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秘密の職業

 サイモンは、再び門の前に立った。

 冒険者たちの助けを得られなかった彼には、けっきょくこれしかやることがない。


 前回と同じぐらいの時刻に、乗合馬車がやってきた。

 御者が軽く手をあげて、サイモンも軽く挨拶を返す。


 馬車に乗っている村人たちは、5、6名。

 みな見知った顔で、特に警戒することもない。

 これも前回とまったく同じだった。


 乗合馬車を見送ってから、サイモンは気を引きしめた。

 山の中腹を見下ろすと、ちょうど2番目のグループが野営を始めているところだった。


 木々の間からは、さび色の軍旗がはためいて見える。

 やはりそれは国王軍の旗だった。


 もしも、前回とまったく同じことが起きるというのなら、これから夜更けまで、誰ひとりとしてサイモンのいる門には近づかないはずだ。

 サイモンも立ったまま何もしない、無意味な時間を過ごすのを避けて、何か行動を起こすべきかもしれない。


 たとえば山道を降りてゆき、野営地の国王軍に直接話を聞いてみたら、どうなるのだろうか。


 だが、それが本当に最善の選択なのか、確証は持てない。


 ひょっとすると、前回はずっとサイモンが門で見張っていたから、誰も近づかなかっただけかもしれない。


 つまり、サイモンが門を離れ、山道を降りていった瞬間、物陰に潜んでいる野盗が村に侵入する、そんな可能性は本当にないのか?

 などと問われると、サイモンは首を横に振らざるを得ない。


 もしも、連中が国王軍に扮した盗賊だったなら、なおさらだ。のこのこ野営地に向かったサイモンも捕まって、村と一緒に壊滅だ。


 それに、そもそもブルーアイコンの冒険者たちのように、サイモン以外にも繰り返しのルールから外れている者もいるのだ。

 何が起こるか分からない以上、門番であるサイモンが、勝手に門から離れるわけにはいかない。


 じれるような時間が過ぎ、やがて日が落ちた。

 入れ替わりに空に昇った月を見て、サイモンはおや、と違和感を覚えた。


 前回見たのは満月だった。

 だが、今回は若干欠けている。


 ……日付がずれている?

 この大陸の一般人は、月の満ち欠けで日付けを判断していた。

 カレンダーのようなものは、数字が読める学者ぐらいしか持っていない。


 そんな僅かなずれはあったが、その日も月の光の中に、巨大な鳥の影が映りこんだ。

 まるでその月が慣れ親しんだ籠であるかのように優雅に。

 遥か遠くにある雲が小さく見えるように巨大な、恐ろしく巨大な影だった。


「来るなら来い。こっちは、お前を何料理にするか、ずっと考えてたんだぜ……」


 サイモンは、短槍を握りしめ、巨鳥を迎え撃つ準備をした。

 不意に、鳥の影の中から、ちかっちかっ、と眩い光が瞬く。

 サイモンは、光に目を焼かれないよう、腕でかばい、真っ直ぐに鳥の影をにらみ続けた。


「ローストチキンだッ!」


 ジジッ……ジジッ……。


 なにかが燃えるような音がした。

 その瞬間、辺り一面が白い光に包まれ、何も見えなくなった。


 目を開けていようがいまいが、関係ない。

 気が付くと、サイモンは門の前に立っていた。

 それはいつも通りの朝だった。


 チチチ、と小鳥がさえずり、古木で遊んでいる。

 ウサギがもふもふしたお尻をふりながら、のそのそと巣穴からはい出し、草原をかけていく。


 青空には月も、鳥の姿もない。

 サイモンは、納得したようにうなずき、槍を持っていた手を下げた。


「……そうか、そうきたか……なるほどね」


 ***


 目覚めたサイモンは、その足でまたオーレンの家に向かった。

 家の中には前回同様、シーラがいて、これから出かけようとするところだった。


「あら、サイモン! どうしたの? 朝ごはん食べてく?」


「ああ、ちょっと貰おうかな」


「じゃあ、後片付けはお願いね。ごめんね、ちょっと冒険者ギルドに行かないと」


「……なあ、シーラ」


 サイモンは、シーラにもこの不可思議な現象を打ち明けようかと思った。

 だが、つい先ほどまで、自分でもばかばかしいと思って否定していたことだった。

 きっとシーラも同じ反応だろう。

 そうでなくとも、逆にすっかりサイモンの言う事を信じてしまうような反応をシーラにしてもらったところで、それが何になるだろう?

