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子守唄の夜

 オーレンの家からサイモンが出ていって、しばらく。


 明るすぎるほどに明かりを灯した家の中で、シーラはただオーレンだけを見つめていた。

 傍らの小机には、湿った皮の袋と、彼女が愛用している剣がきちんと揃えておいてある。


 シーラの表情は疲れ切っていたが、眠るような気配は微塵もない。

 敵と向かい合う剣の達人が、自然体でいながら一瞬も気を抜かないような、そんな切迫した空気をまとっていた。


「……シーラちゃん」


 誰もいないはずの空間から声がした。

 はっとシーラが顔を上げると、そこには、ものすごく怪訝な顔をしたアサシンがいて、ドアの脇で忍者のように印を結んでいる。

 どうやら【潜伏状態】のまま、サイモンにくっついて家の中に侵入していたのだ。


「誰?」


「気にしないで、通りすがりの暗殺者アサシンです」


「さすがに気にするわ」


「あのさ、サイモン鈍感だから、代わりに言うけどさ……そこのオーレンくんは今夜にも『ドラゴン』になるはずなんだよ、どうするつもりなの?」


「……薬をあげるわ」


 シーラは、傍らの小机に置いてあった袋を持ち上げた。

 なにやら粉状のものがぎっしり入っているみたいだった。


「本当に、村長から薬もらってきたの?」


「ええ、貰って来たわ」


「騙されてない? その袋、私の目には【味の素】って見えるんだけど?」


 シーラは、アサシンと視線を交差させたまま、茶色い袋を膝の上にゆっくりと戻した。


「『鑑定』が使えるの……アサシンなのに?」


「へへん、サイモンのためにアイテム買ったの。『カリスマ・メガネ』、知能が上昇して『鑑定』スキルが使えるようになるのよ」


 アサシンは『マイル』を使って、レイヤー向けのアイテムを手に入れていた。


 これは、レイヤーが特定の職業のスキルを使用しているポーズを撮影したいときなどに、レベル上げや転職などの膨大な手間を省けるよう、装備すると関連する職業の初級スキルを使用することができるようにあつらえたものだ。


 基本無料のオンラインゲームにおいて、あまり冒険せずに課金ガチャばかり回してくれるレイヤーは、無課金勢よりも優遇される立場にあるのだ。


「……サイモンのために?」


 アサシンがまた余計なひとことを言ってしまったせいで、むっとしてしまったシーラ。

 どうやら、二人の関係を勘繰り始めているらしい。

 アサシンは、負けじと口をひん曲げた。


「別にいいじゃない、あなたこそ、その【味の素】で、どうするつもりだったの?」


「これは、オーレンが好きだったから……最後に食べさせてあげたくて。

 食べさせたら、ドラゴンになる前に、この剣で首をはねるの」


「……ごめん、何言ってるの?」


 アサシンは、目を見開いた。

 シーラの表情は、ぽっかりと魂が抜け落ちていて、とても冗談を言っているようには見えなかった。

 ちがう、とアサシンは首を振った。


「ちがう、そんなのシーラちゃんじゃない。私ね、シーラちゃんの赤裸々な半生を知ってるのよ。冒険者としてがんばってた事とか、強かったのに変なあだ名つけられて、やめちゃった事とか」


「へ、変なあだ名……」


「シーラちゃんは言ってたよ、前にオーレンくんがドラゴンになりそうになったとき、シーラちゃんがオーレンくんのこと抑えてて、その間に村長が薬を飲ませて、なんとかなったんだって。その薬は、村長がもってるんでしょ? 隠してるなら、私が盗んでこようか?」


