ってスマホのアプリとか、そういうプラットフォームで売ったりとかできるらしいです。
その友達は中学生のころからそういうのを趣味にしてたらしくて。もう何本も完成させて世に出してたんですよ。自分もいくつか遊びましたけど、けっこう良かったですよ。ジャンルもいろいろあって、シナリオ重視の短編ミステリアドベンチャーとか、パズルとか、縦シューティングとか、アクションにRPG……ひとりなのによくもこんなに作ったなあってくらいたくさんありました。
ゲームについて語るときのその友達はすごく楽しそうで、目もキラキラしてていつも早口で。この人ならいずれ有名なゲームメーカーに就職するのは間違いないなと、羨ましく感じましたよ。
生きていればね。
彼が死ぬ1週間前です。"新しいゲームがもうすぐ完成するから、バランスの微調整がてら、遊んで感想を聞かせてくれ"って言われて。ソイツの家に行ったんです。今度はどんなゲームなんだって訊いたら、"短編ホラーゲームだ"って説明してくれました。
タイプとしてはまぁいわゆる鬼ごっこゲームでした。迷路みたいなフィールドにプレイヤーがいて、近くにプレイヤーを追いかける怪物もいる。プレイヤーは怪物から逃げまわりながら、フィールドの鍵をいくつか集めて脱出するっていうゲームです。ゲーム好きなら、似たようなの一度は見たことあるでしょう?
シナリオとしては、主人公が夜遅くの大学で殺人鬼に追われるって話で、殺人鬼の見た目は斧を持った大男でした。顔をマスクで隠して、モデリングもなかなか怖かったですよ。あれも自分で作ったっていうんだから、やっぱすごいやつだったんですよ……。
それで、プレイしました。一人称視点のゲームで、大きな建物の中を殺人鬼に追われながら逃げていくんです。難易度は少し高めかなって感じました。それを伝えると、"やっぱ製作者は何百回もプレイしちゃうからさぁ、そのあたりの感覚マヒしちゃうんだよね、ありがとう"って感謝されました。
ゲーム自体すごく面白くて、単に逃げ回るだけじゃなくて、ハラハラする演出やイベントもあったり、殺人鬼が先回りするとかのびっくり要素もあったりで、かなり凝ってましたね……で、気づいたんです。このゲームのマップの構造、俺たちの大学の校舎の建物の構造と一緒じゃん! って。
するとアイツにやにやしながら"よくぞお気づきになりました"って。"こういうのわくわくするっしょ?"って。
まさにそのとおりで、そのことに気がついてからはますます夢中になりました。この部屋あの講義のときによくいくわー、とか。ここいつもの喫煙スペースじゃんとか、そんなことを話しながら何時間もプレイしましたね……楽しかったなあ……。
でも何か違和感があって。何かが足りないような感覚というか……。
結局、その違和感の正体がわかったのはその日の帰りぎわになってからでしたね。
エンディングのクレジットのラストまで見て、私がアッて気づいて。
アレが無いじゃんって。
"この物語はフィクションです"の表示が無いじゃんって。
するとアイツもアッて声あげて、"そういや入れ忘れたわ"って笑ってました。でもそれで終わりでした。私も彼も、そんな細かいことどうでもいいと思ってたんです……。
でももしその表示をどこかに入れておけば、大学の構内で彼が殺されることはなかったのかもしれないと……ときどきそう思うんです。
彼の頭には斧が刺さっていたと聞いています。犯人はまだ捕まっていません。
あの言葉を入れなかったから、あの物語はフィクションじゃなくなったんです。
……バカバカしい考えでしょうか?
考えすぎかもしれないですけど、こういうことがあったから、私はこの話を人にするときは必ず"この物語はフィクションです"と唱えることにしてるんです。
そのおまじないが、何かおそろしいものたちが私たちの現実へ入りこむことを防いでくれる、壁のような役割をしてくれると信じていますから。
ところで……
……ここまで沢山の方がお話をされてきましたけど、誰もいちども"この話はフィクションです"って言ってないですよね。
何ごともないといいですね。
あなたのことですよ。




