聖剣(マスターソード)スキル発動
伍長に導かれたシーラが帷幕の奥で待っていると、やがて上級兵たちを引き連れた騎士団長アスレが現れた。
「貴様か……冒険者ぶぜいが、一体何の用だ!?」
ギロリ、とシーラをにらみつける騎士団長アスレ。
屈強な兵士さえ怯む彼の眼光に対して、シーラはまったく動じた様子もなく、平然と受け答えしていた。
「ギルドマスターが辺境伯からの援軍要請を受諾したので、国王軍の軍務に参加しにきました(棒読み)」
「つくならもっとましなウソをつけ! 戦時中ですら我々の援軍要請をこばみ続けてきた冒険者ギルドだぞ!? 一体どういう風の吹き回しだ!?」
「知らない。私はそう言えって言われただけだもん」
「ぐぬぅ~!」
お使いを頼まれた中学生みたいな態度のシーラに、騎士団長アスレはいら立ちを隠せなかった。
見かねた側近の上級兵士が、騎士団長アスレに耳打ちをした。
「団長どの、冒険者ギルドに辺境伯が援軍要請を出したのは事実です。お受けにならなければ、領主さまへの反逆の疑いをかけられるかと……」
「そのくらい分かっている! ……俺を侮るな」
イライラしながらも、騎士団長アスレの頭の回転は早かった。
じっさい彼はもう反逆する事を考えていて、賊の仕業に見せかけてこの先で見つける『混交竜血』を殺害しようとしていたのだ。
この軍隊の本来の目的は『調査』だ。
将来的に王国軍が『混交竜血』を使った『竜騎士団』を組織することになる可能性が出てきたので、領土内の『混交竜血』を調査するのである。
「なるほど、デセウス(ギルドマスターの名前)の奴……それが狙いか? 読めたぞあの守銭奴め……!」
もしも、本当に『竜騎士団』が結成されることになったとしても、王国内では騎士団長アスレのような反対意見を持つ貴族が大多数だ。
イメージは最悪で、安全性も保障されていない、できれば誰も近づきたくない組織である。
そこで冒険者ギルドが結成に貢献し、事前に顔を売っておけば、彼らを出し抜いて軍事的に重要なポストを手に入れられる可能性がある。
金のためなら倫理観など簡単に捨ててしまえる、狡猾な野心家のギルドマスターが考えそうなことだった。
騎士団長アスレは、『ドラゴン』の力を借りるなど言語道断、帝国の真似をするような汚らわしいことなど、未来永劫この領地で起こってはならない、と考えていた。
あんな男に、国王軍の重要なポストなど、決して与えてはならない。
つまり彼の中で、これは反逆ではなく忠誠だった。
こんなところで計画がバレては困るのである。
「よし分かった、つまりこれは俺と奴との聖戦だ……おい、娘!」
騎士団長アスレは、隣の上級兵の剣をひっつかむと、シーラの方に放り投げた。
そして、背中の魔剣をフックから外すと、帷幕の隅にぶうんと音を立てて放り投げた。
「俺と一対一で勝負しろ! 勝ったらお前の同行を認めてやろう!」
「本当?」
「騎士に二言はない……だが、もし勝負を拒んだり、負けたりした場合は……!」
騎士団長アスレは、自らも一本の直剣を手に、シーラと真正面から向かい合う。
「帰ってギルドマスターに報告するがいい、『実力不足でした』とな!」
こうすれば、全方位に言い訳が立つ。
さらにギルドマスターのメンツを潰す事にも成功し、邪悪な計画を遅らせることもできる。
笑みを浮かべる騎士団長アスレの思惑を理解しているのか、いないのか。
シーラは、自分の腰に帯びていた銀の剣をぽいっと投げ捨て、騎士団長アスレと同じ直剣を構えた。
「じゃあ、さっさとかかってくれば?」
***
同じころ、キャンプ地から少し離れた、岩の上。
いよいよ対決が始まるのを目の当たりにして、クレアはエルフの肩をゆさゆさ揺さぶり、悲鳴を上げそうになっていた。
「ど、ど、ど、どうしよう!? アカシノさん! どっちが勝つの? これ!」
