撮影者対策
「よし、こんなもんだろう」
ひとしきり落下を繰り返したサイモンは、崖がピンク色に染まるぐらい大量に生えた『トキの薬草』を眺めて、ひとまず作業を中断した。
できれば、あれらを回収してゆきたいところだが。
緑色のアイコンを指でタップすれば、簡単にアイテムリストに収納できるのだが、普通のNPCのふりをしなければならないサイモンに、それはできない。
さっきから、ぴこん、ぴこん、とチャットのログが増えていて、魔法使いがしきりに呼びかけてきているみたいだったので、そろそろ返信したかった。
誰にも見られない場所として、あらかじめ考えてあった門番の詰所に隠れて、こっそりメニューを操作する。
「サイモンだ、こっちは特に異常はない」
『あからさまに異常だったぞ! バグったのかと思った!』
「大丈夫だ、メニューは開いていない」
『メニューを開かなくても、普通のNPCがしないような行動はやめてくれ、バグだと思われたらどうするんだ! 運営に修正されるぞ!』
「厳しいな……」
さいわい、先ほどの動画はあまりにもセンシティブだったためか、SNSからは削除されていた。
魔法使いは気が気ではないようだった。
『まあ、NPCの挙動がおかしくなるのは、ゲームではよくあることだけどな……このまま原因不明で終わってくれたらいいけど』
「よくある事だったら、そんなに気にしなくてもいいんじゃないか?」
『甘いぞ、サイモン。バーチャル世界でバグが起こると、本当に怖いんだ。映像がリアルになればなるほど、ひとつのバグでめちゃくちゃクレームくるらしいぞ。壁すり抜けとかポリゴン崩壊とか、そんなん目の前で起こって見ろ、大人でもトラウマ植え付けられるから。レトロゲーの比じゃないから』
「わかった、注意する」
『女戦士にもなんか言ってやれ、あいつめちゃくちゃ心配してたぞ』
このとき、サイモンはメニューさえ開かなければ普通のNPCに見えると考えている非常に危うい状況だったのだが、指摘を受けて事なきを得た。
馬車が来るには、まだ少し時間があるみたいだった。
とりあえず朝食を食べ損ねていたので、そのまま市場へと向かった。
いつもの商人アッドスがいて、にこやかな笑顔を浮かべている。
「へい、らっしゃい! 旦那、今日は何にしやすか?」
「そうだな今日は……おお? けっこう沢山あるな」
「でしょう?」
カートには、いつもの倍くらいの食材が山積みになっていた。
チーズに、ナシに、オレンジに、ナッツに、バントウに、大中小三種類の魚の日干しに、干し飯に、黒パン、黒岩パン、レーズンパン、バター、ドライフルーツ、ブルーベリージャムまである。
「先週から、冒険者が急に強くなりやしてね。山のモンスターが減ってくれたんで、商人の行き来がしやすくなったんでさぁ」
「へぇ、何があったんだろうな?」
「ここだけの話、なんでも、この魔の山で『魔導機械兵(子機)』ってのが現れるようになったらしくてですね」
「ふむ、どこかで聞いたような名前だな」
「さすが旦那、どうやらそいつから、けっこうな経験値が得られるらしいんですよ」
「なるほど、いい事だ」
いままで魔の山に『ジャックポット的なモンスター』はいなかったのだが、それが特殊なクエスト攻略によって、解放されたということだろう。
サイモンの世界は、着実に改変されていた。
(そのうち、料理店もできるかもな……)
これまでヘカタン村に飲食店がなかったのは、食材の入荷が不安定だった、というのも理由の一つである。
より安定的に食材が入るようになったということは、村に料理店ができるチャンスが生まれたということでもある。
「そうだ、ちょっと聞きたい事があるんだが」
サイモンは、目下の悩みである『撮影者』を解決するアイテムはないか、商人アッドスにたずねてみた。
「【潜伏状態】の相手を見破る方法ですかい?」
「ああ、商人だったら、そういう効果のあるアイテムの話は聞かないか?」
「アイテムねぇ」
これからもレベル上げを続けたいが、撮影されてもいいように『メニュー』や『グリッチ』を封じたままでは、かなり不便を強いられる。
こんなときにアサシンがいれば、暗殺者スキルの【梟の眼】で、潜伏しているところを発見できるのだが。
むーん、と悩んでいたアッドス。
モンスターの情報に関しては人一倍敏感なアッドスだったが、さすがにそんな都合のいいアイテムのことなど、知らないだろう。
……と、思っていたのだが。
「【血濡れのスカーフ】というのは、聞いたことがありやすか?」
「聞いたことがないな、どういうものだ?」
「身に着けると、攻撃力があがって、暗殺者スキルがいくつか使えるようになるとか」
「それだ、やっぱりお前は最高だ、アッドス!」
さすがアッドス、とサイモンは喜んだのだが、アッドスは、なにやら言いにくそうにしていた。
「まあ、私も噂でしか聞いたことがないんですが、なんでも【課金】アイテムらしいんですね」
「なんだ……それは無理だな」
サイモンは、がっかりした。
どうやらレイヤーが写真撮影のために、見栄えのいいスキルをぱぱっと簡単に習得するためのものらしい。
NPCのサイモンには、絶対に手に入れることのできないアイテムなのだった。




