冒険者ギルドの闇
リアルの時刻は、午前8時ちょうど。
サイモンの世界では、深夜の時刻。
またひとつ日付が更新され、秋アプデまで残り39日となった頃。
ようやくヘキサン村を通過したサイモンは、辺りのブルーアイコンが異様に増えていることに気づいた。
みな、一様に空を見上げて、驚きの声をあげている。
「おい、『鳥』だ!」
「デカい!」
どうやら、リアルの世界で公開された『ドラゴン』の動画を見て、レイド戦に参加しようとしているパーティらしかった。
山の斜面を埋め尽くすような、凄まじい人の数だった。
いずれもレベルは30前後、現時点における最強装備を身に着けている。
これが全員サイモンの味方なら頼もしいが、『鳥』ではなく、『ドラゴン』討伐のためのパーティだ。
前回は、この辺りで『ドラゴン』が鳥の背中に突如出現したことになっている。
いったいこの人の海は、どこまで広がっているのか。
彼らの前で『ドラゴン』に化けるところを見られてはならないサイモンは、周囲の人ごみが上空の『鳥』に夢中になっているのを見計らい、さっとメニューを操作した。
「クレア、ヘカタン村にブルーアイコンはいるか」
『ぜんぜんいないよ、大丈夫。けどちょっとダーリンがこっちに来ていい状況かどうかはわかんないな』
「なぜだ?」
『突然空に謎の鳥が現れて、シーラちゃんと騎士団長アスレが、なんかいい感じになって来てるから』
「いい感じ?」
映像は送られてこなかったが、サイモンは、その様子を想像してみた。
先ほど争っていたシーラと騎士団長アスレが一時休戦し、並んで鳥を見ている状況だ。
冒険者ギルドと騎士団が手を組めば、レイド戦のさらなる戦力となるだろう。
この場合は、サイモンがいても邪魔になるだけだ。
もしも彼らの近くで『ドラゴン』に化けたら、村ごと吹っ飛ばされるかもしれない。
「……なるほど、じゃあ俺が行ってはいけないな」
『はぁぁ~ッ!?』
クレアの怒りに満ちた声が聞こえてきた。
『なんでそこで嫉妬に狂わないわけ!? あなたたちNPCの恋路をこっそり応援している一般プレイヤーの身にもなってよ! ヒロインが他の男の手に落ちようとしているんだよ!? むしろそういう属性なの!? アスシラ派なの!?』
「なんだなんだ、急にどうした」
『ダーリンはさ、ぶっちゃけシーラちゃんの事なんだと思ってるの!?』
「なにって……村の勇者だが?」
『はいブー!』
「じゃなくて、剣士」
『ちがう職業じゃない!』
「アタッカー?」
『ぜんぶ不正解! 戦闘から離れてー!』
サイモンは、どうしてクレアが怒っているのかよく分からなかった。
彼は13の時に戦争のために村を離れて、それから戦う事しか考えてこなかったのだ。
人間もAIも、いちど学習した答えしか出すことができないのは同じである。
「それよりも、クレア。村から少し離れたひと目につかない所を案内してくれないか?」
『だから、そうやってひと目をしのんで逃げ回っても……はぅっ!?』
クレアは、急にサイモンの言わんとしている事を理解したのか、大きく息をのんだ。
『そ、その……それって、ひょっとして、隠れて私と逢引きしたいって事じゃないわよね!? ひょっとして、く、くるの……!?』
「ああ、そろそろ『ドラゴン』に化けそうなんだ」
***
「……なんだあの『鳥』は」
場所は変わって、ヘカタン村の入り口。
クレアがサイモンと押し問答をしているそばで、シーラと騎士団長アスレも、上空の怪物を見上げ、声を潜めていた。
シーラは、よだれを垂らしていた。
「美味しそう……『竜田揚げ』にしよう……」
「騎士団長どの、あれは……」
「ああ……」
騎士団長アスレは、小さくうめいた。
「『ジズ』だ」
どうやら、騎士団長アスレは巨鳥の正体を知っていたらしい。
