11_攻略対象の決め手は
それからも、ルサレテはロアンの好感度を上げるために頑張り続けた。もちろん、余裕があるときは、他の攻略対象たちにも親切にしておく。好かれることで、得することはあっても損することはないから。生き残るためには味方を増やさなくてはならない。
また、早朝や夕方など、学園の授業がない時間を見つけては只管散歩してポイントを貯めて、攻略のために注ぎ込んだ。
そして。好感度-100から開始した乙女ゲームだったが、半年かかってようやく、ルイ、エリオット、サイラスの好感度は0に。ロアンの好感度は70まで上げることができた。好感度が0になって攻略対象者たちは、当初ルサレテに向けていたような悪意がなくなり、それなりに親切にしてくれる。
そして本命のロアンとは、かなり親しい友人くらいの関係値まで持っていくことができた。
ルサレテへの好感度が上がっていくと同時に、ペトロニラは本来のわがままな気性が露呈し、取り巻いていた攻略対象たちが距離を置くようになった。
(まぁ、当然よね。これまでずっとゲームのサポートに頼っていたのが無くなったのだから)
もしペトロニラが、根っこから優しくて思いやりのある人だったら、プレイヤーではなくなったとしても、攻略対象たちの心が離れることはなかっただろうに。
「お願いっ! また代わりに刺繍の課題をやってほしいの……! 私には難しくて。だからまた助けて?」
」
学園の宿舎に向かう途中、建物の近くでペトロニラと3人の女子生徒が話しているのを見かけた。彼女たちは、貴族ではなく平民出身の生徒たちのようだった。
「お断りします」
「ど、どうして……?」
何やら怒った雰囲気の女子生徒たちを見て、建物の影に隠れて様子を窺うことにした。
「私たちが刺繍や課題を代わりにやって、ペトロニラ様を立てるのは、ルイ様やエリオット様、ロアン様、サイラス様に紹介してもらうという見返りのためでした」
「でも、ペトロニラ様は一向にご友人に私たちを紹介せずに利用し続けましたよね? もう絶対に手伝いませんから」
「最近はルイ様たちとも一緒にいませんよね? それって、人の手柄を自分のものにするような性格がバレて愛想尽かされたからではないんですか?」
女子生徒たちはペトロニラの影武者として刺繍をしたり課題をしたりしていたらしい。だからペトロニラは刺繍で賞を取り、優秀な成績を修めていたのだと理解した。『完璧なヒロイン』という設定を守るために姑息な手を使っていたらしい。
「ま、待って……! なら、欲しい情報を何でも教えてあげるわ。たとえば、王太子殿下のお好きな食べ物とか……!」
「マスカットでしょう。そんなの、ファンなら誰でも知ってます。もうペトロニラ様に協力するのはこれきりということで。それでは」
「…………」
取り残されたペトロニラは悔しそうに下唇を噛んでいた。ルサレテは全部見なかったことにして部屋に戻った。
宿舎の部屋でひとり、攻略対象たちの好感度を確認するルサレテ。その膝の上で、シャロも一緒に空中ディスプレイを眺めている。
ルサレテは彼の毛を撫でながら聞いてみる。
「ねえシャロ? 攻略対象者たちのペトロニラへの好感度ってどんな感じなの?」
「うーん……ちょっと調べてみるネ。――ウワッ!」
「うわ?」
シャロは妖精用の小さな空中ディスプレイを表示し、慣れた手つきでそれを操作する。そして、ペトロニラの好感度を確認して、元々大きな瞳を更に見開いた。ルサレテも覗き込んでみると、驚くべき数値が出ていた。
「全員……-50って……」
「たった半年でよくもここまで嫌われたヨネ。逆に才能なのカモ」
好かれるのは難しいが嫌われるのは簡単と言ったりするが、まさかここまでとは。元々好きだったからこそ、ふいに見せる短所が余計に目立ち、不信感が大きくなるのも早かったのだろう。
しかし、ペトロニラが周りからどう評価されようともう知ったことではない。大事なのは、ルサレテがゲームクリアに近づくことだけだ。
「もし私がゲームをクリアしたら、あなたは妖精界……的なところに帰るの?」
「うん。ゲームを使ったボクらの検証もおしまいになるからネ。ボクは研究所の上司に報告したあと、新しい観察対象にする異世界人を探しに行くヨ」
「ふうん。妖精の社会も人間と変わらず忙しいのね」
シャロのもふもふな胴を撫でつつ、上司の顔色を伺ったり叱られたりする妖精たちの様子を思い浮かべた。シャロがいなくなってしまったら、この柔らかな毛にも触れなくなってしまうので残念だ。すると、ごろんと寝返りを打ってこちらを見上げて、今度はシャロの方が尋ねてきた。
「ボクもキミにひとつ聞いていい?」
「どうしたの?」
「キミはなんで、見ず知らずの男の子の病気を治したいんダ? ボクの力なら、どんな願いも大抵は叶えられるノニ。例えば、一生使いきれないほどの富を手に入れるとか、好きな条件で元の世界に転生するトカ。自分以外の人のためにそんなチャンスを逃してイイノ?」
「いいのよ、これで。ロアン様はね……前世の私の励みだったの」
ルサレテは前世でずっと病気だった。元気なときは外で遊んだりして普通の生活を送っていたけれど、体調が悪いときは寝たきりで、学校にはあまり通えなかった。周りの人たちから、同情的で、腫れ物に触るような扱いをされて、悩みを話せる友達もいなかった。
でも、乙女ゲームだけが心の拠り所で。ロアンは自分と同じように病気を患っていて、共感しながらストーリーを読んでいた。一番好きなキャラだった彼のグッズを沢山集めていたし、本気で彼に幸せになってほしいと思っていた。
「前世で私もね、よく咳をしていたの」
「……ロアンと同じ病気?」
「ううん。たぶん違うけど、呼吸器がちょっと弱くて。他にも悪いところは色々あったんだけど。……だからね、ロアン様の気持ちが痛いくらいよく分かるの」
先が見えない不安とか、体が思うようにならないことへの辛さとか、元気な人たちへの羨ましさだとか。それらは全部よく知っている。だから、助けてあげたいのだ。
「ナルホド。あの男の子が、前世の自分と重なったんだネ」
「まぁ、そんな感じ」
たまたま心に止まったのがロアンだった。前世の自分は若くして死んでしまったけれど、同じ苦しみを抱える彼には、悲しい結末ではなく、幸せな結末を届けてあげたい。そのために、何かしてあげたいのだ。
前世のルサレテが叶えられなかったことを、彼には叶えてほしい。そうしたら前世の自分も報われる気がして。