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手羽先

 ヘキサン村の転移ポートから出てきたサイモンたち一行は、急いで山の斜面を駆けあがった。


 月のない新月の夜だったが、この世界の日付が切り替わった瞬間、辺りがさらに暗くなったように思われた。


「あ、あれ!」


 空を見上げると、『鳥』の姿が見えた。


 リアルでの時刻は、午前4時ちょうど。

 レイド戦の時間だ。


 この世界を包み込みそうな巨大な翼に、いっそう光を増した星の光をあび、海底の深海魚のように悠然と泳ぎ続けている。


 サイモンたちが、まだヘカタン村から少し山を下った位置にいるためか、真上に見上げるような角度で遭遇した。


「これが『鳥』……うそでしょ、こんなに大きいの?」


「どうしようこれ、もうレイド戦はじまっちゃってるよね?」


「アサシン、バフを頼む。視界メモリーを起動させてくれ」


 サイモンは、槍を空に向けて構えたが、遠すぎる。

 村の入り口よりも近づいたと思ったが、鳥までまだ100メートル以上の距離がある。


 彼の【紫電突】で移動できるのはせいぜい10メートル、連続で発動させたとしても、無謀な挑戦になるだろう。


「ふたりとも、攻撃に備えてくれ、今回はどうなるか分からないが、俺は出来る限り耐えてみる。シーラもなるべく遠くに……シーラ!?」


 サイモンのすぐ隣にいたシーラの姿が消えた。


 マップで確認したが、彼女のホワイトアイコンの位置は、さっきと変わっていない。


 真上にいる。

 見上げると、彼女はすでにとてつもない跳躍によって、真下から『鳥』の首もとに迫っていた。

 オーガ・キングを仕留めた時と同じ、謎のスキルだ。


「手羽先ーッ!」


 シーラの剣が降られたのが、遥か下からでも見えた。

 まるで雲間を雷光がほとばしったかのように明るい。


 首にダメージを受けた『鳥』は、わずかに体をゆすぶって、まるで苦しみもがくような動きを見せた。


「効いた!」


 まるで浮遊島ぐらい巨大な赤いアイコンにじっと目を凝らすと、細い糸のようなものが輪っかを作っているように見える。

 どうやら、あれが体力ゲージだ。始まりと終わりが見えない。気の遠くなるような、とてつもない体力だった。


 最初の一撃を入れたシーラは、鳥の背に乗って、しばらく息を切らしていた。

 スキル発動後のリキャスト時間がかかっているのだ。


 よほど強力なスキルなのだろう、すぐに行動することが出来ない。


 サイモンは、すぐさま彼女のフォローに入るべきだと理解した。

 だが、あまりに遠すぎる。


「アサシン、シーラをフォローしてくれ!」


「よし、いくよ!」


 アサシンが両手を組み合わせて、全体バフスキルを発動する。

 山伏レンジャースキル、第2階梯、【いととき行脚】。


 サイモン、アサシン、シーラの体から金色の光が沸き上がった。


 パーティーメンバーのすべての速度が上がるスキルだ。

 リキャスト時間の回復も加速し、シーラの待機時間も残りわずかとなった。


 山頂を目指して飛ぶ『鳥』との距離は、若干近づきつつあった。

 シーラの攻撃を受けて、『鳥』の高度がぐんと下がっている。

 だが、まだ足りない。

 サイモンの攻撃では届かない。

 せめてあと少し。

 そこなら手が届く。


「シーラ! あと一発だ!」


「まかせて、サイモン!」


 息を整え、シーラは剣を振り上げた。

 さらに追撃を重ねようとする。


 その瞬間、異変が起こった。

 視界が白くなり、一気に山全体が炎に包まれたのだ。


 爆風が吹き荒れ、サイモンは山の斜面を転がっていった。

 視界に表れたサイモン自身の緑色のライフゲージが、凄まじい早さで減少していく。


「ぐお……おおッ!」


 見えた。

 レベルを26まで上げ、火炎玄武の装備を整え、バフをかけて。

 ようやく自分のライフゲージが減っていく瞬間が見えた。


 ゲージが真っ赤に染まり、空になる。

 その間、たった1秒。

 だが、その1秒の間に、サイモンは全感覚を総動員して、多くの知見を得た。


 マップ上に浮かんでいたアイコンは、すでに『巨鳥』とサイモンの分しか残っていない。

 ホワイトアイコンも、ブルーアイコンも消滅していた。


 さらに、ログには新たな文字が追加される。


『アサシンがロストしました』


『シーラがロストしました』


 全身が燃え上がり、白い灰になりながら、サイモンは地面に跪いた。

 再び彼らとあえることを強く願った。

 果たして、こんなことに意味があったのだろうか?

