ナイトメア
サイモンとアサシンは、トリオン村のモンスター『カプリコーン』を探して、村を方々歩きまわっていた。
川に沿って下流に歩いていくと、幅の広くなった渓流に、大量のヤギの群れがひしめき合っていた。
下半身が魚で、まるで川登りをするサケのように、あちこちでバシャバシャ尾ひれをはためかせている。
めーめー鳴きながら、川岸の樹木を角でメキメキと砕き、川に引きずり込んではバリボリ食べている。
川沿いの森はほとんど食いつくされ、丸裸になっていた。
これもまた深刻な環境破壊をもたらすタイプのモンスターである。
「こ、これが『カプリコーン』……てか、めちゃくちゃ多いぃ!」
「行くぞアサシン、昼までに終わらせよう」
「あ、サイモン待って!」
サイモンは待たずに槍を構えると、カプリコーンの群れに突撃していった。
カプリコーンたちは攻撃を察知すると、魚類のように素早く身をひるがえし、とぷんとぷんと水中に逃げ込んでしまう。
水中に潜ったままだと、サイモンには手が出せない。
「これは厄介だ……回避能力が高すぎるな」
「待ってってば、私がデバフをかけるから!」
アサシンは、両手を組み合わせて念じはじめた。
山伏スキル、第6階梯【あかねさす霧】が発動する。
甘ったるい香りの霧が立ち込め、カプリコーンたちは鼻をひくひく動かして、やがて仰向けにひっくり返って眠り始めた。
まるで気を失ったコイのように、川面にぷかぷか浮かんでいる。
「こんなに【睡眠】にかかりやすい奴は初めて見た」
「モンスターには弱点があるのよ、ちゃんと事前学習しなきゃ」
「なるほど、さすがアサシンだ。見直した」
「ふへへぇー♡ も、もー、サイモンったら……ちょっ、ちょっと、まって! やめてサイモン。どこかで『警察』が今のやり取りを見ていたかもしれない……!」
一瞬のろけていたアサシンは急に怯え始めて、きょろきょろ周囲を見渡した。
スミスの忠告を受けてから、やたらと周囲を警戒するようになっていた。
サイモンは気にしていなかったのだが、どうやらこのゲームに『覆面警察』がいるらしい、という話だった。
ぜったいにスミスは面白がっているが、真に受けているアサシンがかわいそうだった。
「アサシン。そういうのは、気にした所できりがないぞ。普通にしていれば何も起こらない」
王都でも、冒険者や民間人のふりをした兵士が巡回していたりする。
いわゆる斥候と呼ばれる専門職もいるくらいなのだが。
もともと悪人を取り締まるのが仕事なので、こちらが悪い事をしなければ、基本的になにもしてこない。
「でも……冤罪ってあるでしょ。もしも間違って運営に通報されたら、サイモン『垢バン』されるかもしれないんだよ?」
「だから気にするな。俺はもしもの話なんてしたくはないぞ」
『垢バン』というのは、迷惑行為や、反社会的行為をしたと判断されたプレイヤーが、ゲームを管理する運営の手によってアカウントを停止されることを言うらしい。
いわゆる『垢バン』を受けたプレイヤーは、このゲームから強制的にログアウトさせられ、おなじアカウントでは二度とログインできなくなるそうだが。
そもそもサイモンに『アカウント』があるのか、まだよく分からない。
たしかに彼のメニューには、本来NPCなら備わっている筈のない『ログアウトボタン』が今もある。
そのボタンを押すことは、NPCにとって最大の禁忌だ。
その先にあるのは、ただの『無』か、それともプレイヤーのホーム画面なのか、あるいはまだ見ぬ世界なのか。
おそらくその時になってようやく全てがわかるだろう。
だが、「だからなんだ?」というのがサイモンのだした答えだ。
「あいにく、俺は『いつか自分が死ぬかも』なんて考えながら戦えるほど器用にできてないんでね。俺が消えてしまうというのなら、その時は、その時だろうさ」
サイモンは槍を構えると、そのまま突撃した。
眠った状態のカプリコーンを、2、3体まとめて弾き飛ばしながら、岩から岩へと突進する。
アサシンは嬌声を上げた。
「いけー! サイモン! がんばってー!」
どのカプリコーンもレベルは15未満で、サイモンの敵ではない。
アッドスの紹介する依頼はどれもヤバい奴が多かったので、もう少し苦戦を強いられるかと思っていたのだが。
スキルの相性が良ければ、何という事はない相手だ。
次から次へとカプリコーンが現れるが、アサシンが次々と眠らせてくれる。
思う存分カプリコーンを蹴散らしていると、あるとき、サイモンの周囲に急に影が落ちた。
「……上か」
見上げると、谷の幅いっぱいに太ったオットセイのような腹が、サイモンの頭上に浮かんでいた。
とてつもなく巨大なカプリコーンがいる。
そいつは魚のように尾をばたばたと振って、オス同士で争いをするヤギのように、頭についている角を振り下ろしてきた。
それは角ではない。頭から生えている、もっと鋭利な刃のようなもの。
サイモンは寸前でその斬撃を受け流した。
斬頭台のような角が、サイモンの乗っていた岩を半分に切り裂いた。
鉄製の槍が折れそうなほどたわみ、ミーンと振動しながらカプリコーンの一撃に耐えた。
黒いカプリコーンは、いきなり攻撃をしてきたかと思うと、そのまま川面に飛び込んで姿を隠してしまった。
谷が隠れそうなほどの巨体だったはずが、完全に水中に潜って隠れてしまう。
攻撃と撤退を繰り返す、いやな戦法だ。
潜っている間は、こちらの攻撃が一切届かない。
だが、敵性を示すひときわ巨大なレッドアイコンが、縄張りを誇示する淡水魚のように川をいったりきたりしていた。
その隣には、名称が浮かんでいる。
【ナイトメア(カプリコーンLv.39)】
ネームドだった。
しかも、とてつもないレベルの高さである。
レベル40近いモンスターなど、前線で戦ってきたサイモンも見るのは久しぶりである。
「やっぱり、お前の持ってくる依頼にろくなものはないな、アッドス」
にやり、とサイモンは笑った。
だが、これでいい。
今のサイモンが欲しいものは、レベルを上げるための、莫大な経験値だ。