「……さあ……? 私は、ゲームシステムの事はさっぱりだから……主任ゲームデザイナーのクレト君は、たぶん寝坊して10時すぎまで出社してこないと思うし……」
「えぇー!? じゃあ、とりあえず、詳しそうな人に聞いてみるわ! ダーリン! 映像送るから見て!」
帷幕の中の映像をチャットで送ると、サイモンから素早い返事がきた。
『これは……俺にもわからん』
「そうなの!?」
『シーラの方は多彩な剣士スキルを持っていて、底が知れないが……騎士団長アスレも魔剣士として、相当な実力を持っている』
「けど、魔剣士って、魔剣のスキルを活かして戦うんじゃないの? ファンクラブがまとめてくれてたけど、普通の剣を使っても弱いんじゃない!?」
『いや……この状況に関しては、魔剣士の基本スキルを使えば、簡単に覆せる』
騎士団長アスレを見ると、彼はにやり、と口元に笑みを浮かべていた。
それを見た瞬間、クレアはぞっとした。
「あっ……あれは……! 対戦相手がまんまと罠にかかった事をあざけるような嫌らしい笑みだ! CV子安みたいな……!」
「ひゃーっはっはっはぁ! ブゥァーカメェ!」
騎士団長アスレは醜く顔を歪め、スキルを発動した。
魔剣士スキル第1階梯、【魔剣複製】が発動する。
このスキルは、近くにある剣のランダムなスキルを奪い、自分の剣に一時的に宿す効果を持つ。
スキルをひとつも宿していなかったただの直剣に、緑色の光がぽつぽつと灯って、どんどん魔剣じみた形になっていく。
剣に表示されるスキルの解説欄が、みるみる更新されていった。
【上級兵の直剣】
スキル【攻撃力80%上昇】【乱れ裂き】【受け流し発動15%】【クリティカル率20%】
「きゃーっ!? やばいやばい! 【乱れ裂き】が入っちゃった!」
それは、クレアもよく覚えている凶悪なスキルだった。
攻撃と同時に真空波を発生させ、小ダメージを連続して与える。
それによってサイモンを行動不能にし、さらには体をずたずたに切り裂き、血まみれにしたスキルだ。
クレアは、隣のエルフの肩をがくがく揺さぶって、顔を真っ赤にするほど興奮していた。
「やだ、騎士団長アスレったら! 変態! きっとシーラちゃんの服を切り刻んで、ハダカにひんむいて、さんざんもてあそびながら戦闘不能に追い込むつもりなんだわ! さすが鬼畜騎士団長! まさに外道!」
『いや、手に入れるのはランダムなスキルだから、狙っていた訳じゃないと思うぞ。……それに、どっちかというと攻撃補助スキルはハズレだ。
純粋な剣士と打ち合ったら、一撃を食らっただけで終わる可能性があるから、本当はもっと防御スキルによせた編成に……』
「はいカット! ちょっとちょっと! なに冷静に分析してるのよダーリン! ヒロインがウェーイ見てるされてるのよ! ここは嫉妬に狂わなきゃダメよ! ……ごめんアカシノさん、ちょっとだけ目をつぶっててくれる!? あなたが見てると間男が怒りで覚醒できないから、ちょーっとだけでいいから!」
「……大丈夫……シーラは辱められても降参なんてしない……ハダカで騎士団長を打ち負かすシーラを、私も見たい……」
「うわー! この担当ダメだ相当癖が歪んでるぅー!」
クレアの絶叫が森の中にこだました。
サイモンは向こうの状況がよく掴めず困っていたが、戦闘のはじまる気配だけは察知できた。
彼らの見守る前で、ついに戦闘は始まった。
「ゆくぞっ!」
騎士団長アスレは、地面を蹴って駆け出した。
まがまがしい魔力の尾を後方に引きながら、剣がぴったり彼の横についてゆく。
シーラは、まるで布のようにゆるりと前に飛び出した。
腰ほどの高さに身をかがめ、ムチのように腕をしならせ、気がついたらいつのまにか剣を横に振りぬいていた。
パキィィィィィンッ!