全身に鳥肌を立てて、いまいましい鳥を見上げていた。
「『ジズ』?」
「ああ、我が家に伝わる伝説によると、あの『鳥』は……」
クレアは彼の話をよく聞き取ろうと、耳をそちらに傾けた。
だが、その次に聞こえてきたのは、騎士団長アスレのうめき声だった。
「ぐぅっ!」
何者かが背後から騎士団長アスレに襲いかかり、地面に引き倒し、真上から胸にナイフを突き立てていた。
胸から鮮血が吹き出し、騎士団長アスレは悲鳴をあげた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
周囲の上級兵たちも数名、刃のようなもので胸を貫かれていて、その場にばったりと倒れた。
異変を察知したクレアは、咄嗟にサイモンに助けを求めていた。
「……! サイモン! すぐに来て!」
残された兵士たちが散開し、咄嗟に身構えた。
相手も同じ上級兵の鎧を身にまとっているのを見て、血相を変えた。
「貴様ッ!」
「一体なんだこのジョブは……宮選暗殺者……隠れジョブか!」
暗殺者は、流れるような動きで兵士たちの間をすり抜け、通り過ぎていく。
手には短いクサビ形のナイフを持っており、先端には一撃で致命傷になる毒が塗られているのだろう、上級兵たちも次々と倒れていった。
シーラはその上級兵に対して身構えた。
だが、相手はシーラに対しては攻撃をするそぶりをみせない。
静かに兜を取ると、短い髪を揺らした。
シーラは、こんな所に現れるはずのない彼女の登場に、驚いていた。
「メイシーさん……受付けしてなくていいの?」
「これもギルドの受付の仕事です」
ギルドの受付嬢は、『鳥』には目もくれずに崖の下を覗き込むと、薬草の群れを見つけた。
「クエスト完了です、シーラ。報酬はあとでギルドに受け取りに来てください」
なにやら手に金属の筒を持つと、パキっと音を立ててリングの部品を引き抜いた。
筒をそのまま崖の下に放り込むと、地面が揺すぶられるような爆発が起こった。
シーラは、崖の下をのぞいて言葉をうしなった。
たちまち周囲が高温につつまれ、『トキの薬草』は炎につつまれていた。
「貴様ら……一体どういうつもりだ……!」
騎士団長アスレは、地べたでうめき声をあげた。
「デセウスは、『竜騎士団』の推進派ではないのか……!? これほどの『トキの薬草』があれば、莫大な資産になるというのに、燃やしていったい何の得が……!」
騎士団長アスレは、はっと気づいた。
「まさか……『トキの薬草』が見つからないのは、そういう事か……貴様ら推進派の貴族が、すでに独占しているのか!」
受付嬢は、素早くムチをふるった。石の上で火花が散り、騎士団長アスレの胴体を引き裂いた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「困るんですよね……いざ我々が売りに出す前に、市場価格が暴落してしまっていては。
1本1万ヘカタールの値段で集めているものが、それ以上の値段になってくれなければ、ギルドマスターにお叱りを受けてしまいます」
もう一度、騎士団長アスレの背中に一振する。
びしん、と音を立てて、騎士団長アスレの背中が切り裂かれた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
受付嬢は、ムチをくるくると巻き取ると、ふたたび崖の下を見下ろした。
「私にも剣を向けてみますか、シーラ」
シーラがすでに戦意を失っているのを、受付嬢は理解していた。
彼女にとって、冒険者ギルドは家族も同然だ。
裏切られた事がいまだに信じられなかった。
燃え上がる『トキの薬草』をじっと見降ろして、ギルドの受付嬢は言った。
「やってみなさい、あなたはギルドが認めた勇者です。勇者には、運命に抗う権利がある」




