同担拒否
サイモンが街道の一本道まで行くと、シーラとオーレンは、仲良く並んで乗り合い馬車を待っていた。
「オーレン? あんまりはしゃぎすぎて、馬車から落ちちゃダメよ?」
「落ちないよ、子どもじゃないんだから」
「おーい、2人とも」
サイモンは、遠くから2人に呼び掛けた。
「俺はちょっと門番の仕事が残っているから、門のところで待ってる。先に馬車に乗っててくれ」
「了解。馬車の人にも伝えておくよ」
ぶんぶん手を振ってくるオーレン。
すっかり頼もしい少年になってくれた。
村には他の若者がいないので、いっきに活気があふれたような感じがする。
村の入り口に戻って来たサイモンは、そのまま丘の上まで歩いていった。
そこから見えるのは、山を登ってくる馬車と、港町を出発しはじめた国王軍。
今回は、崖の斜面に『トキの薬草』は見当たらない。
ヘカタン村からだいぶん離れた場所で『鳥』と戦闘していたので、道のどこかに生えている可能性がある。
「よし」
崖の上に、普通のオトギリソウが何本か群生しているのを確認すると、サイモンはそのまま崖から一歩空中に踏み出し、飛び降りた。
凄まじい勢いで落下し、一直線に森へと飛び込んでいく。
バキバキと何本も木の枝が折れてゆく。
気がつくと、サイモンは崖の下にはおらず、村の入り口のいつもの場所に立っていた。
高所から落下したダメージでうまく『ロスト』し、そのまま『リスポーン』したようだ。
もう一度、崖から下を覗き込む。
先ほどのオトギリソウの一本が、ピンク色に染まっていた。
「よし、狙った通りだ」
この崖の高さなら、サイモンのライフゲージも一発で削り取れるみたいだ。
馬車が来るまでまだ時間がある。
『トキの薬草』、量産開始だ。
***
ゲームの世界では、日の登り始めた朝方。
リアルの世界では、午前7時5分ごろ。
「はぁぁ~っ!?」
天蓋付きベッドの上で目覚めた女戦士が、眉をしかめてスマホの内容に声を荒げていた。
広々とした部屋は冷えやすいので、大量のぬいぐるみを床に敷き詰めて、暖房設備の代わりにしている。
壁には財宝の位置が書かれていそうな古くてでっかい海図がはられていて、いつも開けっぱなしのクローゼットには溢れんばかりの大量の洋服がかかっている(扉が閉じられない)が、それよりも床のぬいぐるみの方が圧倒的に多い状態だった。
勉強机や本棚は間仕切り(パーテーション)の向こうに隠されていて、ぱっと見ではまるで学生の部屋だとわからない。ユーフォーキャッチャーの箱の中に迷い混んだと錯覚しそうな部屋だ。
ともあれ女戦士がSNSのトレンドを見ると、騎士団長アスレに関する投稿が凄まじい勢いで増えている。
女戦士がいちばん驚いたのが、例の動画が投稿された瞬間は『解散の危機』と噂されていたファンクラブだった。
「騎士団長アスレのファンが増えてるってどういう事!?」
女戦士は、信じられない、といった声を上げた。
なぜか今朝からファンクラブへの新規参加者が後をたたず、管理者が『受け入れ一旦中止』のアナウンスをしていた。
あの外道のどこがそんなにいいのか。
イケメンならなんでも許されるのか。
サイモンを傷つけたのが許せない女戦士は、はらわたが煮えくり返っていた。
なにかもう、むしゃくしゃして喚き散らしたくなったが、ひとまず飲み込んだ。
騎士団長アスレの人気が今になって伸びているのは、きっとあの投稿のせいだろう。
【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】さんが、さっき新たな動画を投稿していたのだ。
それがどうやら、昨晩の例の動画の『続き』みたいだった。
