シーラの担当
「ど、ど、どうしよう!? このままじゃ、あのシーラって子が騎士団長アスレと合流しちゃうよ! ダーリン!」
サイモンの前に姿をあらわしたクレアは、動揺していた。
予期せぬ展開にハラハラして、なぜか目をキラキラと輝かせている。
「助けに行かなきゃ! そうしたら、またダーリンが騎士団長アスレにアスレされちゃう! 今度はあの女の子の目の前で……きゃー! NTRってコト!?」
「おぞましい展開を考えないでくれ」
むやみに動画を投稿させないように密着取材を許可したものの、クレアは恐ろしいほどの妄想癖があった。
ゲームそのものよりも二次創作の方が好きなタイプだ。
しかし、サイモンは困ってしまった。
「参ったな……一緒にクエストをこなす約束をしたんだが」
国王軍に参加するクエストには、どうしても同行できなかった。
騎士団長アスレは、サイモンの素性を完璧に把握しているし、下手に近づいても、また拘留されるのは目に見えている。
運わるく、国王軍の周囲にブルーアイコンがいた場合、サイモンはメニューのチートを使う事ができない。
その状態では、とてもあの騎士団長アスレには太刀打ちできないだろう。
「弱ったな……無事でいてくれよ、シーラ」
サイモンは、シーラの無事を願いながら、先を急いだ。
***
suit:クワッド盆地
リアルの時刻は午前7時45分前。
サイモンの世界では、夜も更けた頃。
滝の音が遠くに響き、湿地帯には国王軍の軍旗を掲げたキャンプが設置されていた。
かがり火が帷幕をぱちぱちと照らし、夜の番兵が緊張した面持ちで見張りについている。
サイモンは、シーラよりひと足先に魔の山の奥までやってきていた。
まともに走っていたら追いつかないので、魔の山の1合目あたりにあった転移結晶でヘキサン村まで飛んで(先にクレアに安全を確認してもらっていた)、そこからクワッド盆地に引き返す先回りルートを選択していたのである。
「どうだ? クレア、ブルーアイコンはいるか?」
「ううーん……いる。ざんねん」
「いるのか……」
課金アイテムの『血濡れのスカーフ』を身に着けたクレアは、眉間にしわを寄せて暗闇の方を見ていた。
瞳が赤く光っているのは、暗殺者スキル【梟の眼】を発動しているからだ。
フードのネコミミをぴょこぴょこ震わせて、邪魔者のブルーアイコンがいる方向をうっとうしげに見ていた。
クレアは【潜伏状態】を解除しているので、向こうにもこちらの青と白のアイコンは見えているだろう。
「ひょっとして、そいつもキャンプを見ているのか?」
「うん、ずーっと見てる。きっと、私の動画を見て、もう一度おなじイベントが起きないか、期待して見に来たんだ……やだなぁ」
そうこうしているうちに、サイモンの視界マップにも、凄まじい勢いで山を駆け上ってくるホワイトアイコンが見えた。
とうとうシーラが来てしまった。
このままでは、身動き一つ取れない。
クレアは、腹立たし気に立ち上がった。
「ああーっ、もう!」
「おい、クレア、どうする気だ」
「あのブルーアイコンに直接話つけてくる! 話しができなかったら、実力行使(PK)して『始まりの石盤』まで戻ってもらうわ!」
「よせ、レッドアイコンになるぞ」
「構わない、どうせほとんどレベルなんて上げてないのよ、こんなアカウントくれてやる!」
ブルーアイコンは、他のブルーアイコンをキルするなど、あまりに素行が悪いと通報され、レッドアイコンになってしまう。
モンスターと同じ色で、退治する対象になってしまうのだ。
そうしてキルされた元ブルーアイコンは、どこかに消えてしまう。
一体、どこに消えるのかは分からない。
ただ、次にログインしようとしても『始まりの石盤』ではない、どこか薄暗い監獄のようなところにログインするようになり、二度と表の世界を歩けなくなるらしい。
「ねぇ、私レッドアイコンになっちゃうけど、あなたは変わらず私のダーリンでいてくれるよね?」
「返答に困る質問だな」
「『垢バン』されたら、私、違う名前でアカウント作らなきゃだけど、気づいてほしいわ。ああ、あんまり課金しなくてよかった。クレジットが2万円ちょっと残ってるだけだわ」
サイモンには、リアルマネーの2万円が高いのか安いのか分からない。
クレアは、ふらふら、と暗闇の方に歩いて行った。
「頼むぞ、クレア……」
シーラの方は、ようやくキャンプにたどり着き、番兵と話をしているところだった。
***
クレアは、【潜伏状態】のブルーアイコンの所にたどり着いた。
滝の上、水しぶきのかかる岩場に座り込んでいる姿が見える。
「あのー! もしもーし!」
クレアが呼びかけても動じず、じっとキャンプ場の様子を見下ろしていた。
「ちょっと、どいてくれませんかー! サイモンのステキな切り抜き画像なら、たくさん作ってますからー!」
「サイモン……? 第三シーズンの新キャラは担当してない……」
「じゃあ、騎士団長アスレの担当? ファンクラブの人? ねぇ、あなた。そんなところで何を見てるの?」
クレアが呼びかけても、相手は微動だにしない。
さらに近づいて、姿がよく見えてくると、クレアは、息をのんだ。
美しい顔立ちの横に、長い耳がついている。
金髪のエルフだ。
このゲームでは初めて見る。
「何を見ているか……まあ、勇者シーラかな……私の担当なんだ……」
エルフは、透明な印象のする小声で言った。
彼女の視線の先では、シーラが新兵に先導され、どんどんキャンプ地の奥へと入り込んでいた。
「あなた、あの動画を見てここに来たんじゃないの?」
「うん……それは、そう……」
「え、だったら普通、興味があるのは男の方では」
クレアは、眉をひそめた。
ふつう動画を見て興味をもったのなら、騎士団長アスレやサイモンを見に来るのではないのか。
「そう、あなたシーラ担当なの? そんなに好き?」
「勇者シーラと言う子は……戦争ですべてを失ったの……」
「語り始めた……本当にシーラ担当なんだ……」
「シーラは弟を守ることで……『誰も守れなかった』という現実から目を背けているの……彼女は弟を守ることが全てで……ひとたび守る物を失った彼女は、内面からもろく崩れさってしまう……守ることによって……逆に守られていた……それが、『第三シーズン』のあらまし……自動生成AIに入力した託宣……」
エルフは、ぼそぼそと呟いて、爪を噛んだ。
「けれど私もちょっと、驚いている……少し……変わったな。まとっている空気が……覚悟や必死さ……悲壮感がない……どこか落ち着いている……何かが彼女を変えたのか……まさに『夜はAIの時間』だ……」
クレアは、ようやく相手が尋常なアカウントではないことを理解して、青ざめていた。
「あなたは、誰なの?」
「アカシノ・イオリ……このゲームのクリエイターの1人……主任キャラクター・デザイナー……メインキャラクター担当」
リアルの時刻は、まもなく、午前8時になろうとする頃。
運営(GM)がゲームにログインしはじめた。
「勇者シーラは、私が創った……亜麻色の髪も……長い手足も……背負っている運命の重さも……だいたいすべて……」