 彼女を不安にさせるだけではないのか、そう考えると、何も言い出せなかった。


「いや、いい。ところでお前さ、冒険者ギルドでどんなバイトをしてるんだ?」


 サイモンがストレートに聞くと、シーラはぶわっと全身の毛が逆立って、まるで膨らんだように見えた。

 目を限界まで見開き、唇をぷるぷる震わせて、怒りに任せて何か喚きそうだった。


 涙目で背後のオーレンをにらみつけたが、オーレンはぷるぷる、と首を振って否定した。


 このままだと、オーレンや他の冒険者に被害が及びかねない、と思ったサイモンは、とっさに誤魔化した。


「あ、いや、実は俺、村を飛び出してから何年か、冒険者やってただろ? そのとき、お前っぽい奴を冒険者ギルドの近くで見た気がしたんだよ。ギルドで働いてるのかなって、思っただけだけど……」


 まったくのデタラメだったが、なんとかウソだとバレにくいウソに仕上がった。


「みて……たの?」


 サイモンは頷いた。

 顔を真っ赤にしたシーラ。

 へなへなとその場に座り込んでしまった。


「ふえええええええええん!」


 大声をあげて泣きだしてしまった。

 よほど知られたくなかったようだ。

 どうしてこんなに恥ずかしがるのか、サイモンには見当もつかなかった。


「信じられない、サイモンには知られたくなかったのに……!」


「なに言ってるんだ? 冒険者ギルドで仕事してるんだったら、誇っていいことじゃないか。裏方だって、誰かがやらなきゃならない立派な仕事だ。恥ずかしがることじゃない」


 討伐部位の管理や、解体後の汚物処理などは、誰もが嫌がる重労働だ。

 人口の多い国では服役囚がさせられる刑罰の場合もある。

 だが、そのお陰で冒険者ギルドはまわっているのだ。

 サイモンはそう思っていたのだが、シーラは首を振って否定した。


「そうじゃないわよ、もぉー、サイモンのばかぁー!」


「違うのか? どういうことなんだ?」


 シーラがまるで要点を得ないので、詳細を聞き出そうとサイモンが詰め寄ると、オーレンが、それを遮るように急に咳き込みだした。


「げ、げほっ! あーっ、げほっ! うぐぅぅっ!」


「オーレン! 大丈夫!?」


「姉さん、サイモンがいるから大丈夫、ここはサイモンに任せて、はやく行かないと馬車に間に合わないよ!」


「そ、そ、そうね……!?????」


「はやく馬車に乗って! 姉さんはトキの薬草を持ってくるんでしょ!」


「い、行ってくる!」


 すっかり動転したシーラは、靴をつっかけながら玄関から出ていった。


 それを見送ったオーレンは、「ふう」と言ってベッドに座り直し、コップの水をちびちび飲んだ。


「大丈夫か、オーレン」


「最悪だね。これで今日の発作は3回目だよ。せっかく2回で済んだと思ったのにさ」


 2回と3回の違いはよく分からないが、それでも心なしか、オーレンは若干しんどそうにしていた。

 コップの端で唇を濡らしながら、オーレンは呟くように言った。


「ねぇ、サイモン。たとえ姉さんがギルドでどんな仕事をしていても、サイモンの知っている姉さんはウソじゃないよ。だから姉さんの事を、大切にしてあげてね?」


 時おり、オーレンは遺言にも聞こえるお願いをしてくることがある。

 サイモンは、またしても答えにつまってしまったのだった。

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