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03_初回特典

 

 その日から療養生活が始まった。階段の下に毛の長い絨毯が敷かれており、それが緩衝材になって怪我はひどくなかった。

 食べて、寝て、本を読んで、ゆったりと過ごすルサレテ。一方、人気者で交友関係が広いペトロニラにはひっきりなしに誰かが見舞いに来ていた。


 そして、ペトロニラはお見舞いに来る人全員に、姉に階段から突き落とされたと吹聴した。

 家族も婚約者もペトロニラの話をすっかり信じていて、裁判沙汰にしない代わりにルサレテを家から追い出すという流れになっていた。


「どうしてこんなことに……」


 ルサレテは寝台に座り、ため息を吐く。相変わらず、視界には変なものが見えている。好感度メーターに関してはペトロニラの取り巻き令息に対して以外は見えていないが、視界の端に、『アイテム』『ポイント』の文字が浮かんでいる。

 これは一体なんだろう。見え始めてから無視し続けていたが、触れそうな気がする。

 恐る恐る、手を伸ばした瞬間。ノックもなしにペトロニラが部屋に押し入ってきた。


 階段を落としたときの彼女が思い浮かび、心臓が跳ねる。脈動が加速し、手が冷たくなる。

 彼女はつかつかとこちらに歩んできて、ぽすっと隣に腰を下ろした。


「これでよーく分かったんじゃない? 私を敵にしたら怖いってこと」

「……どうしてこんなことするの? 私……ペトロニラに何かした?」


 ルサレテが質問攻めすれば、彼女は綺麗な顔を歪ませて、こちらを睨めつけた。


「ロアン様に色目を使ったじゃない。それに、言ったでしょ。私から大事なものを奪ったって……」

「奪ったって、どういうことなの? もしかしてこの、空中に浮かんでいる変な文字のことと何か関係あるの……?」

「これ以上悪い思いをしたくなかったら……私の言う通りにして」


 家を追い出す以上の悪いこととは何だろうか。ペトロニラは自分のことを脅している。階段から突き落としておいて、尚も姉のことを追い詰めようとしているのだ。

 ルサレテには彼女に従う以外に選択肢がなかった。何をすればいいのかと尋ねると彼女は言った。


「その目の前の空中ディスプレイに、ぜーったい、触らないで。一生よ一生!」

「空中でぃすぷれい……。もしかして、この光ってる絵のこと?」

「そーよ。それ以外にないでしょ」

「これは何の意味があるの?」

「さぁね。なんにも教えてあーげない。とにかくいい? 分かった?」


 小さく頷くと、彼女は憂鬱そうに息を吐いて立ち上がり、こちらを見下ろして、「お姉様なんか死ねばいいのに」と吐き捨てて部屋を出て行った。

 ずっと可愛い妹だと思っていた彼女に突き放されて、ずきんと胸の奥が痛む。


 ペトロニラが出て行ったあと、もう一度空中ディスプレイを眺める。ペトロニラに触るなと釘を打たれているので触ることはしないが、呪いの道具とかなのだろうか。未知の存在に、あれこれと想像を掻き立てては身を竦めていたそのとき――。


 どこも触っていないはずなのに、画面が強い光を放ち始めた。びっくりしたルサレテは後ろに仰け反り、シーツに手を着く。


「きゃっ、何……!?」


 画面から白い光の塊が飛び出してきて、宙を浮遊している。もふもふで真っ白、丸い謎の物体。


(毛玉……?)


 かと思えば、ぴょんっと小さな耳と長いしっぽが生え、つぶらな青い瞳がこちらを見据えていた。太った猫のような風貌のそれは、長いしっぽを振りながら喋った。


「おめでとう! あなたはボクら妖精族の乙女ゲーム転生プログラムの被験者に選ばれたよ!」

「乙女ゲーム……転生プログラム?」


 自称妖精は、名前をシャロと名乗った。

 シャロたち妖精族は神の使いで、死んだ人間の魂を扱うという。死んだ魂をより良い形で転生させるのために、人間を異世界に転生させて、いかに生きるか観察しデータを集める。その研究のひとつが、シャロが担当する乙女ゲームとやらが舞台の異世界らしい。


 シャロはルサレテの周りを旋回し、身振り手振りで話を続けた。


「本当の被験者はペトロニラだったんだけど、階段から落っこちた拍子にプレイヤーが入れ替わっちゃったみたいなんダ。研究所本部に問い合せたところ、今回は特例としてこのまま検証ゾッコーになったってワケ!」

