ログアウトの約束(後編)
『プロフィール』とは、リアルの世界のブルーアイコンたちが自分の人となりを書き記したものだとサイモンは覚えている。
モンクによると、仮想世界にログインする装置『ヘッドギア』を使うときに登録を求められるもので、『アカウント』ごとに公開する情報のレベルを細かく設定することができる。
当然、記されるのは、この世界の外の情報ということになるので、地名や職業などが書かれていても、サイモンには訳の分からない単語だらけだった。
ちなみに、サイモンの情報はすべて『非公開』になっていた。
この設定を切り替えるには、一度ログアウトしてホーム画面に行く必要がある。
どう頑張ってもサイモンには確認できない。
サイモンは、アサシンの『プロフィール画面』を開いた。
いつもチャット履歴の一番上にアサシンの名前があるので、そのまま指でタップするだけでよかった。
見慣れない単語がぎっしり並んでいて、サイモンは目をじっとこらした。
文字をひとつひとつ解読するのには、時間がかかる。
だが、その前に、まず目に飛び込んできた大きなヘッダー画像を見て、眉をしかめた。
そこには、筋肉むきむきでハダカのサイモンが写っている。
画像をタップしてみると拡大され、さらに広範囲が映し出された。
サイモンの脇には、川で水しぶきを上げながらハダカで働いている『白髪の用心棒』と、彼の相棒の『長髪の用心棒』も写っていた。
トリオン村での一幕だ。3人とも、生き生きとした、とてもいい表情をしている。
「お前、ひょっとして、これをあの爺さんに見られたくなかったのか……? スミスにも、見られたくなくて隠していた? そういう事なのか?」
「……どうしよう、きっと怒られるよね……?」
「それは知らんが、その前に、どうして俺に怒られるとは思わなかったんだ」
「だってサイモンでしょ? きっと許してくれるかなって」
「なんだって?」
解答が異次元だった。
「サイモンはNPCだから、リアルの世界のこととか、あんまり気にしないでしょ?」
「どういう事だ、リアルの世界で俺は一体どんな目にあっているんだ? アサシン、俺は門番だぞ、ヘカタン村のマスコットじゃない。他人にハダカを見られて喜ぶわけないじゃないか」
「へ? あ……ご、ごめん、サイモン、ヘッダーのことよね? そういえば、このヘッダーも見られたらヤバいかも、変えとかないと」
「ヘッダーもとはなんだ、このヘッダーはお前の中では一番の問題じゃなかったとでもいうのか。ひょっとして、これ以上になにか見られたらマズいものがあったのか」
「いや、これは面白いでしょ、だって、ほら見てよ、奇跡的に乳首が水しぶきで隠れていて、運営のフィルタリングを免れたミラクル・ショットなんだよ。サイモンの体エロいから何度も弾かれて大変だったわ」
「たのむから、俺の質問に答えてくれ、お前の見られたらマズいものは一体なんだったんだ」
「え? だからサイモンの乳首がよ」
「いったんヘッダーの話から離れてくれ。お前が誰ともフレンド登録するのを拒んでいるのは、それよりも大事な問題があるからなんだろう。俺はプロフィールの文字が簡単には読めないんだ。お前の見られたらマズいものとは、一体なんなんだ?」
「いや、違くて、これも確かにヤバいけど、これはゲームにログインしないと見られない奴だから問題ないの……だから、私のプロフィールなんだってば……これ、よく見て……」
時芝優菜 49歳
「なるほど、これがお前のリアルの名前というわけか……49歳……49歳!?」
明らかに異常な年齢に、サイモンは思わず二度見した。
ヘカタン村(平均寿命50歳)では長老に迫る高齢である。
リアルの世界の平均寿命を知らないサイモンに、動揺するなと言ったほうが無理な話だった。
「こ、これが……リアルのお前……なのか……? かなり年齢が……高い……な……?」
アサシンをよく知るブルーアイコンが見れば、すぐに『親のアカウントを使ってゲームをする子供』という真相が思いつくだろう。
なぜなら、その後に『時芝法律事務所 弁護士 バーチャル面談用アカウント』などという肩書きがあり、どうやらがっつりビジネス用に作られたアカウントであることが一目瞭然だからだ。
こういうビジネス用のアカウントは、休日や夜の時間帯になると放置されっぱなしになるため、子どもがこっそり使ってこっそり元に戻せばわりとバレない。
アサシンは、その隙をついて大人のアカウントを利用することを覚え、大人のゲームを楽しんでいるのである。
どうやらリアル世界でもアサシンの素養があるらしかった。
(落ち着け、こういう場合、疑うべきは自分の常識のほうだ……!)