しばらく耳の奥に残るような、凄まじい音がした。
シーラの攻撃は、狙いすましたように騎士団長アスレの剣を弾き、光る『なにか』を彼のはるか後方、帷幕の方へすっ飛ばしていった。
「えっ……なにあのスキル!?」
『わからん……なんだあれは』
クレアはおろか、サイモンですらはじめて見るスキルだった。
どうやらシーラは、ファンに譲ってもらった銀の剣を使いこなし、新たな使用武器スキルを習得していたようだった。
聖剣スキル第2階梯、【ソードブレイカー】が発動する。
この使用武器スキルは、ふつうの片手剣を装備しているときにも使用可能だった。
騎士団長アスレの剣から飛んでいった光る『なにか』は、緑色のアイコンの隣に、その名称をはっきりと浮かべていた。
【スキル】
スキル:【攻撃力80%上昇】
「スキル……えええええ武器のスキルが一個飛んでるうううう!?」
『うるさいぞ、クレア。おい、いったい何が起こっているんだ?』
攻撃と同時に相手の装備を弱体化させる【ソードブレイカー】。
能力値やスキルなどの概念をアイテム化して弾き飛ばす、近接戦闘では類を見ない必殺剣である。
だが、このスキルによって植え付けられる『弱体化』とは、それだけにとどまらなかったのだ。
シーラから距離を取った騎士団長アスレは、1個だけスキルが飛んでいったのに気づかないまま、剣を構えなおした。
「ふっ……やるな……! 相手に不足なし、騎士として、全力で行かせてもらう!」
シーラはスキルのリキャスト時間がかかり、しばらく行動ができないでいる。
その隙を逃す騎士団長アスレではない。
一合目で相手の力量を理解した騎士団長アスレは、もはや手加減などするつもりもなかった。
全力の一撃を叩き込む。
緑色の魔力の嵐が、爆発するように吹き荒れた。
「うおおおぉぉぉおおおぉッ!!!!」
魔剣士スキル第三階梯、【魔神斬り】が発動する。
あれはサイモンを一撃で沈めた、凶悪なスキルだ。
クレアは驚愕の眼差しで、騎士団長アスレの剣を見た。
【上級兵の直剣】
スキル【50%の確率で自分を攻撃する】【乱れ裂き】【受け流し発動1.5%】【クリティカル率2%】
「ちょっと待ってその剣、なんか変なスキルかわりに貰ってますけどぉぉぉぉ!???」
そう、これこそ【ソードブレイカー】の真骨頂。
いつの間にか武器のスキルを入れ替えてしまう、最強最悪の弱体化攻撃だ。
騎士団長アスレは、やはり気づかない。
シーラにむかって剣を振り降ろし……そして、なぜか自分が攻撃ダメージを食らって吹っ飛ばされた。
「ぐほおぉッ!?」
魔剣士の職業特性で、剣を装備するとき、装備中の剣のスキル効果を増大させることができる。
このときスキル【50%の確率で自分を攻撃する】があれば、スキル【100%の確率で自分を攻撃する】に化けるのだ。
「ぐわああああぁッ! あああああーッ!」
さらに攻撃したことによって追加攻撃【乱れ裂き】が自動で発動。
小型のナイフで切り裂かれるような連続攻撃が騎士団長アスレの全身に襲い掛かった。
そして【魔神斬り】の特殊効果により、攻撃した時に、さらにもう一度同じスキルが発動する。
「ごふぅッ!」
スキル【100%の確率で自分を攻撃する】がもう一度発動。
地面に倒れ伏していた騎士団長アスレは、再び自分の攻撃ダメージによって吹っ飛ばされた。
「ぐわあああああぁぁぁぁッ!!!」
そして忘れてはならない【乱れ裂き】ももう一度発動。
耐久値が限界を迎えた騎士団長アスレの装備がビリビリと引き裂かれていく。
「あああああぁぁぁぁーッ!!!」
「きゃあああああああ!!! いや、そっちかーい!!!!」
騎士団長アスレは白い肌を露出させ、全裸になってその場にぱたりと倒れ伏した。
ふんす、と息を荒くして剣を構えていたシーラは、彼を見下ろしながら、心の底から残念そうな顔をしていた。
「えっ、終わったの? ……弱っ」
お互いのスキルの相性が悪すぎたのだが、勝手に全力攻撃して勝手に自滅した騎士団長アスレに対する評価は、シーラの中でも過去最低となった。
「~~~~!」
クレアは、ジャーナリストとしてカメラの録画に余念がなかった。
出来上がりの映像には若干モザイクを入れて修正する必要がありそうだったが。
「いける! これはバズる! シーラちゃん最強! 見てろよぉー!」
シーラ担当のエルフは、いい戦いが見れてご満悦だった。
耳をぴこぴこさせて、至福の笑みを浮かべていた。
「……ふふふー……シーラ、かわいいなぁ……」




