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04_好感度を上げるのは難しい

 

 ルサレテの怪我は毎日少しずつ回復していき、ようやく歩けるようになった。そこで、怪我をした体を引きずるように、歩いて歩いて、歩きまくった。


 このゲームの世界でアイテムを入手し、攻略対象の好感度を高めるためのイベントに参加するには、ポイントが必要となる。そのポイントを貯める方法は――歩くことだ。


(こんなに歩いたのに……たった1ポイント)


 部屋のひとりがけの椅子に深く座り、換算された歩数の画面を眺めながら思う。

 単純な作業だと思えるかもしれないが、1歩1ポイントではなく、1万歩で1ポイントなので、ポイントを貯めるのは割と大変だ。


 雨の日も、風の日もひたすら歩く。歩いて歩いて、歩き続ける。リハビリにしては歩きすぎで、周りの人から変わり者と揶揄されようとも、ゲームをクリアするために躍起になった。

 唯一、ペトロニラだけは怪しんでいたが知らん顔をした。どうせ彼女には、貯めているポイントを確認をすることはできないから。


 また、婚約者のジェイデンが、頻繁にペトロニラの元に見舞いという体で会いに来るようになった。

 彼はルサレテに階段から突き落とされたと信じ込んでおり、怪我をして寝たきりだったルサレテに会って早々、「君を軽蔑するよ」と吐き捨てた。ルサレテを心配する素振りもなく、ペトロニラには毎日のように花や果物を持ってきて、甲斐甲斐しく世話を焼いた。 

 ジェイデンはペトロニラと話す口実ができたのだから、願ったり叶ったりではないか、と思ったりしている。


(またあのふたり、一緒にいる……)


 部屋の窓から、庭でふたりが楽しそうに話している姿が見えた。ジェイデンの笑顔は、ルサレテに以前見せていたものと明らかに違って、恋をする男のそれだった。

 そのとき、窓から様子を見ているルサレテに気づいたペトロニラが、不敵に口角を上げた。彼女がルサレテへの報復でジェイデンと仲良くしているのだと理解した。


 そしてその日。


「君との婚約は解消させてもらう。僕は……前からペトロニラのことが好きだったんだ。彼女を傷つけた相手と結婚するなんて屈辱、耐えられそうにない」


 階段から落ちた日から1ヶ月が経っていた。居間でジェイデンから婚約解消を告げられる。彼がペトロニラに甘い眼差しを向けていたのを見て、彼女に好意を寄せていることは明らかだった。ジェイデンの横に座るペトロニラの頬は赤く染まり、照れた素振りを見せている。

 しかし、攻略対象たちのこともそうやって思わせぶりして、どっちつかずの態度で振り回したから、好感度がイマイチ上がりきらなかったのだろうと思った。


 母がペトロニラの背を擦りながら、こちらを冷たく見据える。


「こんなことがあった以上、大事なペトロニラの傍にあなたを置いておけないわ。この屋敷から出ていきなさい。ルサレテ」


 一方的に責められ続けたルサレテは俯き、膝の上でぎゅうと拳を握り締める。ペトロニラの言葉を鵜呑みにして、ルサレテにはまったく耳を貸そうとしない両親や婚約者。この人たちに縋っていても時間の無駄なのだろう。ルサレテは、そっと答えた。


「分かり……ました」


 言われたことに全く反発せずに処遇を受け入れ、居間を出るルサレテ。

 廊下に立ったまま、空中ディスプレイを操作する。ポイントを貯めたことで、攻略対象の誰かと接触するイベントが発生している。ルサレテは迷わず――ロアン・ミューレンスを選択肢した。




 ◇◇◇




「――わあ!?」


 敷地の中にいたはずなのに、瞬きをする間もなく外に転移していた。空中に転移したため、僅かな浮遊感とともに地面に落ちて体を打ち付ける。


(いたた……。ようやく怪我が治ったところなのに、手荒なんだから)


 立ち上がると、自分が王立学園の制服を着ていることにきづく。先ほどまではドレスを着ていたのに。ここは学園の敷地内だった。ルサレテとペトロニラ、そして攻略対象たちは王立学園に通っている。ルサレテは怪我をしたため休学中だった。


 今ちょうど自分がいるのは、敷地内の芝生広場。お昼になると、レジャーシートを敷いて昼食を食べている人や、お喋りをしているカップルを見かけることがある場所だ。そして、ルサレテの手には薬が入った紙袋が握られている。


