18_ふたりのプレイヤーのエンディング(最終話)
ペトロニラは国外の山奥の修道院に送られ、閉鎖的で禁欲的な生活を強いられていた。毎日つまらない祈りばかりさせられ、掃除や洗濯、料理などの家事をして過ごしている。
修道院には贅沢な食事も、綺麗なドレスも、甘やかしてくれる家族もいない。身の回りのことをしてくれる召使いも。
(早く……お姉様のところに行かなきゃ。そして、プレイヤーの座を取り戻すの。早く、早く……!)
いつも修道院から逃げ出すことばかり考えている。ルサレテの元に行き、もう一度一緒に高いところから落ちれば、自分が乙女ゲーム転生プログラムの被験者に戻れるはずだ。そうなれば、ゲームの力を借りて、攻略対象たちの心もすぐに取り戻せる。
ずっとゲームのポイント貯めと攻略だけに人生を捧げてきた。夢中になり、依存していた。イケメンに愛し尽くされる自分の理想通りの世界を作りたくて。
それなのに、今こうして修道院まで追いやられたのは全部……ルサレテのせいだ。彼女が、プレイヤーの座を奪ったから。
ペトロニラは祈りの途中で礼拝堂から抜け出して、建物の外へ走った。
「シスター! またペトロニラが脱走しようとしています!」
「追いかけなさい」
「はい!」
シスターの指示で、修道女たちがペトロニラを追いかける。一方のペトロニラは、捕まらないように山の下へ向かって走り続けた。
すると、道の脇に薄汚れた白い猫が隠れているのを見つけた。ペトロニラは立ち止まり、目を見開く。
「シャロ……! こんなところにいたのねぇ」
青い瞳をした猫を抱き上げ、頬を擦り寄せると、野生の猫は警戒心を剥き出しにして唸り、身じろぐ。
もちろんこの猫は妖精シャロではなくただの猫だが、精神的に不安定になっていたペトロニラの心はそれをシャロだと思い込んだ。
腕の中で暴れる猫に手や顔を引っ掻かれてもお構いなし。むしろ、満足気で、恍惚とした表情を浮かべるペトロニラ。
「ここでは人の目があるから、お部屋の中でゆっくり話しましょう?」
「ウーッ」
「ねえ、私考えたの。やっぱり逆ハーレムエンドじゃなくて、誰かひとりに対象を絞って攻略しようかなって。前のときは欲張りすぎて上手くいかなかったけど、今度はきっと上手くやるわ。これからは……乙女ゲームに真剣にもっと向き合おうと思ってるの」
「シャー! シャー!」
ぼそぼそと猫に話しかけるペトロニラの姿を見て、修道女ふたりは顔を見合せた。『逆ハーレム』『乙女ゲーム』などと訳の分からない単語を口にする彼女が、気味悪く映った。
だが、ペトロニラは周りからどう見られていようと全然気にしない。彼女の頭の中は、新しく始まるゲームのことでいっぱいだったから……。
大人しく修道院の建物に戻るペトロニラ。庭に残された修道女がシスターに不満を零す。
「彼女はもう、私たちの手にはとても負えません。だいたい、実の姉に危害を加えるような人の更生なんて、引き受けるべきではなかったんですよ。シスター!」
ペトロニラの実家が多額の寄付金を支払い、受け入れることにした。しかし、もし手に負えなくなったら他の施設に移してもよいと言われている。
彼女がいると、真面目にやっている修道女たちの日常にも支障が出てくる。
修道女たちはペトロニラを追い出すべきだと口々に訴えた。
「本当に彼女は国一番の花嫁候補だったんです? 全部彼女の妄想だったのでは」
「……事実よ。どんな栄誉を得ようと、それを失うのは一瞬のこと。……なんと儚いことでしょう」
今のペトロニラは修道女が言うように、国を追い出されたショックで妄想と現実の区別がつかなくなっている。シスターは寂しげに眉をひそめた。
「ここより更に山の奥に行くと、心を患った方たちが療養する支援施設があるわ。残念だけれど……そこにペトロニラを預けましょう」
