旅立ちの決意
「おっ、旦那、今日はべっぴんさんを連れてるじゃないですか」
「べっぴんさん?」
「旦那の奥さんですかい? にくいねぇ!」
「そ、そんな……うへへ、ちょっと聞いた? サイモンさん、奥さんですって! やばない? やばない?」
よほど嬉しいのか、サイモンの鎧のひたたれ(腰のあたりを保護する板状の部品)を掴んでニヤニヤするアサシン。
いつもはNPCと会話するのも怖いとかで、街中でも【潜伏状態】なのだが。
今日に限っては、なぜか姿を現していた。
服装も火炎玄武シリーズの淡い緑色にあわせてアレンジし、心なしかお洒落になっている。
しかし、サイモンはそれにまったく気づいていなかった。
「アッドス、お前には『あれ』が見えるのか?」
「えっ? するってーと、旦那には、あの女の子が見えないんですかい……? ひえええぇっ!?」
「どんな関係の夫婦よ!? 塩対応やめてよサイモン! 念仏となえるなアルドス! 私そんなにメンタル強くないんだから!」
いつもだいたい姿を隠しているし、チャットだけで会話するので、すっかり顔を見る習慣がなくなっていたのだ。
「なんだ、今日は【潜伏状態】じゃなかったのか、アサシン。言ってくれないと分からないだろ」
「あのねー! 『『トキの薬草』を一緒に探してくれ、お前の力が必要なんだ、愛してる(?)』って言ってきたのは、サイモンでしょ!? 私も本気なんだよ!?」
「そうか、だから聞き込みをするために【潜伏状態】を解除しているのか。けど、それだと俺と一緒にいても意味がなくないか?」
「ひ……ひとりで聞き込みとか……! まだ、ハードル高いから……! 一緒じゃないと……いやだもん……!」
「仕方ないな、じゃあ慣れるまで一緒に居ろよ?」
「旦那ぁ、痴話げんかはよそでやってくださいよ……」
サイモンは、いつも通り市場の商人アッドスの元を訪れていた。
カートの中のメニューはいつもと若干違っていて、今日はとくに魚が大量に入荷しているようだ。
「なんでも、トリオン村で大漁になったらしいんでさぁ」
「良い事だ。ところで、『トキの薬草』について聞いたことはないか?」
「『トキの薬草』? 聞いたことがないアイテムですねぇ」
「開拓時代から、もう何十年も見つかっていないそうだ」
「うーん」
本当にそんなアイテムがあるのか。
サイモンも正直、半信半疑だった。
モンスター化の病に効くというのも、ひょっとしたら単なるデマかもしれない。
アッドスは、ぽん、と手を打った。
「はいはい! 旦那は『ドラゴン』ってモンスターはご存知で?」
「聞いたことはある」
「『ドラゴン』の血だまりに咲く薬草らしいんですよ! 『トキの薬草』は! 葉がトキ色に染まるからそう名前がついたんだとか!」
さすが商人アッドス、鑑定スキルは低いそうだが、長年の蓄積によって様々なアイテムに精通していた。
「本来は普通の薬草らしいんですが、特別にモンスターの血に強くなるんでしょうかね。たいていの呪いを消しちまうそうなんです。ほとんど枯れちまうから、育てるのは至難の技だったとか」
「……てことは、『ドラゴン』がいる場所を探せばいいんじゃない? みつかるかもよ、サイモン!」
「ああ……そう、思うかもしれないが……」
商人アッドスは、困ったように頭をぽりぽりかいていた。
サイモンは、困るのももっともだと頷いた。
「この国の『ドラゴン』はもういないんだよ、アサシン。いまはもう、帝国にしかいないんだ」
***
開拓時代、港町に集まった人々は、冒険者としてこの島を探索し、あらゆるモンスターから素材を集めてまわった。
とくに魔の山の『ドラゴン』は、ウロコは鎧に、爪は剣に、肝は魔法薬に、強力な素材を大量に産み落としたため、恰好の標的となった。
最盛期には『ドラゴンスレイヤー』なる専門の狩人まで現れていた。
冒険者たちがこれ以上力をつけるのを恐れた『ドラゴン』たちは、やがてこの国の人々の前から姿を消し、『トキの薬草』も一緒に消えたのだ。
ひょっとすると、帝国領に行けばまだ手に入るかもしれない。
帝国は、数多のモンスターを使役して、いまなお戦争に使っている。
(あのとき、俺がオーレンの病気を知っていれば……)
村のことを省みず、ただ怒りに任せて飛び出していったのが悔やまれた。
なにかを守るためではなく、戦うための戦いだった。
門番になったいまは、少し違うと思う。
サイモンは、そのままオーレンの家にお邪魔した。
アサシンは「私は外で潜伏してる……終わったら呼んで」と言っていた。
「シーラちゃんの顔見るの、ちょっと辛いの……きっと私の事を覚えていないだろうから、泣いちゃいそう」
「そうか、俺もそうだよ」
口でいいながら、サイモンは、そこまで感傷的にはなっていなかった。
目の前にいないから気づかなかっただけで、シーラはこれまで何度もリスポーンしていたのだ。