だが、リアル世界の常識が全くなかったサイモンに、そんな器用な解釈ができるはずなどなかった。
間違っているのは自分の常識のほうだと考えてしまう。
とにかく、リアル世界のアサシンは、ここに書かれている通りのステータスを持っているはずなのだ。
(いやまてよ、たしかアサシンは『未成年』だと聞いたような気がするぞ。あれはいったい何だったんだ?)
サイモンの記憶が正しければ、『スノードワーフ』のスミスは自分を28歳と言っていた。(自己紹介のとき、その単語しか理解できなかった)
あれほど熟練の腕を持つ『スノードワーフ』なら、もう100歳は年齢を重ねていてもおかしくなかったのだが。
スミスが本当は『ドワーフ』のアバターを使っているだけの『人間』なのだと考えれば、納得がいく。
『人間』ならば、28歳はすでに成人して、教師として働いている年齢だ、なにも違和感はない。
では、どうして49歳のアサシンの方が『未成年』と言われ、スミスにまるで子どものように扱われているのだろうか。
サイモンは、はっと気づいた。
「なるほど……逆だったのか……」
現実世界を知らないAIであるサイモンは、自分の知っている世界の常識を使って、とんでもない結論を導き出してしまった。
つまり、『ドワーフ』のスミスがリアルでは『人間』だったように。
『人間』のアサシンは、リアルでは『エルフ』や『ドワーフ』のような長命種なのだということだ。
これならサイモンも納得だ。
なにひとつ矛盾しない。
サイモンの世界の『エルフ』も、人間から身を隠してひっそりと森に生きる種族だ。
こんなプロフィールを人間に見られれば、すぐに『エルフ』だとばれてしまうだろう。
アサシンも同様に、他のブルーアイコンに自分の正体を知られたくはないのだ。
すなわち、これが『ハルシネーション』である。
すべてを理解したサイモンは、アサシンと顔を見合わせた。
真剣な顔つきで、アサシンは頷く。
「詳しい事情は言いたくないけど……私じゃ、このプロフィールを非公開にできないのよ……アカウントの管理者に通知がいっちゃうの」
「そうなのか……それじゃあ無理だな」
サイモンは、生まれて初めての『エルフ』との遭遇に緊張していた。
管理者がいて、自分の『プロフィール』を自由に使う事が許されていないとは、さすが『エルフ』の村は厳格なようだ。
アサシンは、サイモンが賢いことを知っているので、すべてを理解したのだと考えた。
まさか、リアルの世界にも普通に『エルフ』や『ドワーフ』がいると思っているなど、想像もつかない。
じっさいはとんでもない『ハルシネーション』が起こっているのだが。
人差し指を立てて、しー、と言い含めるように、唇にあてがった。
「誰にも内緒よ。サイモンにしか言ってないからね。……じつは、この番号に電話したら、私のお母さんのスマホに繋がるのよ……」
「なんだと、そんなことが……」
サイモンは、ごくり、と喉を鳴らした。
アサシンが未成年で、その母親ということは、理論上、倍の年齢はゆうに超えていなくてはならないはずだからだ。
100歳超えの『ハイエルフ』だ。
サイモンの中で、アサシン母のイメージが一気に固まった。
「だから、人に見られたら本当に困るのよ……あ、チャットは大丈夫にしてあるから……いつでもガンガン送ってきて欲しいので、ください」
「……わかった、お前の家庭にも色々な事情があったんだな、アサシン」
「うん、ごめんね、サイモン」
謎の多いアサシンは、なにか諦めきれないように、ふうと息をついた。
月の昇りはじめた砂漠の風が、彼女の髪をさらりと撫でていった。
その瞳から、こらえきれなかった一筋の涙がこぼれ落ちる。
アサシンは、分厚い手袋で涙をぬぐった。
「もうすぐ、お母さんが起きてくる時間だから、私それまでにログアウトしなきゃ……」
「そうか……色々ありがとう、助かったよ」
「ごめんね、最後まで一緒に居たかったけど……ほんとうに……ほんとうに、ごめんね、サイモン」
アサシンはサイモンにしがみついて、心から口惜しそうに謝っていた。
その時だけは、彼女は本物の『エルフ』のようにはかなげに見えた。
ちなみに、あとで真相を知り、すべての誤解が解けたとき、サイモンはひどくがっかりする事になるのだが。
アサシンは対照的に大よろこびして、笑い転げ、いつまでもネタにし続けたのだった。
「サイモン、決めたよ。私、サイモンと結婚する」
「大人になるのが先だろ」
「大丈夫、私もう49歳だし?」
彼女自身のプロフィールを、この世界の誰も知らない。




