表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

10_王女様の失くし物

 

 愛らしい桃色のフリルドレスに身を包んだペトロニラが、こちらに駆け寄って来て、同じテーブル席に座った。彼女がどうして姉と一緒にいるのかとしつこく問いかければ、ロアンは冗談めかしてデートだよと答え、ペトロニラの表情はあからさまに不機嫌になった。


 彼女の取り巻き令息たちも同じテーブルに着き、ステージを見ることになった。しかし、ペトロニラの関心はステージではなく、ロアンとルサレテの関係の方にばかり向いていて。


「ロアン様、どうしてお姉様と親しくされているんですか? 最近私のところにもあまり遊びに来てくださらないので……寂しいです」

「少し彼女に世話になってね。でも別に、そこまで親しい訳ではないよ。君とも以前と変わらず話しているじゃないか」

「それでも……最近はお姉様の方が一緒にいます」

「はは、いつからペトロニラはそんなにやきもち焼きになったんだ?」


 不機嫌そうに彼女が呟くと、ロアンは機嫌を取ろうと宥めた。楽しそうに話しているところを見るに、まだペトロニラへの好意はあるようだ。


(それもそうね。-100から始まった私が、長い付き合いがあるペトロニラに追いつくのは簡単じゃない)


 他の攻略対象たちも、ペトロニラと楽しそうに話していて、ルサレテだけは蚊帳の外だ。ペトロニラは、ルサレテを空気のように扱って、自分が会話の中心でいようとした。

 するとそのとき、ステージの大道芸人のパフォーマンスが突然中断される。

 同時に、ざわざわと騒がしくなる会場。どうしたのかと辺りの様子を観察していると、いち早く状況を察知したのはエリオットだった。


「何かあったのでしょうか」

「王女様が失くし物をしたようです。あちらをご覧に」


 真っ青になった王女と、侍女に護衛騎士たちがあちこちで何かを探していた。

 そして、ルサレテの空中ディスプレイに、『イベント発生』の文字が映る。王女が失くしたのは、青い宝石がついた指輪らしく、それを見つけてやることで――攻略対象全員の好感度がアップすると書いてある。


(これはかなり美味しいイベントね)


 ペトロニラも捜索に参加するかと思いきや、彼女は攻略対象たちとのお喋りに夢中で、一切指輪のことなど頭にない様子だ。どうせ、このテーブル席では空気扱いなので、ルサレテは早く指輪探しをすることにした。


「失くし物探しを手伝ってくるわ。皆さんでごゆっくり」

「とか言って、本当は私たちの会話に入れないのがお辛くなっただけではありませんか?」

「まぁ……そんなところ」


 彼女の嫌味を笑って受け流し、椅子から立ち上がる。ペトロニラは、ようやく邪魔者がいなくなったと言わんばかりの清々しい様子で、攻略対象たちに話しかける。


「では皆さんは、お姉様抜きで私とお喋りしましょ?」

「「…………」」


 しかし、誰も彼女の言葉に頷かない。そしてなぜか、ロアンまで立ち上がった。


「じゃあ俺も行くよ。手伝ってあげるなんて、優しいね」

「僕も行こう」

「私も」

「俺も」


 他の3人までルサレテに続いて椅子から立ち、王女の失くし物探しを手伝う意思を示した。ペトロニラは、彼らが自分ではなくルサレテを選んだように感じ、眉間に皺を寄せた。


「皆して……お姉様に付いて行かれるんですか……!? なら私は、ひとりで楽しみますよぅ」

「うん。君はそこで座っているといい」


 ロアンはペトロニラを慰めるどころか、拗ねた発言を構わず斬り捨てた。

 困っている人がいるのに、しかもその相手はルイの妹なのに放っておくなんて、乙女ゲームのヒロインにはあるまじき対応だ。もしペトロニラに空中ディスプレイが見えていたのなら、きっと指示にしたがって捜索を手伝っていたのだろうが……。

 ルサレテは悔しそうにするペトロニラを置いて席を離れた。


 画面には矢印が出ており、指輪の在り処を指し示している。それを辿って行くと、池に辿り着いた。足首が浸かるくらいの浅い池だが、昨夜雨が降っていたせいで、水が茶色く濁り、汚れが浮いている。


(うわぁ……この中を探せっていうの?)


