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ドラゴンの血

 仮想世界の日が沈み、夕闇が訪れた頃。

 リアルの世界では、ちょうど午前5時となっていた。


 ゲームの世界からログアウトしてきた白髪の用心棒は、ゲーミングチェアの繭の中に閉じこもったまま、思考だけでホーム画面を操作していた。


 頭にかぶっているヘッドギアを通じて、数名の冒険者たちと連絡を取り合っている。


「夜勤お疲れ様です、四ノ宮課長」


「なに、寝ながらだったし、だいぶ楽だったよ」


 この冒険者たちは、いずれも先ほどレイドパーティーに参加していたものたちだった。

 彼らは全員、事前に白髪の用心棒によって呼び集められた『S課』の刑事たちだったのである。


 白髪の用心棒は、なんの理由もなくレイドパーティを結成したわけではなかった。

 サイモンという男の情報を、可能な限り集めるためである。

 一度疑った対象は、徹底して調べあげる。


「私はそろそろ事務処理をしなければならないので、すまないが引継ぎをたのむ。調書は葛城かつらぎがまとめていると思うので、読んでおいてくれ」


 引継ぎの要点をまとめると、深夜から平日の朝までログインし続けている未成年の少女がいる。

 その家族から、見知らぬ男にそそのかされて仮想世界から戻って来ないという通報があった。


 あくまで表向きは、その調査の後始末ということだった。


「ここまでの調査では、犯人はNPCしか見つけられなかったが、そろそろ他のプレイヤーと接触する恐れがある。

 その前に、君たちが彼女とパーティを組んで保護して欲しい。その上で、無事にログアウトするまで見届けるように」


 だが、白髪の用心棒は、さして心配していなかった。

 なにせ、アサシンは生粋の人見知りだったからだ。


***


 先刻のゲーム世界でのやり取りを思い出す。

 サイモン率いるレイドパーティは、砂漠のワイバーンを絶滅させたが、けっきょく『トキの薬草』は出なかった。


 離れたところでフィールドを探してくれたアサシンも、成果がなかったらしく、がっくりうなだれて座り込んでいた。

 砂漠のど真ん中にぽつんと三角すわりしているアサシンに、サイモンたちは近づいていった。


「だめだった……条件のヒントが少なすぎるよ」


「可能性のひとつがつぶれただけだよ。どうだい、これから東の海の方でもやってみるかね?」


「いや……俺はもう帰る約束があるからな。ヘカタン村に戻るよ」


 サイモンが、村に残してきたシーラの事を思いながら言うと、アサシンはぴーんと直感したのか、張り合うように立ち上がった。


「私も、サイモンと一緒に行く」


「普通、そういう意思決定をするのは人間の方だと思うのだがね。サイモン、君は本当にNPCなのか?」


「正直、自分もひょっとしたら人間なんじゃないかと思っていたことがある。けれどそれは、単なる思い上がりだったみたいだ」


 サイモンは、首をふって言った。


「どうやら俺は絶望的なぐらい、リアルの世界のことを知らないらしい。つまりそれは俺が、この世界で生まれた人間ということだと思うよ」


 彼の背後で、なにやらアサシンが、くすくす笑っていた。

 何がおかしいのか知らない白髪の用心棒は、肩をすくめて苦笑いをうかべた。


「じゃあ、またこんど君たちと一緒にパーティを組めるかな? ああ、そうだ、フレンド登録しよう。連絡が取りやすいように」


「いいぞ」


「ふ、フレッ……!!!!」


 サイモンは乗り気だったが、アサシンは、びしり、と硬直してしまった。

 凄まじい勢いで砂漠の遠くに行ってしまう。


 アサシンのプロフィールは変えられないので、もちろん見られたらまずいが、ヘッダー画像の差し替えもまだしていないのだ。


 あのヘッダー画像は、フレンド登録どころか、アイテムのやり取りをしただけで見ることが可能だった。