(なるほど。最初のイベントはこれをロアン様に届ければいいのね。簡単じゃない)


 薬を買った分のポイントは減っていた。

 すると、芝生広場に佇む木の周りを生徒たちが囲んでいるのが見えた。


「どうかなさったのですか?」

「ルサレテ様……」


 噂を知っているのか、生徒たちは目配せし合って、ルサレテに対する不信感を一瞬見せた。


「……あそこを見てください。高いところに子猫が登って降りれなくなっちゃったみたいで」

「そっとしておけばそのうち降りてきますよ。人が集まっているから警戒しているのかも」

「それが――2日前からあそこにいるんです」


 女子生徒が指さした先に、木の幹の上で白い猫が震えているのが見えた。助けを求めるかのように、にゃあにゃあとか弱く鳴いている。登ったはいいものの、怖くて降りれなくなってしまったのだろうか。

 これもイベントのひとつかと思って画面を確認するが特に反応がないため、これはゲームとは無関係らしい。


 ルサレテは前世の実家で飼っていた猫を思い出した。好奇心で屋根の上から降りれなくなり、消防署に連絡したことがあった。


(猫って本当……世話が焼ける)


 でも、可愛い。手がかかればかかるほど可愛いのだ。鳴き続ける猫を見上げ、小さく息を吐いたルサレテは言った。


「私が捕まえてきます」

「ええっ!? でもこの木、高くて危ないですよ!?」

「あの猫ちゃんが足を滑らせて怪我でもしたら大変だもの」


 紙袋を一旦女子生徒に預けて、木の幹に手をかける。貴族令嬢だった今世は木登りなんてしたことがなかったけれど、前世で日本人だったときは、よく幼稚園や小学校の木を登って先生に叱られたものだ。


「よいしょ――っと」


 太い幹に手をかけて、足の力で軽々とよじ登っていく。ルサレテのことを不審がっていた生徒たちだが、子猫救出のために体を張る様子を見て、懐疑心は応援に変わった。


「頑張れー!」

「あと少しよ!」


 下から応援の声が聞こえてくる。応援に励まされながら子猫がいる高さまで登り、手を伸ばして宥めるように声をかける。


「ほうら。もう大丈夫よ。こっちへおいで〜」


 ゆっくりと近づいてきた子猫の体を腕で抱き抱える。あとは降りるだけ。そう思ったとき、下から怒鳴り声が聞こえた。


「そこで何をしている!」


 突然怒られて驚いたルサレテは足を滑らせ、猫を抱き抱えたまま下にずり落ちる。


「きゃっ――」


 柄でもないことをするものではないと、本日二度目の浮遊感に包まれながら反省する。

 せっかく怪我が治ったのに、今度はどこかの骨が折れるだろうか。足? それとも腕?

 ぎゅっと目を閉じて覚悟したが、予想していたような衝撃はなく、代わりに柔らかいクッションの上に乗っていた。いや、こんな場所にクッションが落ちているはずがない。そう思って恐る恐る視線を下に落とすと――下敷きになっているロアンと目が合った。


 ロアンが下敷きになってくれたおかげで、ルサレテはどこも打ち付けることがなかった。しかし、彼の方は尻もちをついた体勢で、ルサレテの体を支えていた。そして、もう少し近づいたら顔のどこかが触れてしまいそうな距離に彼の顔がある。


「重い。早くそこを退いて」

「ひっ、ご、ごめんなさい……!」


 ロアンは本来優しくて紳士的な青年だ。決して女性に「重い」なんてデリカシーのないことを言う人ではないので、余程嫌われているのだと分かる。


(私……太ってはないと思うけれど)


 慌てて彼から離れるが、ロアンの好感度メーターは-105になってしまった。


(あああ、嘘…………。また下がった……)