そう、彼の感じている憤りは、いつもと同じだった。
サイモンがドアを開くと、シーラは、昨日の事が何もなかったかのように、そこに居た。
「あら、おはよう、サイモン。どうしたの?」
「ああ……朝食を食べに来たんだ」
「そう。あがって」
家の奥で、ベッドに座り込んでいるオーレンは、ぱあっと顔を明るくした。
「サイモン、来てくれたの?」
「ああ」
「やったね、今日は珍しく美味しいから、運がよかったよ!」
「あんまりハードル上げないで、いつも通りよ?」
「楽しみにしているよ」
サイモンが席につくと、料理がよそおわれた。
それは、いつも通りのシーラの料理だった。
【シーラの手料理】河原の石ころのようにぶつ切りにした食材を、海底火山のような強火でぐつぐつ煮込んだ海鮮シチュー風の料理。ほどよい塩味に、シーフードのうまみが濃縮されている。攻撃力微上昇、防御力微上昇、空腹予防、各30分。
文言を見ると、確かに成長していた。
食べてみたら、本当に美味しい。
昨日よりも、スキルが上達したのだ。
そう言えば、彼女は毎日、料理を作ってくれていたのだ。
サイモンが気づかなかっただけで、その経験は、少しずつ積み重なっている。
これまでのシーラは、消えてなどいなかった。
「シーラ」
サイモンは、シーラの手を握った。
シーラは目を大きく見開いて、固まってしまった。
「大事な話がある。今日はギルドに行かないでくれ」
「どうしたの?」
「俺が代わりに『トキの薬草』を手に入れる。だから……今日は一日、オーレンのそばにいてやってほしい」
いままでは、シーラが村を空けていたから問題が起こっていた。
危険をともなうかもしれないが、オーレンの病状に気づいて対処できるのは、シーラだけだ。
きょとんとしていたシーラは、ぷっと噴き出した。
こらえきれずに、お腹をかかえてわらっている。
「あはは、サイモンが手に入れてくれるんだ? 助かるわー」
「……ああ」
そう言えば、荒唐無稽な話をしてしまった。
たとえ信じられなくとも、サイモンの覚悟は変わらない。
帝国にたどりつくまで、長いことこの村をあけることになるだろう。
何年かかるかは分からない。
だが、シーラに本当のことを言っても、不安にさせるだけだ。
サイモンは、あわてて言い直した。
「いや、間違えた、言い間違えたんだ。俺が代わりにギルドに行ってくるんだ」
「けど、サイモンってさー、Aランククエスト受けられたっけ? Bランクでやめちゃったのよね?」
「だから、間違えたんだよ。ギルドに行くだけなら、俺でもできるだろ?」
「どこにあるか分からないのよ? 何年かかるかもしれないし、サイモンが戻ってきたら、私たち、お爺さんお婆さんになってるかもしれないわよ?」
「……シーラ、だから、依頼を更新してくるだけだからさ……」
シーラは、急に泣き始めた。
サイモンの胸に飛び込んで行って、顔をうずめた。
「ウソか本当かぐらい、顔を見たら分かるわよ……サイモン!」
サイモンは、手を挙げて降参した。
やはりシーラの前でウソはつけない。
サイモンは泣いているシーラの背中を撫でた。
「わかった……わかったよ。今日はギルドに行くだけにするから。夜には戻ってくるから、オーレンの側にいてやってくれ。今日一日だけでいい」
「サイモン……帝国に戻っちゃうの?」
オーレンは、蒼白な顔をして言った。
将来のためにいろんな本から知識を得ている彼は、『トキの薬草』の所在も調べている。
おそらく、モンスターの巣窟である帝国にしかないことも知っているだろう。
「そんなことしなくたって、平気だよ、サイモン。最近は、具合がすごくいいんだよ。村で待ってたら、そのうち治っちゃうよ、これ」
サイモンは、オーレンの頭に手をのせて、ぐしぐしと撫でてやった。
「お前は優しいな、オーレン。お土産は何がいい? 特別になんでも買ってきてやるよ」
「……ダイソンが欲しい」
サイモンは、にっと笑って力こぶを作った。
「わかった。こってり脂ののったダイソンを買ってきてやる。オーレンが食いきれないぐらい太ったやつを、2頭ぐらいな」
「あれ? ねぇサイモン、ぼくさすがにダイソンを料理する腕前はないよ……?」
「だいじょうぶよ、オーレン。姉さんがシメ方おしえるわ」
シーラは赤くなった目をこすって、言った。
「なんなら庭で飼ってもいいんじゃない? 牧場に子どもサイズのダイソンがいないか聞いてみたら?」
「メスがいいな、毎朝ミルクが飲めた方がいいだろう。たしか旧家に飼い葉桶があったぞ。持ってこよう」
「まってサイモン、ダイソンってミルク出すの? タマゴ生むんじゃなかったっけ?」
「2人が結婚してないのが不思議になってきたよ」
すっかりダイソンを飼う話で盛り上がっている2人を見て、オーレンは開いた口がふさがらなかったのだった。