「もうないのよ」


「ないの?」


「村長に聞いたのよ、あれが最後の『トキの薬草』だったんだって」


 薬は、一時的に病気を弱体化させても、飲み続けなければ完全に病気をなくすことは難しい。

 村に残された残り僅かな『トキの薬草』を使って、オーレンは延命されていたのだ。


「……ウソでしょ、どうしてそんな事だまってたの」


「どうしてかしらね。村長は、私が薬草を手に入れるために無茶をしているのを知っていたから。

 たとえ見つからなくても、他にも方法はあるんだって思って生きてた方が、希望が持てるんじゃないかと思ってたのよ」


「じゃあ、シーラちゃんは知ってたの? 知っててさっきサイモンに何も言わなかったの?」


「サイモンには、言えないわ。あの人、本気で『トキの薬草』を探すって言ってたから、きっと自分が見つけられなかったことに責任を感じてしまう。

 ここで彼に血まみれの弟を見せるくらいなら、事が終わったら、二人でどこか遠くに旅に出ようと思うのよ」


「シーラちゃぁぁぁぁん!!! そんなバッドエンドやだぁぁぁ!」


 アサシンは、滂沱ぼうだの涙をながして、いやいやとかぶりを振った。


 シーラが傍らに置いている剣を奪おうとしたが、ひらりとシーラに先取され、そのまま壁に顔から突っ込んでしまった。


 アサシンは床にうずくまったまま、痛みに顔を抑えてうめいていた。


「やだ! そんなバッドエンド絶対やだ! ねえGM! 見てるんでしょ! ちょっとこの脚本考えた奴つれてきて! ダメだよ、オーレンくんにとどめを刺す役割をシーラちゃんに与えちゃダメ! もしもそんな展開になったら、私このゲームやめる! ぜったいやめる!」


「アサシンさん、サイモンに会ったら伝えてくれる?」


「なにその遺言みたいな前ふり! やだやだ私そんなのぜったい聞かない、聞きたくない!」


「私、サイモンが『トキの薬草』を見つけてくるって言ったとき、ほんとうは、少しだけ奇跡が起こってくれると思ってたのよ。

 ……けれど、あなたが村から離れたら、きっとオーレンが悲しむから、意地悪を言っただけ。

 いつか私のクエストが終わる日を、信じて待ってるから」


「いやぁぁぁぁー!!!! ごめんなさいいいいー!!!! 私が不甲斐ないばかりにぃぃぃー!!! 何の成果も得られませんでしたぁぁぁー!!!」


 アサシンは、床の上にガンガン頭を打ち付けて謝った。

 体力ゲージがじゃっかん削れて、額から血のようなライトエフェクトが流れていた。


「あ、あかん、ダメだ、サイモン呼ばなきゃ! ひとりじゃ無理! これはヤバいイベントに首をつっこんじゃった! サイモーン! もう『鳥』とかどうでもいいから、こっちきてー! メインヒロインが大変なことになってるよー!」


 サイモンのいる門を目指して、アサシンも家から飛び出していってしまった。


 シーラはぽかんとそちらを見て、あっけにとられていた。


「『鳥』がどうしたのかしら……?」


「シーラ姉ちゃん……ごめんなさい」


 アサシンがうるさくわめいていたせいか、オーレンは少しだけ意識を取り戻した。

 目を薄く開いて、ほとんど何も見えていないみたいな混濁した表情で、姉を見上げていた。


「オーレン、目を覚ましたの?」


「ごめんなさい、僕は、姉ちゃんにずっと、迷惑をかけっぱなしだった」


「余計な心配しないの。オーレンがいなかったら、私はたぶん味の素が美味しいって知らなかったし、毎朝モンスターの肉を食べてたわ。持ちつ持たれつよ」


「僕もなんだ、サイモンが『トキの薬草』を見つけてくるって言ったとき、ほんとうは僕も、少しだけ奇跡が起こってくれると、思ってた……。

 サイモンを信じていたんだ。けれど、どうしてだろう、僕は自分の病気が治らないことよりも、サイモンが村からいなくなってしまう事の方が怖くて、言えなかったんだよ……ごめんなさい」


「私と同じね。きっと私の弟だからよ、オーレン」


 シーラは、オーレンの頭をやさしく撫でた。

 それからオーレンがふたたび眠りにつくまで、微笑みながら子守唄を歌った。

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