ドラゴンの足跡を追え
いずれもヘカタン村の近辺で、3本の【トキの薬草】を見つけてしまったサイモン。
このアイテムを世界中の人々が血眼になって探しているというのに、いったいなんという豪運だろうか。
仲間たちの方を振り返るが、彼らはまだ、サイモンが見つけた【トキの薬草】に気づいていなかった。
どうして最近になって矢継ぎ早にこの薬草が見つかるのかは分からないが、この発見は彼らにも知らせるべきだろう。
(……いや、待て)
サイモンは考え直し、おちついて呼吸を整えた。
この薬草を、オーレンに発見させてみるのはどうだろう?
考えてみれば、オーレンが冒険者になる目的は、『トキの薬草』を見つけることだ。
自分が使ってしまった『トキの薬草』の代わりを見つけて、それを使えなかった他の人に譲ることで、オーレンの罪滅ぼしはひとまず完結する。
いま、ここでその目標を達成させてしまえば、オーレンが冒険者になる理由は、もうなくなってしまうのではないだろうか?
そうなればオーレンは、ただの料理が得意な少年だ。
そのままヘカタン村にとどまって、初の料理店を作ってくれてもいいのではないだろうか。
短絡的にそう考えたサイモンは、『トキの薬草』を見つけた瓦礫の上から飛び降り、さりげなく距離をとった。
誰が見つけても結果は同じかもしれないが、できればこのクエストはオーレン本人に達成してもらいたい。
サイモンは、チャットメッセージを使って、女戦士に協力を要請した。
女戦士は、獣耳をぴくぴく、と動かして、チャットに気づいてくれた。
先刻サイモンのメッセージに気づかなかった失敗があるので、チャットの着信音をオンにしてくれたのだ。
学習のできる冒険者だ、きっと大成するだろう。
女戦士は、じーっとメッセージを見て、サイモンとオーレンを見比べて、にまーっ、と薄い笑みを浮かべていた。
『ししょーがそこまで頼むんなら、仕方ないなぁ』
『ししょーってなんだ?』
『レベル上げのししょーだよ。またお願いね、ししょー』
さっそく女戦士は尻尾を振りつつ、シーラの肩をがちっと抱き寄せて、何やら内密の話を始めた。
「ねーねー、シーラちゃん、女の子同士でちょっと話がしたいんだけどなー」
「なんの話? 剣を直してくれるの?」
「剣はあとで直してあげるから、ちょっとこっちに来て相談に乗って欲しいんだけどー」
「ふんふん」
「真面目な話、この世界の女の子ってさー、月の物(生理の事)が来たらいつもどう処理してるのー? ちょっと興味あるなー」
「月の魔物(Hランク討伐モンスター【マムー】の事)? 倒したことはあるけど」
「マジで!? 倒せるんだ!? この世界そういうシステムなの!?」
「けっこう強かったから、初心者にはお勧めしないわ」
「かっこいい。シーラちゃん最強だわ。もっと詳しく教えてくれる?」
サイモンは、女戦士とシーラが離れていったのを見はからうと、地面に屈みこみ、『うで兵』の重たい鋼鉄のボディを持ち上げ、あたかも落とし物を探すようなふりをしながら言った。
「おーい、オーレン、ちょっと来てくれ」
「どうしたの? サイモン」
「さっき薬草を使おうとして、間違ってどこかに落としてしまったんだ」
「大変じゃないか。僕の使ってよ」
「いやいや、お前のを使うのはもったいないよ。もしもの時のために取っておけ」
オーレンは、サイモンと一緒になって薬草を探してくれた。
もちろん薬草など見つかるはずもないのは、サイモンがよく知っていた。
「こっちには無かったよ、サイモン」
「おかしいな、あの瓦礫の山の向こうとか怪しいから、探してみてくれないか?」
そうして、まんまと瓦礫の上をのぼっていくオーレン。
サイモンがじっとその姿を見守っていると、やがてオーレンはその場にしゃがみ込んだ。