動画の場面は、騎士団長アスレが緑色にびかびか光る悪趣味な魔剣に力をため、サイモンに向かって振り下ろそうとしているところだった。
『やめろ! 俺は村に行かないといけないんだ!』
『絶対にそいつを逃がすな! 捕まえておけ!』
怒号の飛び交う、険悪な雰囲気。
そんなとき、突然、爆弾のようなものが爆発し、煙が辺りに立ち込め、サイモンの姿が消えてしまった。
森の一帯が真っ白になり、何も見えなくなってしまう。
国王軍の争う声だけが聞こえていた。
「ぐうっ!」
「がはっ! うぐふぅ!」
やがて煙がうっすら晴れてくると、そこには槍を構えてひとり仁王立ちするサイモンがいた。
彼の足元には、折り重なって倒れている国王軍の兵士たち。
そして仰向けに倒れる騎士団長アスレの姿があったのだった。
「やだー! サイモンカッコいいー! どう見てもカッコいいのはサイモンでしょー! なんで倒されてる騎士団長アスレの株があがってんのよー!」
どうやら【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】は、万バズの誘惑に勝てなかったらしい。
かといって日常も守りたいので、『上手く編集』して投稿することにしたようである。
女戦士は、今回の投稿にかなり前のめりなコメントを打った。
『女戦士:どうして騎士団長アスレが人気なの!? あの筋肉の男の方がかっこよくない!? 鼻血出そうでヤバいんだけど!?』
なかなか世間との波長があわない女戦士だった。
うーっ、とスマホに向かって牙をむいてうなっていると、ぴこん、とレスがついた。
『アサシン:このゲームって、健全なのにどこかエロいよね』
「わかりみー!!」
いいねをめちゃくちゃ押しまくった。
「アサシンさんわかってらっしゃる! いや、まさにそう!」
女戦士がアサシン(家族と朝ごはん中)のプロフィールを一通り見て、迷わずフォローしていると。
ぴこん、と音がして、誰かからメッセージが届いた。
『【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】さんから、動画の使用許可申請が届いています』
「……ッ!」
「おねがいします」とぺこりとお辞儀をしている可愛らしいネコのスタンプが添付されているが、女戦士は戦慄した。
『動画の使用許可申請』は、ゲーム世界でカメラ撮影した場合、映像に映り込んでしまった他のプレイヤーに届くものだ。
この許可が得られるまで、プレイヤーはその映像から消えた状態になる。
(どうして私を撮ったの? 一体、どんな動画が……)
ごくり、と喉を鳴らした女戦士は、サンプルとして送られてきた動画を再生してみた。
『サイモン~ッ! 大丈夫? 怖かった? ほら、もう大丈夫だからね!』
出だしは、女戦士が真正面からサイモンに抱き着いていたところから始まった。
ああ、この場面か。
確かにあった気がする。
しかし、これはなにもやましい事ではない、傷ついたサイモンをなぐさめたかったのだ。
さらに次の場面では、サイモンが女戦士にお尻を向けて、斧で殴るよう促していた。
『さあ! 早く殴るんだ!』
『えううぅ~っ、できないよぅ~っ』
「ちょっとまって、私こんな声だしてたっけ!?」
女戦士は、全体にモザイクがかかって外見も分からなくなっていたが、このやり取りは明らかに自分だった。
『チキン南蛮~ッ!』
最終的にサイモンのお尻を殴って、ゴルフボールのように空たかく殴りとばしていた。
空には『鳥』がいた。
動画は以上だった。
女戦士は、ぽかんとしてしまった。
この一連の動画を投稿して、クレアさんは一体何を皆に伝えようとしているのだろう?
