アークボアの炭火焼きステーキ
「えっ、サイモン、私と【火の洞窟】に行きたいの?」
シーラの家に戻ると、彼女は落花生の殻をむいて実を取り出しているところだった。
どうやら、今日は冒険業をお休みにして、お隣の収穫を手伝うクエストをしているらしい。
秋も間近なこの時期は、シーラの他にも、村のあちこちに同じ作業をしているおばあちゃんがいっぱいいた。
「ああ、レベル上げをしたい冒険者がいるんだが、同伴が俺1人では難しそうなんだ。来てくれるか?」
またとないチャンスだったので頼み込んだのだが、シーラは、サイモンのお願いにぶぜんとした表情で答えた。
「えーっ、困るなー」
「頼む、シーラにしか倒せそうにないんだ」
「そんな事いわれてもなー」
困る、困る、と言いながら落花生をむくのをやめ、頭に巻いていた手拭いをほどくと、手を洗って髪の毛をすいすいすき始めるシーラ。
「だから私、Fランク未満のモンスターしか倒したことがないんだってば、もー、困るなー」
などと言いつつ、革靴のひもを結び、つま先でけんけん、と地面を叩き、タンスの衣類の下に隠してあった剣を取り出した。
隣で大人しくしていた女戦士は、サイモンに耳打ちした。
「サイモン、あの子めっちゃ分かりやすいね」
「どういう事だ?」
「なんというか、いい子ねってこと」
「だろう?」
普段着に革製の胸当てを身に着けただけの、簡素な軽装備に身を包むと、シーラはあっという間に旅立ちの準備を整えてしまった。
「じゃあ、オーレンも呼ぶから、一緒に行きましょう」
「大丈夫か? あいつ病み上がりなんじゃ」
「もう平気よ、こっち来て」
シーラに導かれて家の裏手に向かうと、ここからは静かにするように言われ、サイモンたちは息をひそめた。
こっそり庭を覗くと、木剣を持ったオーレンが全身汗だくになって剣の練習をしているところだった。
レベルはたったの2しかない。
けれどもシーラの動きを近くで見ているからだろう、筋はけっこういいみたいだった。
そう言えば、病気が治ったら冒険者になるのが夢だと、オーレンはいつか言っていた。
自分が手に入れたせいで『トキの薬草』を手に入れられなかった人に届けるためだそうだ。
だが、それは本当の彼の夢ではない。
自分の犯してしまった罪をあがなうための、ただの罪滅ぼしではないのかとサイモンは思っていた。
身体に宿ったモンスターは消えても、オーレンはまだ大きなものを背負っている。
「けどあの子、今は料理人になるかどうか迷ってるんだって……サイモンのせいよ?」
「俺か?」
「いつも『村にも料理店があったらいいのになー』とか『料理人になれよー』とか言ってるじゃないの」
「そう言えば、そうだった」
本当に欲しいのだから仕方がない。
サイモンは気づかなかったが、オーレンはこうして冒険者になるために、休みの日にも鍛錬を欠かさず行っていたのだ。
しかし、木陰に隠れてこっそり覗ている意味はあるのだろうか。
女戦士は、両手で顔をおおい、ゆらゆらと湯気を立てていた。
「はわわわ、なにあの子、めちゃくちゃカワイイんだけど、小さい子なのに動きとかキレッキレでヤバくない?」
「いいでしょ、私の弟よ」
「えっ、お姉さんなの? ということは、何ですか? 私たちは保護者の同意の上で今からあのショタ君と一緒に【火の洞窟】に行っちゃおうというわけですか? あの真っ暗な【火の洞窟】に? それって何々罪とかいう犯罪になったりしませんか?」
「サイモンがタンクで、私がアタッカー、あの子はまだ戦えないから、料理当番よ」
「しかも手料理まで食べられるんだ! うわぁー! 生きててよかったー! 私この世界のこと大好きかも!」
なにやら感涙している女戦士だった。
こっちの様子に気づいたオーレンが、手拭いで汗を拭きながら向き直った。
木剣を置いて練習を途中でやめてしまう。
「シーラ姉ちゃん、サイモンも。どうしたの?」
「オーレン、お前もレベルを一気に上げてみたくないか?」