 ロアンは腰を擦りながら立ち上がり、こちらを冷たく見下ろした。


「貴族の令嬢が木の上で何を?」


 そう尋ねられ、両腕の中に隠れていた子猫を差し出す。にゃーと愛らしく鳴いた子猫を見て、木の上の子猫をルサレテが助けていたのだと理解した。

 ルサレテは子猫を逃がし、女子生徒に預けていた紙袋を返してもらった。


 すると、ロアンの好感度はなぜか-110まで下がっていた。


「庭師に頼むなりするべきだった。君がまた怪我をすれば、迷惑がかかる人がでるんだから」


 まぁ、おっしゃる通りだ。呆れられて好感度が下がるのも無理はない。せっかくロアンの好感度を上げるためのイベントに来たのに、下げてどうすると猛省する。

 ロアンは、怪我をして療養中なのに、どうして学園にいるのかと聞いてくる。

 ルサレテは薬の入った紙袋を彼に渡す。


「これは?」

「ロアン様の病気に効く薬です。今日はこれを届けにきました。症状が強いときにお湯で飲んでください」

「結構だ」


 彼は紙袋を突き返し、氷のように冷たく言う。


「俺の病気に効く薬はない。それに、君が持ってきたものを信用できるはずがないでしょ。毒でも入っているんじゃないか?」

「…………」


 疑われて当然だ。なぜなら彼は、ペトロニラをいじめて階段から突き落としたのがルサレテだと思い込んでいるのだから。


「俺に取り入ったところで、君の罪は軽くはならな……げほっ、ごほっごほっ……っ」

「ロアン様!?」


 そのときまた、ルサレテの目の前で彼が発作を起こした。前回のときよりなかなか咳が治まらず、苦しそうにする彼。口から吐かれた血が芝生を赤く染める。

 ルサレテは空中ディスプレイに触れて、ポイントでアイテムのひとつの飲み物を買う。


 ルサレテはロアンの背中を支え、まずは自分が薬を飲んで、毒ではないことを証明する。あまりにも苦しそうな様子のロアンを放っておくことはできない。一刻も早く、ほんの少しでもいいから楽にしてあげたいという一心で懸命に訴えかける。


「私のことは嫌ってくれていいです。でも、このお薬を飲んでください。そうしたら少しは楽になりますから!」

「断……る……ごほっごほっ」

「飲んでくださるならなんでも言うことを聞きます! だから、お願い……!」

「…………水を」

「は、はい! こちらに!」


 水の入ったコップを口元に差し出すと、彼は嫌っているはずのルサレテが持ってきた薬を飲んだ。苦しさを逃れたくて、藁にもすがる思いなのだろう。ゲームが用意した薬の効果は抜群で、彼の発作はすぐに治まった。


「この薬はなんだ……? 今までどんな薬を飲んでも気休めにすらならなかったのに……」


 ルサレテは、目の前の画面に書かれた解説を、あたかも自分の言葉かのように読み上げる。


「ええと……大陸の東の国から取り寄せた薬です。気道や粘膜を保護するユリの根、ナツメや甘草を乾燥させたものが入っています。咳を和らげる効用があり、東の国ではよく使われるそうです」

「俺のためにわざわざ調べてくれたのか?」

「……はい。あの日、苦しそうなお姿を見て、心配で……」

「その顔……。嘘をついているようには見えないな……」

「嘘じゃ、ないんですってば」


 疑心暗鬼だった彼は小さく息を吐き、紙袋を受け取った。


「あの日、俺に奇跡が起こるようにと願ってくれた君も、今目の前にいる君も、優しい。……ペトロニラにひどい仕打ちをしたとは思えなくなってくる」

「信じてもらえないかもしれませんが、私はペトロニラを階段から落としたりいじめたりしていません。私だって、謂れのない罪で恨まれることが悔しくて仕方がないですよ。でももういいんです。ロアン様は信じたい人を信じてください。では、ごきげんよう」


 そうやって勝手に、ペトロニラのめちゃくちゃな話を鵜呑みにしていればいいのだ。

 薬を届けたのに好感度は上がっていない。これ以上ここにいても、彼に嫌われていくままかもしれないから、作戦の練り直しが必要だ。

 しかし、その場を離れようとしたら、なぜかロアンに腕を掴まれた。ルサレテが振り向くと、彼は無意識にルサレテを引き留めた自分の行動に戸惑っていた。


「急になんですか? その手を離してください」

「さっき、薬を飲んでくれたらなんでも言うことを聞くって言ったよね?」

「い、言いましたけど……」

「なら、君のことがもっと知りたい。ペトロニラと君の言葉、どちらが真実なのか、俺の目で確かめたいんだ」


 ロアンはそう言ってルサレテの腕を離して、初めて笑顔を見せた。


「それにまだ、薬のお礼もしてないし、この前貸してくれたハンカチを返せてない。だからまた、話そう。――ルサレテ」

「!」


 彼の表情に、最初のような冷たさはない。

 ロアンの好感度メーターは、-90まで上がっていた。ルサレテの誠意が、ようやくほんの少しだけ、ロアンに届いたようだ。

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