ただのNPCの物語
『鳥』のライフゲージを見上げていて、それが輪になっていることに気づいた。
気がつくと、サイモンは村の入り口に立っていた。
山には朝の気配が立ち込めている。
古木に集まった鳥たちが、ちちち、とさえずり、石塀からウサギが、のそのそとはい出し、ふがふがと空気のにおいを嗅いでいる。
「おい……またか」
サイモンは、相変わらず戦闘中に意識を失ってしまっていた。
前回もとつぜん意識が無くなっていたが、今回もいきなりだった。
メニューを確認したが、現在時刻もいつも通り、20分進んでいる。
リアルの世界では、ちょうど午前7時。
サイモンの世界では、海面から朝日が昇る頃だった。
『鳥』との戦闘中に、いったい何が起こっているのか。
前回、一緒に『鳥』に立ち向かっていったシーラは、リスポーンすると同時に記憶を失っていた。
だが、今回は少し頼りないがブルーアイコンの冒険者がいる。
女戦士は、たとえロストしても、リアルの体がその日の記憶を、克明に記憶しているはずだ。
そういえば、女戦士に『鳥』との戦闘を記録するよう言っておいたと思うが、サイモンもすっかり忘れていたし、向こうも忘れているかもしれない。
『女戦士、いるか?』
チャットで呼びかけてみたが、返事はなかった。
だが、チャットのログを確認してみると、サイモンへのメッセージがいくつも届いている。
『サイモンししょー! 大丈夫!? やっぱり私の斧が致命傷になっちゃった!? ウソでしょ!? 返事してよー!』
ものすごい慌てぶりだった。
あとは、魔法使いのメッセージがひとつ。
『女戦士は学校に行かせた。起きたら連絡をくれ』
どうやら、サイモンが毎回ロストして、また朝になると復活している、というパターンに関しては、魔法使いが女戦士に説明してくれていたようだ。
「すまんな。たしか俺も言った気がするんだがな」
『まあ、じっさい目の当たりにするまでわからんだろ。あいつにもリアルの世界があるから、しばらくチャットの頻度は落ちると思うけど、許してやってくれ』
「お前は?」
『もう会社についてる。始業まで時間があるから、それまでは話できる』
「そうか……女戦士から視界メモリーを預かっていないか?」
『いや、あいつ視界メモリーも何もよこさなかったけど……』
「ああ、やっぱりか……俺がロストするとき、何が起こったか知りたいんだが」
『『鳥』と戦ってたら、そいつの上空に突然『ドラゴン』が現れたとか言ってたよ』
「『ドラゴン』が……?」
サイモンの脳裏に、いやな予感がよぎった。
あの場に、あのタイミングで出現した『ドラゴン』。
突然でもなんでもなく、あの場にサイモンの知る限り1人の人間が『ドラゴン』になり得たはずだった。
……俺だ。
『ヘキサン村に、朝ログインしていた連中がいっぱい目撃していてな。いま、SNSは魔の山に出現したこの『ドラゴン』の噂で持ち切りだよ。久々にレイドボス討伐クランが結成されるって噂だ』
「そいつらは『ドラゴン』を討伐するのか? 『鳥』はどうするんだ?」
『『鳥』は、その『ドラゴン』が一瞬で食い殺したらしいぞ』
「うそだろ……」
『『鳥』は、よくある『かませ役』なんじゃないか? 最終的に、『ドラゴン』が山を半壊させて帝国の方に飛んでいったらしいけど。次のアプデで戦うボスになるのかもしれん』
サイモンは、めまいを覚えた。
いままで空白の20分の間に、いったい何が起こったのか。
おぼろげだが、ようやく話の全貌がつかめてきた気がする。
つまり魔の山の『ドラゴン』は、最初から二頭いたのだ。
「なるほど……そういう事か」
サイモンは、頷いた。
そして、自分の心臓をぎゅっと掴んだ。
討伐すべき『ドラゴン』は、最初からずっとここにいたのだ。
『トキの薬草』をアイテムとして持っている今なら、サイモンはそれを使って『ドラゴン』を討伐する事ができる。
『で、どうする? サイモンはレイドボス討伐クランに興味あるか?』
「え?」
『あったら、クランへの加入の仕方とか教えるけど』
魔法使いが、意外な質問をしてきたので、サイモンは戸惑ってしまった。
「ちょっと待て、俺が、『ドラゴン』の討伐クランに加入するということか? いいのか、だって俺だぞ?」
『あれ、ホワイトアイコンって、クランに入れないんだっけ? お前なら入れるかと思ったんだけど』
「いや、入れると思う……小さいが、ワイバーン討伐グループに入った事がある」
『へー、入れるんだ……ああ、けどそれ深夜帯だから人が少なかったってことだろ? やっぱり昼間は目立つよな。運営(GM)に目をつけられないようにした方がいいか?』
「そうじゃなくて……お前は、見ていないのか? 俺と国王軍のやりとりを」
『…………あー』
「そういう動画が拡散されていると、女戦士から聞いたんだが……」
『ひょっとして、サイモンが騎士団長アスレにお尻掘られそうになってる奴のことか? 俺が女戦士に送ったんだが』
「なんだそれは」
『見るか? 送るよ』
サイモンが動画を確認すると、魔法使いの言う通り、国王軍にサイモンが組み伏せられている場面が映っていた。
イケメン騎士団長が鬼のような顔をしてサイモンのズボンを脱がそうとしている。
だが、そこまでだ。
それ以降はない。
「……どうして、ここだけ?」
この直後、サイモンの正体が『ドラゴン』である、という決定的な証拠が暴かれてしまう。
この動画の投稿者もそれを確認しているはずだが、それがきれいさっぱり、省かれている。
『そりゃお前、何があったか知らないけど、こういう風に切り取った方が面白いからだよ。悪意のあるネタ動画は、俺たちの世界ではつきものだぜ? 気にしたらきりがない』
「そうなのか? 俺はこの後を切り取らない方が、もっと面白かったんじゃないかと思うんだが……」
『まあ、そういう場合もあるだろうけど、例えばあまりにセンシティブな映像が映っていたから、投稿規制に引っかかって映像が使えなかったか……ま、まさか、お前、本当に騎士団長アスレに、アスレされたのか……!?』
「いや、そうではないんだが……例えば俺がアイテムリストから爆弾を取り出して国王軍を返り討ちにするところとか、騎士団長アスレをぶっ飛ばすところとか」
『なるほど、切り取った方が面白い奴だわ、それ』
つまり、サイモンが『混交竜血』であるという情報は、意図的に拡散されていないのだ。
もしも拡散されていたら、いまごろサイモンはレイドボス討伐クランに取り囲まれて、『ドラゴン』になる前に殺されてしまったかもしれない。
だが、今のところそれはなさそうだ。
「参ったな……」
どこかに【潜伏状態】のカメラマンがいるかもしれない。
となると、アイテムリストの『トキの薬草』を迂闊に『使う』ことができない。
どこか安全な場所を探さないといけなかった。
村におとずれるブルーアイコンの姿は増えたようだが、どれも見知らぬ顔ばかりだった。
夜のブルーアイコンはサイモンの味方になってくれたが、この時間にはもう彼らはこの世界にはいない。
いったい誰を信用していいのか分からない。
さすがに運営(GM)も起きている頃だろう、彼らの中に紛れていないとも限らない。
むむむ、と唸った。
サイモンは、このままただのNPCを演じ続けなければならないのだろうか。
「まあ……メニューさえ開かなければいいか……」
考えてみたが、割と簡単にできる気がしてきた。
そういえば彼は、ついこの間まで、ただのNPCだったのだ。