「レベルを? 強くなりたいかってこと? まあ、そりゃあ、もちろん。男だしね」
ちょっとぶっきらぼうに言ったオーレン。
女戦士は、ますますツボに入ったのか、立ち眩みを覚えて倒れそうになっていた。
「今からシーラと一緒に【火の洞窟】に行こうと思うんだが、お前はどうする?」
「行きたい」
「よし、ついてこい」
***
リアルの時刻は午前5時55分。
この世界ではお昼まであと少し、といったところだった。
ふたたび村から離れ、西にぐるりと山をめぐって歩いていく。
女戦士は、獣のように飛び上がって木からリンゴをもぎとり、サイモンは木の幹を蹴って高く飛び上がり、それぞれにリンゴを手に入れていた。
シーラは、歩きながらしゅぱっと目に見えない速さで剣を振った。
木の上からリンゴが2個おちてきて、片方を隣にいるオーレンにあげ、もう片方を自分でかじっていた。
「へぇー、なんだ、みんなあそこでリンゴかじっていくんだ。ジモティーって感じする」
【火の洞窟】に通いなれている地元民は、みんなこうしてダンジョンに入る前に炎耐性(微)を身に着け、準備をするのだ。
女戦士は、オーレンのぶんもリンゴを取っていたらしい、ふりかえって最後尾までもどり、投げわたしていた。
「オーレンくん、洞窟に入ったら油断は禁物、ぜったいに気を付けてね」
「うん」
「と言っても、大半のモンスターはもう倒してるから、ほとんど敵は出ないだろうけど」
「戦士のお姉ちゃんがやったの? すごいや」
「べ、べ、べ、べつに!? わ、わ、わ、わ、私がやったんじゃないけど! オーレンきゅん、アメたべる!?」
毛皮の尻尾をぶんぶん振って、オーレンにアメを配る女戦士。
女戦士は女戦士でかなりオーレンの事が気に入ったみたいだった。
「レベルが近いから、仲がいいのかもね」
「レベルはあんまり関係ないんじゃないかな」
洞窟に入ると、まれに『チャコールマン』がリスポーンしてくるが、光の渦から出てきたときには既に半分に切り裂かれていた。
どうやらまだ完全に復活する前にシーラが剣でなにかやったらしい。まったく目に見えなかったが。
「うーん、このペースじゃ、お昼にあんまり美味しい料理たべられないかも……テンション下がるなぁ」
「任せてよ、姉ちゃん。こんな時のために、お肉はいいのを持ってきたんだ」
「どうするの? オーレン」
『チャコールマン』から手に入る素材は、良質の炭だ。
オーレンは金網を用意すると、手に入れたばかりの炭火で肉をあぶり始めた。
「できた!」
【アークボアの炭火焼きステーキ】脂のたっぷりのったアークボアのS級肉を、最高級の炭火で焦げ目がつくまでじっくり焼き上げたステーキ。
特性のたれはオーレンが長年をかけて研究してきた、甘辛と塩辛の二種類が選べるオリジナルミックス。
レモン汁を垂らして酸味のアクセントを加えてもなお旨い。攻撃力増加(大)、ラック増加(大)、空腹予防、各50分。
「はいどうぞ。これはアメのお返しだよ?」
「あー、これはつらい! オーレンきゅんがハイスペックすぎて隣に存在している自分がつらい! こんな最高のイベントがあったのに、今まで私はいったいこのゲームの何をやってきたの!」
美味しい肉をがじがじ食べながら、しくしく泣き始める女戦士。
サイモンも、肉をかじってひと息ついた。
「ラック増加(大)か。ちょうどいいな」
「なにか関係あったっけ?」
「レベルがはやく上がるかもしれない」
これは、冒険者のあいだで経験的に言われていることだった。
正確には、ファーストアタック報酬、ベストダメージ報酬、ラストアタック報酬の大きさが、通常の経験値のラック%ぶんになっているのだ。
レベル上げの厳しいこのゲームにおいて、一時的にメンバーのラックを高めるスキルは、喉から手が出るほど欲しがられるものだった。
「……オーレンは冒険者になった方がいいのかもな」
女戦士と仲良く笑い合うオーレンを見て、サイモンはふとそう思うのだった。