 運良くいままでタップされていないだけだ。


「あっ、あのー! そのー! ちょ、ちょ、ちょっと、それは私たち、まだ、はやいんじゃないかなーって!」


「そうか、じゃあ、サブ・パーティを組んでおこうか。せめて海に行く時に連絡を取りやすいように」


「パーティもダメー!」


 アサシンは、ぶんぶん顔を振って涙をぽろぽろ飛ばしていた。

 白髪の用心棒は、どうして急に嫌われたのか分からず、びっくりしていた。


「だ、だって、こ、こんな時間までプレイしているなんて、ぜったい変な人だし……! お母さんの言いつけなんです、深夜まで遊ばないことと、知らない人とフレンド登録をしないことって……!」


「あらら、意外と身持ちが硬い。どっちも破ってる気がするが、サイモンはいいのかね?」


「アサシンは、俺とフレ登録したときもこんな感じだったぞ」


「うーッ!!!」


 牙を剥いて警戒するアサシン。

 近づくと噛みつかれてしまいそうだったので、白髪の用心棒はあきらめた。


 これなら、きっと大丈夫だろう。

 ふっと笑って肩をすくめた。


「まあ、おなじ世界をめぐっていれば、また会う事もあるだろう。その時こそ、登録たのむよ」


***


 恐らく、アサシンはやすやすと男につけこまれるような軽い女の子ではない。

 隣にはサイモンもいることだし、彼はこの世界からログアウトしたりしない、優秀な番人だ。


 白髪の用心棒は、形式的に業務を引き継いだが、とくに心配していなかった。


「以上だ、何か質問はあるかね?」


「少女は保護するのですか? 犯人が警戒して近寄らなくなるのでは?」


「いいや、犯人は見つけたよ……NPCだ」


 白髪の用心棒は、そこでふと何かに思い当たった。

 小机に置いてあったメガネをかけて、小さく伸びをする。


「どうやら私はゲームの中よりも、リアルの世界で動く方が性にあっているようだ。

 ……ちょっと、出かけてくるよ。このゲームの開発者に、直接話を聞いてこようと思う」


***


 リアルの世界では午前5時すぎ。

 この世界では、日が落ちて間もなく。


 サイモンとアサシンは、ヘキサン村の転移ポートから出て、ヘカタン村までの暗い道のりを歩いていた。


 けっきょく『トキの薬草』を手に入れることはできなかったが、オーレンの竜の血が目覚めることが分かっているのなら、せめて彼のそばにいようと考えていたのだ。


「アサシンも、来るか?」


 アサシンは、ぷるぷると首を横に振った。


「いい……また何か変なこと言って、シーラを傷つけちゃうから。仲直りするには、ちょっと時間が足りなさすぎる」


「そうか。また今度、会ってやってくれ。シーラもお前のことを嫌いじゃなかったと思うよ」


「うん……」


 オーレンの家は、窓から黄色い明かりが漏れて、かまどのように見えた。

 シーラはクリスタルの明かりを部屋の至る所に置いて、ベッドの上のオーレンをじっと見つめていた。


「ただいま、シーラ」


「……おかえりなさい」


 シーラは、心なしかやつれていた。

 目のあたりに、何度も泣いた形跡がある。


 オーレンは、寝顔こそ安らかだったが、すべての気力が尽きたかのように眠っていた。

 また発作が起こっていたのだ。


「この子、私に隠してたのね……どんどん病状が悪化してる……」


「何か欲しいものはあるか。村長に薬を貰ってこよう。前は、それで抑えられたんだろう?」


「……もう貰って来たわ」


「そうか」


「心配しないで。オーレンは私が見ているから、大丈夫」


 サイモンは、頷いた。

 これで今夜の『ドラゴン』の出現は、恐らくないはずだ。

 ようやく門番に専念できる。

 そう思うと、腕がなった。


「今日こそまってろよ、『鳥』……!」

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