その12 ベランダのカラス
知ってます? カラスって、人間でいうと小学校低学年くらいの知能があるらしいですよ。
私、マンションの4階に住んでまして。よくベランダに出てタバコ吸ってるんです。基本在宅なものですから、昼間にタバコ吸ってることも多くて、ベランダから見える隣の公園をぼんやり眺めたりして過ごすんです。
それで、その日もそんな感じでベランダに置いた椅子でタバコ吸ってました。おやつの菓子パンも持ちこんで、缶コーヒーと一緒に食べてましたね。
すると、ベランダの柵に一羽のカラスがとまったんです。
ハシブトガラスでした。黒い羽が光を反射してすごく美しくて……そもそも、カラスがそんなふうにベランダにくることなんて初めてでしたから、私、見とれてしまいました。
カラスはじっとして、たんに休憩しているみたいでした。私が見てても全然動じない感じで。そのとき私、手もとの菓子パンをあげたらどうなるかなって思ったんです。
もちろん、野生の鳥にエサをあげるなんてよくないことです。でもそのときは好奇心が抑えられなくて。パンをちょっとちぎって、カラスに近いところのベランダの床にぽいってやりました。カラスはそれに気づくと、しばらく眺めてましたが、やがてベランダにおりてそのパンを食べたんです。それからさっとまた柵の上に上がって、すぐに飛び去っていきました。
私、カラスをこんなに近くでまじまじと見たのがはじめてでしたし、パンを食べてくれたのが嬉しくて、にやけちゃいました。その日はその後なにもなかったんです。
でも翌日、私が同じようにベランダで休憩していると、またカラスがやってきたんです。直感的に、同じカラスだとわかりました。
また餌がもらえると思ってるな、って私もわかりましたけど……いけないことだとわかってましたけど……私、またごはんをあげちゃいました。そのころ私、ずっと家で仕事してましたから、人との関わりとかも全然なくて……寂しかったんだと思います。カラスはまたごはんを食べてくれて……その翌日も、また翌日も来るようになりました。
それが一週間くらい続いたころ、カラスが近くに寄ってくるようになったんです。カァカァ声をあげて、すり寄ってくるのが可愛くて……もちろん不潔ですし、触るのはよくないと知ってましたけど、どうしても撫でたくて……するとカラスのほうも気持ち良さそうに頭をこすりつけてくるんですよ。もう可愛くて可愛くて……話しかけると、真剣に聞いてくれるような素振りまでして、ときどき相づちみたちに小さく鳴いてくれたりもするんです。
名前までもつけてしまいました。毎日休憩後にそのカラスと別れるのがつらくてたまらなくて、カラスの飼い方を真剣に調べたほどです。
そのできごとが起こったのは、それからしばらく経ってからです。
その日、私仕事で上司に叱責されまして……しかも理不尽な理由で。思い返してもイライラするほどの不可抗力での失敗です。かなり機嫌が悪かったんです。
でもカラスには会いたいですし、いつものように休憩をとったんです。
カラスはいつものようにやってきました。時刻は日曜日の昼過ぎだったと思います。
私、カラスに仕事の愚痴をたくさん言いました。あの上司死ねばいいのに、とか。あんなのどうやって対策しろってんだとか、客が悪いに決まってんだろとか。でもカラスはいつものように嫌がらずにきいてくれました。だから私もだんだん舌がまわるようになってきて。でも話すたびにますますイライラしてきて。
そのとき、私の耳に、隣の公園で遊び子供たちの声が届いたんです。
ほら、子供って大きな声を出すじゃないですか。普段ならなんとも思わないんですけど、そのときの私、すごくイライラしていたから、つい、"うるせぇガキがよ……死ねッ!"って口走っちゃったんです……。
すると、いきなりカラスが飛び立ってどこかに行きました。私、目だけでその姿を追って、それ以上はあまり気にしてなかったんですけど、そのあとすぐ、隣の公園から悲鳴が上がったんです。
びっくりして立ち上がりました。するとすぐ、ベランダにまたカラスが戻ってきたんです。
そのカラス、くちばしに目玉を咥えてました。
私、悲鳴もあげられないほどびっくりして……カラスはそのままとてとてと私に近づいてきます。私、わかりました。このカラスは私にほめてもらいたがってるんだと。
私、声が出そうになるのを必死でこらえながら……震える手で、カラスの頭を撫でて、すぐに部屋に戻りました。水道で何度も何度も手を洗いました……。
……翌日、マンションのエントランスの掲示板に、隣の公園で遊んでいた子供がカラスに襲われて重傷を負ったという注意書きが張り出されて、一緒にカラスの駆除作業の予定がたてられてました。
そのまま何も知らないふりをしていればよかったんですけど……。
私、どうしても耐えられなくて……。
いまそのカラス、部屋でこっそり一緒にくらしてます。
毎日キスして、いろんなところを舐めあって……。
私、いま幸せです。




