12_ロアンの病気
その日。午前中の授業を終えたルサレテは、学園の食堂でロアンと昼食を一緒に食べることにした。授業が早めに終わってしまったので、待ち合わせ場所にした芝生広場では本を読んで待っていると、遅れて彼が来た。ロアンはルサレテの隣に座り、手を日除けのためにルサレテの目の上にかざした。
「日差しが眩しいでしょ」
「……そうしていたらロアン様の手が疲れてしまいますよ」
「俺は平気だよ」
そう言って彼は喜んで日傘役をする。ルサレテの制服のスカートが汚れないようにと芝生の上に自分のハンカチを敷き直そうとし始めたので、そこまで気を遣わせるのは申し訳ないと思い、本を閉じて早く食堂へ行こうと伝える。
「もういいの? キリがいいところまで読んでいっていいのに」
「…………」
ロアンと親しくなってきたが、このごろはやけに、甘やかされている気がする。それに、こちらを見る瞳が熱を帯びているように感じることも。
「ルサレテ。そこ、足元気をつけて」
「え?」
食堂へ向かうための外の道を歩いていたら、彼に腰を抱き寄せられる。目線を下にやると、1匹のカエルがこちらを見上げていた。もう少ししたら踏んでいたかもしれない。
昨夜は雨が降っていて水溜まりがあちこちにできており、ロアンはルサレテが踏んで靴を汚さないようにとエスコートした。
「最近、なんだかやけに優しいですね。優しくしてくださっても何もあげないですよ?」
「はは、そういうんじゃないよ」
「前は『言っておくけど、俺が君の味方っていう訳ではないから』……とか言って散々冷たくしてきたくせに」
昔ロアンに言われた言葉を、声や表情を真似して言うと、彼は苦い顔をした。
「そのときは君のことを誤解していたんだ。反省してる」
「別に、過去のことを責めている訳ではないですよ」
ペトロニラと親しくしていたロアンはずっと、ルサレテが彼女のことをいじめていると思っていたのだから。嫌うのも無理のないことだ。
ルサレテはその場にしゃがみ、両手を差し出す。するとカエルがぴょんっと飛び乗って来たので、それを人の通りのない草むらに逃がした。人に踏まれたりしたら可哀想だ。
「本当、よく触れるよね」
「私は虫全然平気なので」
「エリオットだったら、発狂するかも。生き物の中でも一番カエルが苦手だって言ってたから」
「ふ。では卒倒するかもしれないですね」
彼は大の虫嫌いで、一度鼻に止まった虫を取ったことがあったのを思い出した。あのときの血の気が引いた顔は今も頭に焼き付いている。
2人でたわいもない話をしながら食堂に入った。三階建ての大きな建物になっていて、カフェやパン専門店など、複数の店が入っている。ロアンはサラダと飲み物のみという、ダイエット中の女子みたいなメニューを頼んだ。
「ロアン様……それだけでよろしいんですか?」
「ああ。あまりお腹が空いていないんだ。俺はルサレテが美味しそうに食べているところを見られたら満足だよ」
ルサレテは自分が頼んだステーキを半分ナイフで切って、彼の皿の上に載せた。
「ひと口でもいいから召し上がってください。午後の授業まで持ちませんよ。あ、このお肉、柔らかくてすっごく美味しい……!」
少しでも食欲が湧くようにと、大袈裟に美味しそうな表情で肉を頬張って見せると、その様子がおかしかったのか彼はふっと小さく笑った。ルサレテが分けた肉を食べて、本当に美味しいねと言う。
「最近……体調はいかがですか?」
「君がくれた薬のおかげかな。楽に過ごせているよ」
作り笑いを浮かべている彼を見て、ルサレテはフォークを動かすのを止めた。
ルサレテは知っている。ペトロニラ視点のゲームをプレイしたとき、ロアンの病状は悪くなっていくだけだった。気丈に振舞ってはいるけれど、実際の体調は良くないはず。
ゲームの本編が終わっても、ロアンはずっと死と隣り合わせだ。どのエンディングも、切なくて、悲しさを残している。だからルサレテは、シナリオとは違う未来を目指したい。
「そう心配そうな顔をしないで。最近……君が言ってくれたように奇跡を信じているんだ。この病気を良くして、もっと……君と一緒にいたいから」
「…………!」
「俺は君といるのが楽しくて仕方がないんだ」
その言葉は、嘘ではなく本心だと分かった。
(奇跡は私が起こしてみせる。だからロアン様……。もう少しだけ辛抱を)
その気持ちは舌先で留めて、ありがたい言葉だとお礼だけを伝えれば、彼の好感度は+2上がった。
少しずつ、少しずつ絆を深めていき、彼はルサレテにとって大事な存在になっていた。
「私もロアン様と……これからも楽しく過ごしていたいです」