異世界ディスカバリーチャンネル:クレア
サイモンが門の前で待っていると、やがてゴトゴトと乗り合い馬車が走ってきた。
いつかシーラと2人で乗った事のある、山道を半日かけて下っていく馬車だ。
御車に賃金を渡して乗り込んだ時に、他の乗客の姿を確認したが、先に乗り込んでいたシーラと、オーレン。
そしてネコの商人をのぞいては、ほかに誰もいなかった。
ブルーアイコンの冒険者も、やはり昼と夜とで入れ替わるのだろう、2人組の用心棒の姿はなかった。
「サイモン、こっち座ってよ」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
馬車の隅を陣取っているネコの商人に話しかけると、巨大なリュックから魔法のポットとティーカップを取り出して、暖かい紅茶をご馳走してくれた。
「馬車の旅は長いからニャ。ゆっくりしていくニャー」
「助かる」
「ネコちゃん、ありがとう。オーレンもお礼言いなさい。はい、ネコちゃん、ありがとう」
「姉ちゃん、恥ずかしいよ」
シーラは、今日はやたらとオーレンとくっつきたがっていた。
まるで2歳児の頃のように扱っているが、サイモンはその理由をよく知っていた。
これから弟が独り立ちしてしまうのが、よほど寂しいのだろう。それだけだ。
「だってさ、二度とこんな旅はできないかもしれないじゃない?」
シーラは、オーレンの頭に顎をのせて、寂しげに言った。
「いまは、こうして一緒に冒険者の真似をしてくれているけれど、オーレンが目指すのは『Aランク』の冒険者なのよ……。
Fランク以下の『裏クエスト』しかできない姉さんは、きっと、お荷物になっちゃうわ」
「オーレン、受付に頼んで、なんとかFランクを請け負わせてもらえよ」
「Fランクなんてオーレンにはまだ危険よ。私と同じHランクの仕事ができないか、ギルマスに直談判してみるわ」
「シーラ姉ちゃん、大丈夫だよ、サイモンが一緒にいってくれるんでしょ?」
シーラは自分がいつも請け負っているHランクの依頼が、Fランク以下だと今も信じていた。
だがオーレンは、サイモンの心配が必要ないほど頭がよかった。
他の冒険者の事もしっかり観察しているため、さすがになにか違う、と途中で気づいたようだ。
ともかく、シーラはオーレンにべったりひっついて、大好きな歌など歌っていた。
オーレンも、シーラの気持ちがわかるので、あまり強く反抗せずにされるがままになっている。
2人を放っておいて、朝食がまだだったサイモンは、干し肉と一緒にお茶をいただいていた。
そのついでに、指を動かしてメニューをしゅっと開く。
サイモンの考えた、誰にも見つからずにメニューを開くことのできる安全地帯。
そのうちの一つが、ここだった。
移動中の馬車の中なら、ぐうぜん通りかかった部外者から目撃されることは少ないだろうという考えだ。
「魔法使い、俺の動画が拡散されていると聞いたが、それをぜんぶ見せてくれないか」
『いいけど、あんまり気分のいいものじゃないぞ?』
「たのむ」
そうして送られてきた動画を、投稿された順番に再生してみる。
クワッド盆地で、騎士団長アスレに抑え込まれているサイモン。
『ひゃっはっは! さあお尻を出せ!』
投稿されたサイトでは削除されて見えないが、崖から落ちているサイモン。
『おい、あれ落ち……!?』『きゃあぁぁ~ッ!!!???』
クワッド盆地で、国王軍を叩きのめしているサイモン。
『頼む、俺はどうしても村に行かなければならないんだ!』
クワッド盆地からヘキサン村に向かう途中、女戦士と出会ったサイモン。
『チキン南蛮~!』
サイモンに関する投稿は、その4つ。
うち3つが同じ撮影者。
【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】だった。
「ひょっとして、俺を追いかけているのか……?」
この投稿者を注意深く観察していたサイモンは、ふとその可能性に気づいた。
最初は、クワッド盆地の森の中で、国王軍に捕まっている映像が撮られていた。
森のなかの木の上に潜んでいるうち、偶然にも撮られた、と考えていいだろう。
だがそのあと、ヘキサン村に向かう道すがらでもサイモンの映像を撮っている。
このときサイモンは、国王軍を倒してすぐに、急いでクワッド盆地を抜けようとしていた。
この映像を両方とも撮ろうとすれば、国王軍を倒してすぐ、撮影者もかなり急いで森を抜け、サイモンを追い越していなければならないのではないか。
わざわざサイモンを追いかけて撮影していると考えていいかもしれない。
『鳥』との戦いのあとの投稿が途絶えているのは、サイモンがヘカタン村の門の前にリスポーンする、ということを知らずにあちこち探しているのかもしれない。
他の日のように、動物などを映した投稿はまったくない。
だが、今はもう知っているはずだ。
サイモンがヘカタン村の崖から連続で落ちている映像が、別の投稿者によって拡散されている。
この映像を見ていれば、サイモンが毎回ここでリスポーンしているのが丸わかりだ。
本当にこの世界で撮影ばかりしているというのなら、来れないような事はないはず。
「……」
サイモンは、きょろきょろと狭い馬車の中を見渡した。
魔法使いに調べてもらったが、恐らく、相手は昼に活動する昼のブルーアイコン。
この時間帯は、まだログアウトしていないはずだ。
もしも、相手がサイモンの事をつけまわしているのなら。
この狭い馬車にも、一緒に乗り込んでいる可能性がある。
サイモンは、腰に携帯していた短剣をすらりと抜いた。
剣先で、ガリガリと、自分の足元の木の板の表面を刻んでいく。
『話がしたい』
サイモンが馬車に刻み込んだのは、リアルの世界で使われている文字だった。
メニューやチャットの文章から学習したものである。漢字もすこし覚えた。
もしもあの夜、サイモンの全てを目撃したブルーアイコンがここにいるのなら。
サイモンが普通のホワイトアイコンとは違って、『メニュー』や『チャット』を自在に使える事を知っている。
たぶん、このメッセージを受け取ってくれるはずだ。
やがて、ぴこん、と音がして。
サイモンの視界のログが1行だけ増えた。
『チャットパーティに勧誘されています。【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】。承認しますか? Yes/No』
(よし)
戦闘用のセルとは違うが、チャット専用の簡易なパーティに誘われた。
(勝負はここからだ……)
迷わず『Yes』を押すと、サイモンの真正面に置いてあった木箱の上に、正座をしている女の子が見えてきた。
ぶかぶかのパーカーに身を包み、フードからネコミミがぴょこんと飛び出していて、身体がうっすらと透けて、向こう側が見えている。
どうやら、チャットパーティを組むと【潜伏状態】でも相手に姿が見えるようになるらしい。
青空を鋭く切り取ったようなアイコンの横に【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】の長ったらしい名称を浮かばせ、真剣なまなざしを向けるサイモンを前にして、ものすごく気まずそうにうつむいて、ぎゅっと膝を掴んで黙っている。
サイモンは、これから何を話すべきか慎重に考えながら、じっと相手を見ていた。
だが、ただ黙っているだけでも、彼の巨体は充分な威圧感を放っていたらしい、クレアはびくびく目を細めていた。
「……して……ゆる……して……」
ネコしっぽがそわそわ動いて、びくびくしながら、うわ言のように何か言っていた。
サイモンは頭上に「?」を浮かべて、首をかしげた。
「何だって? なにを言っているのか、よく聞こえなかったな……」
むろん、本当によく聞こえなかったのだ。他意はない。