女戦士は、可能な限り彼女の思いを好意的に考えてみた。
「ひょっとして……クレアさんもサイモン推し? サイモンの魅力をみんなに伝えたいのかな?」
女戦士が受け取った動画の使用許可申請フォーマットには、
・使用を許可する範囲(データ削除要求~条件付き許可~商用使用の契約まで)
・フィルターの種類と強度
・以降の同じ投稿者からの申請をどうするか(拒絶、もしくは自動で許可する事も可能)
などの項目があった。
ぐぬぬ、とフォーマットをにらみつける女戦士。
「こ、これって許可したらどうなるん……いや、許可しなくても、そのまま投稿できるハズだと思うんだけど……どうしても許可がいるの?」
クレアさんは、いつも風景や、モンスター、NPCなど、肖像権のないものの動画を専門に投稿していたので、ひょっとすると勝手がわからないだけかもしれない。
悩んでいると、さらに、ぴこん、とメッセージが届いた。
魔法使いからのメッセージだ。
「まほちゃん!」
『女戦士、もう学校行った? 二度寝してる?』
「え? 毎日8時間ぐっすり寝てるのに二度寝するとか私の事ポケモンだと思ってんの? てゆーか、いま大変なんだよ、学校なんて行ってるばあいかー!」
『サイモンがヤバいことになってるみたいなんだが、一体何があったんだ?』
「ん? 何って?」
女戦士は、首をかしげた。
サイモンはいつも『鳥』戦でロストして、朝にリスポーンする、後のことは俺に任せとけ、と言っていたのは魔法使いではないか?
そう言う魔法使いから送られてきた動画は、時間的にも、つい最近撮影されたサイモンの映像だった。
クレアさんのカメラとはまた違う、一般プレイヤーの視界メモリーの映像だったので、顔の動きにあわせて若干ブレている。
見覚えのあるヘカタン村の入り口に立っていた門番のサイモンが、すたすたと崖までまっすぐ歩いて行き、そのまま崖から落下していく映像が映っていた。
「ひぃぃぃぃぃ!!!???」
女戦士は悲鳴をあげた。
それも一度だけではない、門の前でリスポーンしては、再び崖まで歩いていってそのまま落ちていく、というのを延々と繰り返している。
NPCがこういう壊れたオモチャのような行動を起こすバグは、ゲームでは珍しいことではない。
しかし、あのサイモンが起こす異常な行動である。
彼は人間の『心』を持っているのだ。
ただのバグで終わらせていい問題であるはずがない。
「まッ……まさか! そういう事だったの!? 騎士団長アスレにアスレされて……ッ! そのあげく、ネットに動画まで拡散されたせいで……ッ! 彼は深く心が傷つけられ、人(NPC)生をはかなんで……ッ! うぅ……ッ!」
衝撃で、言葉を失った女戦士。
言ってて自分で涙がぽろぽろとこぼれてきた。
「サイモン……どうして……!」
朝っぱらから、ネット世界の深い闇を覗いてしまった。
暗澹たる気分だった。
どうやらクレアさんも、自分が投稿した動画のせいで、サイモンが崖から飛び降りていると思いこみ、あわてて動画の『続き』を配信しはじめたのだ。
女戦士は、ようやくクレアさんの真意を理解した。
「そうか! 分かったわ、動画で人を傷つけてしまったのならば、逆に救う事もできるはず、そう信じて動画でサイモン推しを増やそうとしているの! あなたはサイモンを救おうとしているのね!」
ならば、女戦士は彼女の手助けをするのもやぶさかではない。
ぽち、ぽち、ぽちっと、気前よく動画申請許可をフルセットで出した女戦士。
ついでに「グッドラック」と返信を追記しておいた。
クレアさんが投稿した一連のサイモンの動画は、どんどん世間に広まっていった。
ふう、と、ひと仕事やり遂げた気持ちで肩を降ろす。
女戦士は、額にかいた汗をぬぐった。
「いや~、世の中なにがおこるか、わかんないねぇ~」
この事を、ついさっきフォローしたアサシンとも話そうと思って、アカウントを開いてみた。
ブロックされていた。
女戦士は憤慨した。
「なんでよ!? 同担拒否なの!? ちょっともー!!」