支援施設に入ると、この修道院より更に不自由な生活が待っている。娯楽は少なく、先程のように脱走を繰り返せば、ベッドに拘束されるということも。また、劣悪な環境であるため、大抵の人が短命で終わる。
苦渋の決断だが、更生する見込みがないペトロニラでは、これ以上修道院に置くことはできないから仕方がないだろう。
◇◇◇
もうひとりの元プレイヤーのルサレテは放課後、学園の庭園で白い猫を撫でていた。
この猫は、以前木の上に登って下りれなくなったところを助けてやったことがある。あのときは子猫だったが、今はひと回りもふた回りも大きく成長した。
助けてもらった恩を覚えているのか、白猫はルサレテに懐いていて、たまに様子を見に行く度に擦り寄ってくる。
「ふ。すっかり君に懐いているね」
猫と戯れているところに声をかけてきたのは、ロアンだった。彼はルサレテの横にしゃがみ、猫の顎を撫でる。撫でられた猫は心地よさそうに目を瞑り、甘えるようににゃあと鳴いた。
「この猫、見る度にぶくぶく太ってない? ついこの間はもっと痩せていたのに」
「多分、生徒たちが餌を与えているんでしょうね」
しかし、過度に餌を与え続けていたらこの猫の健康によくないだろう。
このままにしておくのは心配だと呟くと、ロアンが理事長に相談して、自分がこの猫を引き取ろうと提案した。
「それは……ロアン様が大変になるのでは?」
「でも、この子を引き取れば、君が俺の屋敷に会いに来る口実になる」
「ふっ。そういうことですか」
今は婚約者同士だけれど、いつか結婚したら、ロアンと一緒に猫と生活することになる。そんな未来を想像するのも楽しい。
ふたりは一緒に猫を連れて理事長室に行った。学園に住み着いている野良猫の糞に悩まされていたため、一匹引き取ることを快く了承してくれた。
ロアンが猫を抱えたまま、馬車の停車場へと歩く。
「この猫の名前、君がつけてよ」
「じゃあ……シャロ」
「はは、早いね。可愛い響きだ」
「私の小さな友人の名前なんです」
この猫と妖精シャロは真っ白な毛並みと青い瞳がよく似ていたので、ぴんと閃いたのだ。妖精の方のシャロとは、もう二度と会うことはないだろうけれど。
ルサレテが妖精のことを思い出していると、ロアンの腕の中で猫が呑気に欠伸をする。
爽やかな風が吹いて、猫を抱くロアンの金髪が揺れる。
彼はこちらに視線を向けながらおもむろに言った。
「ルサレテはさ、俺の病気が治ったのは、俺が頑張ったおかげだって言ってくれたけど……」
「……?」
そっと歩みを止め、真剣な表情でこちらを見つめるロアン。
「きっと君のおかげだよ。ルサレテ」
「え……」
まさか、乙女ゲームのことや妖精の力のことがバレてしまったのだろうか。身を強ばらせてぐっと息を呑む。
「病は気からっていうだろう? 君ともっと一緒にいたいっていう気持ちが、こんな奇跡みたいな回復を現実にしたんだと思う」
そういう話かと安堵しつつ、照れくさくなった。でも、ロアンが元気になりたいと思う原動力になれていたなら、嬉しいことだ。ルサレテは小さく微笑む。
「奇跡はたくさん起こりますよ。これからも、ずっと一緒にいましょう」
好感度-100から開始した乙女ゲームの世界で、最後に辿り着いたのは最高のハッピーエンドだった。
希望のある未来を想像しながら並び歩くふたりと一匹。
夕焼けの光が彼らを暖かく包み込んでいた。
〈おしまい〉
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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では、またどこかでお目にかかれますように。