ロールプレイング
プレイヤーが増えるにつれて、ふたたびサイモンはNPCとしての日常を取り戻した。
「ようこそ、旅人よ。ここはヘカタンの村だ!」
門番として、ひたすらじっと立ち続け、訪問者に村の名前を紹介するのが彼の仕事である。
視界設定はそのままにしているので、マップやログ、プレイヤーの名称などはメニューに触れなくとも見ることができる。
よくこんな退屈な仕事を毎日していたものだ、と今では思う。
古木の鳥たちは山のどこかに飛んでいき、ウサギは丘の遠くの方までいってしまった。
人通りが途絶えたので、丘の上から確認すると、次の登山者が来るのは昼頃になりそうだった。
(……朝食は、オーレンに作ってもらおうか)
ループをしはじめてから日課になってしまったが、朝はシーラとオーレンの家に行くことにしていた。
このぐらいは、いつも気まぐれにやっていたし、誰かに見られてもおかしくない行動だろう。
「村の門番がいなくなった!」などと、運営(GM)に訴えるブルーアイコンが現れるとも思えない。
いちおう魔法使いに聞いてみたら、
『いや、わからんぞ。『門番がいなくなった』とか訴える奴がいるかもしれない』
「なんだと? 本当か」
『本当だ、信じられないクレームが来る。もはや何をしていても苦情が入るときは入ると思って、諦めるしかない。リアルとは、そういう世界だ』
と、なにやら身につまされる出来事があったらしい。
サイモンはよく分からないが、真に迫った様子で言われた。
『けれど、どんな苦情が入っても、運営(GM)が相手にしなければそれまでだからな。
なるべく普通のNPCに見えるように、信じて行動するしかないと思う』
「苦手なやつだな……」
『大丈夫、それが『ロールプレイング』ってやつだよ。サイモン、お前ならできるはずだ』
たとえ危険とわかっていても、サイモンはシーラの家に行かずにはいられなかった。
もしも、この村にオーレンの料理がなければ、退屈で病気になっていたかもしれない。
サイモンがシーラの家に訪れ、前はいきなり入って怒られたので、今度はちゃんとノックして入ると、また家の中の様子は変わっていた。
「あ、サイモン!」
「あら、おはよう、サイモン!」
いつもなら朝食の時間だったが、2人はお揃いの風よけのケープを被っていて、なにやら出かける準備をしていた。
この2人が揃って出かけるのを見るのは、初めてかもしれない。
「ふふん、朝ごはん目当てに来たけど、当てが外れたって顔ね?」
「いや、まったくその通りで返す言葉もないんだが。どうしたんだ、今日はどこかに出かけるのか?」
「うん、そろそろオーレンを冒険者ギルドに登録してこようかと思って」
「なにッ!? ぼ、冒険者に、登録するだって!?」
「サイモン驚きすぎ。レベルが13になったのよ、もうこの辺のモンスターだったら1人でも倒せるわ。すごいでしょ?」
シーラは、誇らしげに言った。
お揃いの剣も装備させて、どうやら彼女は、本格的にオーレンを冒険者に仕立て上げるつもりだ。
サイモンは、しまった、と心の中でうめいた。
そういえば、前回は『ジャックポット的なモンスター(女戦士談)』を倒して、オーレンのレベルを3から一気に13まで上げていたのだ。
もうヘカタン村では独り立ちのできる基準となるレベルだった。
サイモンのレベルもそうだったが、一度上がったレベルは、ロストしても元に戻らない仕組みらしい。
これはメニューと同様に、彼に特別に与えられた権限なのかと思っていたが、ホワイトアイコンにも共通なようだった。
「しかし、もう13か、早いな。いつレベルを見てもらったんだ?」
「この前の月餅祭のときよ。この子ったら、私がちょっと目を離している間にメキメキ強くなっちゃって。そのうち私も勝てなくなるかもしれないわ」
「ははは、それは怖いな。あはははは」
サイモンは、笑いながら内心毒づいていた。
おいおい、冗談ではないぞ。
オーレンにはこの村で料理店をやってもらいたいのだ。
冒険者なんかになったら、ヘカタン村には年に1回か2回ぐらいしか戻って来なくなるかもしれない。
そうなったら、これからサイモンは、この村でいったい何を食べて生きていけばいいのだ。
サイモンの内面の動揺に気づかないオーレンは、無邪気にはしゃいでいた。
「僕、冒険者の才能あるみたいなんだ! たった1年でここまでレベルの上がる人って、本当に珍しいらしいよ! この才能を生かして、少しでも多くの『トキの薬草』を手に入れたいんだ!」
目をキラキラさせて、鼻息を荒く野望を語るオーレン。
レベルを上げすぎて、性格までポジティブに変わっていた。
サイモンは、今更ながら後悔した。
……連れていくんじゃなかった。
「け、けど、オーレン。『トキの薬草』をそんなに見つけたところで、欲しがっている人がいるのか? 俺はAランクのクエストは、そんなに見てないから知らないんだが。『ドラゴン』がそもそも珍しいだろう?」
「けっこうあるらしいわよ。隣の国からとか、研究したいって人とかからも依頼が来てるって、受付の人が言ってたわ」
「う、うーむ……そうなのか」
サイモンは、腕組みをして考えた。
どうしよう。
このまま2人を放っておくわけにはいかない。
だが、門番の役割も放っておくわけにはいかない。
これまでのサイモンなら、あっさりと門番の仕事に戻っていたかもしれない。
しかし今のサイモンは違うのだ。
こうして迷っていることこそが、偽らざる彼の気持ちだ。
ホワイトアイコンらしいとか、ホワイトアイコンらしくないとか、いったい誰が決めるというのだ。
俺がサイモンだ。
サイモンは、覚悟を決めて言った。
「なあ、俺もついていって構わないか?」
「「ええーっ!」」
サイモンが提案すると、2人は驚いたような声をあげた。
どうやら、普段の彼からすると意外な行動だったらしい。
オーレンは目を輝かせて喜んでいたが、シーラは、ちらちらサイモンの方を見ながら、困った様子で言った。
「もぉー、困るなぁー。サイモンが一緒に来るのぉー? ええー? 困るわー」
「なに言ってるんだよシーラ姉ちゃん! 一緒に来てもらおうよ! 最高じゃないか!」
2人らしい反応で、サイモンはほっとした。
シーラはともかく、オーレンがどのくらい強くなったのか、見てみたいというのもあった。
「ほら、シーラは普通の冒険者が、どうやってギルドに登録するか知らないだろう?
俺は経験者だから、よく知ってるからな。村長に外出の許可をもらってくるよ」
サイモンは、AIらしく理屈をすらすらと並べたが、本当はたった今思いついただけだった。
本当の理由は、2人を見守りたいだけなのだ。