 好感度アップはそう甘くはなかった。何が悲しくて、大枚はたいて手に入れたドレスを汚してまで池の中に入らなければならないのだろうか。しかし、『そっちだ』と急かすように矢印が点滅するのを見て、しぶしぶ池の中に足を入れた。

 これは好感度アップのため、と呪文のようにしつこく反芻する。腕を水中に突っ込んで指輪を探していると、指先に金属の感触が。


「……あった」


 指輪を手に池の外へ出る。泥で汚れたまま王女の元へ行くと、一気に好奇の視線が集まった。人々は泥まみれで汚いと顔をしかめたり、臭いと鼻をつまんだりして、嫌悪を示した。


 しかしルサレテは意に介さず、今も泣きそうになりながら茂みの中に手を突っ込んで指輪を探している王女に声をかけた。


「王女様。お探しの指輪はこちらでしょうか」

「……! そう、これよ……!」


 彼女はがしっとこちらの手を握り、指輪を確かめた。彼女の手袋も、土や草で汚れている。どこで見つけたのかと聞かれ、池の方を指差した。


「まぁ。なぜ池の中にこれがあるとお分かりに?」

「水中で金属が光ったのが見えたんです。御手元に戻ったようでよかったです」


 本当は空中ディスプレイが案内してくれただけだが、それは内緒だ。


「ありがとう。心から感謝するわ……! この指輪はね、亡くなったおばあ様からいただいた大切な大切なものだったの。でも……あなたの素敵なドレスが駄目になってしまったわね。……申し訳ないわ」

「お気になさらず。ドレスはまた買えますから。おばあ様との思い出の方がずっと大切です」

「まぁ、お優しいのね」


 自分のドレスが汚れ、周りの人から奇異の目を向けられても構わず、王女のために尽くしたルサレテ。攻略対象たちの好感度がそれぞれ10ずつ上昇したのが見えた。

 そして、真っ先に話しかけてきたのは、ロアンだった。彼は自分の上着を脱いで、こちらの肩にかけた。


「……君はお人好しなんだね」


 そのあとに、王女の兄であるルイが近づいてきて、王宮の使用人に替えのドレスを用意してやるようにと命令した。サイラスとエリオットはそれぞれ、汚れた腕やドレスを拭いてくれた。


「ったく。無鉄砲な奴だな。腕出せ、拭いてやるから」

「あ、ありがとうございます。サイラス様」


 至れり尽くせりの様子を見て、ペトロニラは気に入らなさそうにしていた。爪を噛んで後ろからこちらを睨んだあと、こちらに割って入って人差し指を立てた。


「お姉様。本当はその指輪、皆の気を引いて好感度を上げるために――盗んだのではありませんか?」

「…………はい?」

「だって変ですもの。大勢の方がなかなか見つけられなかったのに、お姉様はすぐに見つけた。……まるで最初から、指輪がどこにあるか分かっていたみたい」


 ペトロニラはルサレテがゲームのサポートを受けていることを知っている。だから、好感度上げのイベントについてほのめかしているのだろう。指輪が失くなったことが、ルサレテの自作自演かのように咎めながら。

 彼女は口元に手を添えて、意地悪に口の端を持ち上げる。ルイやサイラスたちが指輪発見の不自然さに気づいて顔を見合せ、「確かにそうかもしれない」と疑い出したところで、庇ってくれたのは王女だった。


「それはありえないわ。わたくしの周りには常に護衛の者や侍女がいたもの。それに一度もルサレテさんと接する機会はなかった。お兄様、わたくしの恩人を疑う真似はおやめください」

「す、すまない」


 王女は冷たくペトロニラを見据え、護衛騎士たちに命じた。


「わたくしはね、人の功績を潰そうとするやり方は大嫌いなの。――誰か、その失礼な方をここから帰しなさい」

「えっ、王女様……! 私はただ、王女様のために真実を明らかにしようとだけで……っ」


 ペトロニラは拒んだが、護衛騎士たちによって、あっという間に庭園の外へと引きずられて行った。彼女がいなくなったあと、王女はひとり、ルサレテの近くにやって来て言った。


「わたくしは以前から……ペトロニラさんが兄や人気のある未婚の令息たちに取り入っていらっしゃることをよく思っておりませんでした。あなた、本当に彼女を妬み、虐げ……階段から突き落としたの?」

「いいえ。決してそのようなことはしていません」

「やはりそうなのね。わたくしは信じるわ。欲深く、自分のことしか見えていないのは彼女の方に見えるもの」


 ペトロニラは完璧な令嬢として親しまれていたが、存在感があるからこそ、やっかみや妬みもあった。ルイの妹である王女も、ペトロニラに不満を抱いていたのだろう。

 彼女は、遠くで話している4人の貴公子たちを眺める。それから、指に輝く指輪をそっと撫でながら呟いた。


「お兄様や彼らもそろそろ、目を覚ますべきでしょう。完璧な人なんてどこにもいない。完璧に見えてもそれは見せかけだけで……実際は幻想に過ぎないのだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