「は、はぁ……」


 乙女ゲームが何なのか分からず、頭に疑問符ばかり浮かべるルサレテ。


「まずはとにかく、キミに前世の記憶を思い出してもらってからじゃないと話は始まらないネ。これはボクからの初回特典ということデ!」

「え……?」


 シャロがルサレテの額に触れると、光を放つと同時に、膨大な記憶が頭の中を流れた。両手で頭を抱え、その場にうずくまる。


(思い……出した……)


 ルサレテは前世で日本人だった。

 小さいときから病気がちで、長生きはできなかったのだが、死ぬ前に今いる世界が舞台の乙女ゲームをプレイしていたことを思い出した。

 ヒロインのペトロニラが四人の攻略対象の誰かとの恋愛を楽しむというもの。ルサレテはゲームには名前しか登場しない、いわゆる脇役だ。


 ペトロニラも転生者で、この世界に来る前に乙女ゲーム転生者プログラムの被験者に選ばれていた。前世の記憶を保持したままゲームの世界に転生したものの、ペトロニラの攻略は難航していた。


「ペトロニラは強欲で大変だったヨ。ボクにもしょっちゅう怒鳴るシ」


 シャロは不服そうに腕を組む。

 彼女は全員から好かれてハーレムを作ろうとしていたが、結局中途半端なところまでしか好感度を上げられず、恋愛関係に発展させられなかったという。

 乙女ゲーム転生プログラムでは、妖精たちがこの異世界に干渉し、実際に起きる出来事をゲームに取り込みオリジナルストーリーとして展開する仕組みになっており、プレイヤーが脇役でも新たなオリジナルストーリーとしてゲームを進行させることが可能だとか。


「このゲームのクリア条件は、攻略対象の誰かの好感度を100にするコト! キミ、このままじゃペトロニラの思い通り、家を追い出され、社交界での立場を失っちゃうヨ? キミはこの検証に付き合うことで、汚名を返上することができるかもしれない。ボクは新しいデータを手に入れられる。win-winだネ!」

「そんなこと言われても……」


 空中ディスプレイを指先で操作して、現在の状況と攻略対象の情報を確認する。

 好感度は-100。これは、とんでもなくハードモードだ。ゲームの開始時は好感度0から始まるのが通常で、それを下回るのなんて前代未聞。

 好感度100が最も好かれている状態なので、-100は……最も嫌われている状態と言えるだろう。


 しかし、このまま何もせずにいたら、シャロが言った通り、家を追い出され、立場を失い、白い目で見られることになるだろう。

 攻略対象の誰かを味方にすれば、最悪を回避できるかもしれないし、未来の新たな可能性を見出せるかもしれない。


「そしてそして! 攻略達成してハッピーエンドを迎えたあかつきには、検証の報酬になんでもひとつ願いを叶えてあげル!」

「なんでも……?」

「妖精デスから」


 得意げにふんと鼻を鳴らしてシャロを見て、おかしくて笑ってしまった。


 それなら、ルサレテがペトロニラに嫌がらせをしていたという誤解を人々から消してもらおうか。それとも、家から出て一生不自由なく暮らせるようにしてもらおうか。


 そんな願望が頭に浮かぶが、それと同時にロアンが咳き込んでいた姿を思い出した。

 画面の人物紹介をタップし、ロアン・ミューレンスのキャラ詳細を確認する。


 筆頭公爵家の嫡男である彼は、美男子というだけではなく、人当たりがよく優しい、文武両道の魅力的な男だった。――しかし、肺を患っており、周囲に持病のことを隠している。彼はゲームのどのエンディングでも、先の人生が短いことがほのめかされていて、全体的に切ないストーリーになっていた。

 そして彼は、前世のルサレテの推しだった。何度も彼のルートをプレイし、切ないストーリーに涙した。


 ルサレテはスカートをぎゅっと握って尋ねる。


「病気を……治すことはできる?」

「――できるヨ」


 妖精の力を使えば、崖っぷちになった自分を救済することができる。それでも、現実に生きている推しのことを見殺しにすることができない。


「……なら、私がゲームをクリアした日には、ロアン・ミューレンスの病気を治してあげて」

「承知! それじゃ、攻略頑張ってネ! どんな結果を見せてくれるか、楽しみにしてるヨ!」


 シャロはくるりと旋回し、光の粒子となって空中ディスプレイに吸い込まれていった。

 かくして、好感度-100の乙女ゲームが開始した。

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