 地獄の先には、さらなる地獄しかない。

 いったいどうすれば彼は村を救えるのだろう。


 そのとき。

 マップ上に、別のレッドアイコンが浮かんでいるのが見えた。


 サイモンは、そちらに顔を向けた。

 気がつくと、風の向きがおかしい。


 どうやらこの炎は、『鳥』からではなく、山の上から吹いてくるらしかった。

 いまだに火を吹く爆心地に、サイモンは目を向けた。


 そこはヘカタン村の中心だった。

 もはや村があったのかどうかも定かではない、炭でできた柱が複雑に入り乱れた平地の一角。


 だが、村の入り口の古木は、ずっと同じ場所に立っているので、すぐに分かる。


 真っ赤に燃え盛る炭が敷き詰められた一角に、黒い影が立っていた。

 崩れた家の中から、黒々としたウロコに包まれたトカゲが、二足歩行で立ち上がるのが見えた。


***


 気がつくと、サイモンはヘカタン村の門の前に立っていた。


 静かな山には朝の気配が漂い、古木で鳥がちちちと鳴いて、ウサギがのそのそと石塀の巣から出てくるところだった。


 サイモンは、その場に座り込んだ。


「そんな……」


 黒々とした体のトカゲ。

 その姿には、見覚えがある。

 サイモンは、いそいでメニューを開いて、視界メモリーを探した。


 ずっと前。

 シーラが持ってきたHランクの依頼書を、録画していたのだ。


 その依頼書の中に、そのトカゲの姿はあった。


『ドラゴン』S


 映像の中で、シーラが、ぱっと依頼書を隠してしまった。


『あ……こ、これはダメ! お願い、倒さないで……間違えて、持ってきちゃった』


 うろたえるシーラの瞳に、サイモンはどこか既視感があった。


 弟の看病をする時の目だ。


 あのときは分からなかった。

 今の彼は、シーラの全てを知っている。


「……お前だったのか、オーレン」


 突然、という訳ではない、予兆はあった。

 オーレンは今日、朝の時点ですでに二回も発作を起こしていたのだ。


『混交竜血』の病状は、シーラに気づかれなかっただけで、間違いなく悪化している。


 古木の位置と方向を確認したが、間違いない。

 黒トカゲが出てきたのは、オーレンの家からだ。


「サイモン! どうだった!?」


 アサシンがやってきた。

 サイモンがリスポーンするタイミングを見計らって、石盤から直接ここまで走ってきたらしい。


 サイモンは、視界メモリーを再生していた。

 先ほどのレイド戦の中で、気になっている部分を何度も何度も再生している。


 シーラが『鳥』に最初の一撃を入れた場面だ。


『手羽先ーッ!』


 サイモンが何度も何度も再生するので、アサシンも、そのメニューの画面をのぞき込んだ。


『手羽先ーッ!』


「ああ……それは……」


 アサシンは、呼吸を整えながら言った。


「たぶん、シーラちゃんも『鳥』を倒したら何料理にするか考えてたんだと思う。あまり気にしないであげて」


「いや、俺は『鳥』との戦い方を研究しているだけだが……」


「せめて音声オフにしてあげて。シーラちゃんの尊厳が。何か分かったことあるの?」


「ああ、この『鳥』そのものは、大して強くない……戦い方次第だろう」


 サイモンは、のどかなヘカタン村の入り口に目を向けた。


「強い奴は、村の中にもう1人いた。オーレンだ」


 もう何度も同じことを繰り返している、この世界。

 きっと今日も、どこからともなく『鳥』が現れ、村の中で目覚めた『ドラゴン』が全てを焼き払うのだろう。


 それが『運命プログラム』の定めだ。


 だが、サイモンは、おそらくそれと戦おうとしている。

 方法は、すでに思いついていた。


「アサシン、俺と『トキの薬草』を探してくれ……まずはオーレンのクエストを完了させ、それから『鳥』と戦う対策を練る」


 NPCたちの中に、同じ一日を繰り返していない者がいる。


 冒険者ギルドのクエストだ。

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