「……あっ」
オーレンが変な声を漏らした。
「ああーっ!」
「どうした、オーレン」
サイモンが立ち上がって、瓦礫の山を登っていくと、オーレンは岩のすき間から生えた【トキの薬草】を前に、両手をついていた。
「おお、珍しい薬草みつけたな、オーレン。それ、なんて言うんだ?」
「……【トキの薬草】」
オーレンはサイモンと違って、アイコンの横にアイテムの名称が浮かび上がるわけではない。
それでもオーレンはその薬草の名称をすぐに言い当てた。
オーレンは、真剣なまなざしをして、【トキの薬草】を見つめていた。
「間違いない。僕は何度も図鑑で見た。手に入る限り、色んな文献を読んだ……こんな所で、見つけるなんて」
「お前は運がいいな、オーレン。これで夢が叶ったんじゃないか?」
「夢? ううん、サイモン、僕の夢は、違うんだ……」
オーレンは、首を横に振った。
「僕の夢は、『混交竜血』みたいな病気を、この世界から根絶することなんだ。
僕と同じ病気で悩む人を、この世界から全員救いたい。
それに足りるくらい沢山の『トキの薬草』を手に入れたい、僕はそんな夢みたいな冒険者を目指していたんだよ……」
「そうか」
「けれど、いざ冒険者になろうとして頑張ったけど、僕は弱かった。
どんなに頑張っても姉ちゃんには届かないし、僕なんかには1本だって見つけられないだろうって、諦めようとしてた。
だから僕になれるのは、せいぜい料理人ぐらいじゃないかって思い始めてた。
けど、見てよ! まるでFランククエストの薬草みたいじゃないか! こんな僕でも手に入れることができるんだ……!」
オーレンの手は、興奮でぶるぶると震えていた。
彼は【トキの薬草】を両手で包み込むと、やがてある決意を固めたみたいだった。
「決めたよ、サイモン……僕は、冒険者になる!」
「そうか」
サイモンは、苦い顔をして頷いた。
ますます冒険者になる決意を強めてしまうオーレン。
どうやら、サイモンの思惑とはまったくの逆効果だったらしい。
「シーラ姉ちゃん!」
【トキの薬草】を手に入れたオーレンは、さっそくその事を姉に報告していた。
シーラは、オーレンの頭をぐしぐし撫でて、ほめていた。
「おー、えらいじゃない。さすが私の弟だわ。冒険者の素質があるわよ」
「けど、ちょっと妙なんだよ」
オーレンは、なにか腑に落ちない、といった様子で言った。
「この薬草は、『ドラゴンの血だまり』に咲くって言われているんだ。
それってつまり、この洞窟にもドラゴンがいたってことじゃないかな?」
そう報告すると、シーラは鷹揚にうなずいた。
「昔の魔の山にはドラゴンがたくさん住んでいたらしいわ。つい最近だって、フレイムドラゴンが出たし。
……ひょっとしたら、この山を探せば、まだ見つかるのかもね」
深刻な口調とは裏腹に、シーラは、どこかわくわくした様子で言った。
「オーレン、そのドラゴン、姉さんと探してみる?」
謎のドラゴンの存在を感じ、オーレンは、緊張した面持ちでうなずいた。
ますます料理人から遠ざかっていこうとする彼を、サイモンは残念な気持ちで見つめていた。
(しかし……妙だな)
サイモンは、不思議に思って洞窟を見渡した。
もしも、ここにドラゴンがいたのなら、薬草以外にもそれらしい痕跡があってもいいものだが。
ここで血だまりが出来たのなら、どうしてウロコのかけらひとつ、足跡ひとつ見つからないのだろうか?
「ん?」
サイモンは、トキの薬草が生えていた場所をよく見て、気づいた。
なにか嫌な胸騒ぎを覚えた。
それは、まだ近くにドラゴンがいるかもしれない、という不安からくるものではない。
(ここは、さっき俺がロストした場所なんだが?)




