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フレーバーテキスト(上)

 三日月の夜は更けていく。

 メニューに表示される時刻は、深夜2時40分。

 ヘカタン村にふたたび深夜が訪れた。


「来たわ、レイド戦の時間よ」


 アサシンは、サイモンと手をつないだまま『鳥』を見上げていた。

 サイモンは、もう何度見ただろう。

 いつものペースで、変わることなくゆっくりと村に向かってやってくる『鳥』。

 ぎゅっと繋いだまま離さないアサシンの手を見て、サイモンは言った。


「手を繋いだままだと、動きづらくないか」


「うーん、そもそもレベルがひとつ上がったぐらいで、どうこうなる相手じゃないし……今回は、情報収集に専念しましょうってことで」


「情報収集をするために手をつなぐ必要はないと思うのだが」


「そ、そ、そ、それ?」


 サイモンがもっともな事をいうと、アサシンはぴくり、と反応した。

 わなわな震えて、目に涙をいっぱい浮かべて言った。


「こっ、恐いの……悪い?」


「すまん、そうだな」


 サイモンがその手を握り返すと、アサシンはさらに手を強く握ってきた。


 恐い思いをさせてしまって申し訳なく思うが、アサシンの山伏レンジャースキル、【ゆかしき光】はどうしても必要だ。


 炎や冷気による攻撃への耐性を一時的に上昇させるこのスキルは、これまで様々なクエストでその効果を発揮してくれた。


 正体不明の『鳥』の攻略にも、大きく関わってくるはずだ。


 アサシンは、メニューを開いて調べ物をしている。

 アサシンは前回の『鳥』との戦闘状況を、視界メモリーに記憶していたのだ。

 その画面を広げて、サイモンにも見せてくれた。


「ほら、これがこの前のレイド戦」


 画面には、上空に『鳥』が浮かんでいる様子が映っていた。


 その『鳥』が、ちかっ、ちかっ、と二回、怪しい光を放つ。

 すると、突然視界が真っ黒になり、文字が浮かんだ。


『DEFEAT』


「なんて書いてあるんだ?」


「これ? デフィート、『敗北』ってことかな? ごめんなさい自信ない。あれ、英語よめないの?」


「そんなに沢山の言語は知らない。ひらがなしか読めない」


「かわわわわ……!」


 そもそもサイモンが使っているのはぜんぶ日本語だ。

 視界設定で、ぜんぶ読みがなをふってくれるので、なんとか解読できている状態なのである。


 もちろん、プレイヤーがロストした時の状況など見るのは初めてで、サイモンはむしろそちらに興味を引かれた。


 やがて、目の前に灰色の空間が現れて、サイモンには読めない文字で、多種多様なメニューが表示される。

 何重にも折り重なった複雑なメニューの中心には、なにやら人型の模型のようなものが浮かび上がっていた。


『あれ? あれ? どうして? 何が起こったの!? もー! なによあれー! っざけんな本当クソゲーだわ! ねぇ、サイモン! サイモーン! サ……』


 アサシンは音量をそっと下げた。

 視界メモリーに記録されたアサシンの声が聞こえてきたのだ。


 自分でやっているときは気づかないのだが、こうして客観的にみると恥ずかしいらしい。

 サイモンは目をすがめた。


「ここは……どこだ?」


「ヘッドギアのホーム画面よ。私とモンクはあの『鳥』の攻撃でロストしたの。ゲームから強制ログアウトさせられたから、ここに来たのよ」


「この人形は?」


「この人形は、私のリアルの体ってところかな? 今、体が感じている五感をモニタリングしているヘッドギアの機能で……というか、サイモンも知ってるでしょ?」


「いや、俺にはそもそもリアルの体がないはずだ」


「あー、はいはい、分かってるわよ、そういう設定なのよねー」


 アサシンは、何やら訳知り顔でうんうんうなずいている。


 そういえば、これまでのサイモンがひたすら村の門番をやっているところを、アサシンは見ていなかった。

 なので、色違いのアイコンを手に入れたプレイヤーである説を、本気で疑っているのかもしれない。

 放っておくと面倒なことになりそうな誤解だったので、早めにこの間違いは正さなければならないだろう。


「アサシン、俺は……」


「ほらここ! サイモンここ見て!」


 アサシンは強引にサイモンの言葉を遮ると、視界メモリーの映像を、もう一度頭からスローで再生した。


『鳥』が映り、視界が暗闇に反転する直前。

 サイモンは、じっと『ログ』を見ていたが、変動があったようには見られない。

 どうやらアサシンは、ログの変動が起こるよりも先にログアウトしてしまったようだった。

 文字通り瞬殺されたのだ。


「レベルが23の時は俺もこんな感じだった」


「私の体力、あんたの半分以下だから、そりゃ無理よね。サイモンは、このあとログが増えたところまで見えたのよね?」


「ああ……確かに、増えたのが見えた。一瞬すぎて、よく読めなかったが」


「今度は視界メモリーで記憶しておいてね、サイモン」


「うむ」


 サイモンの視界に、一瞬だけ追加された謎のログ。

 そのログは恐らく、『鳥』の攻撃に関わるものだろう。

 アサシンは、今回サイモンのレベルを上げて、「なんとかそのログを読みとれるまで生き延びよう」という目標を提案した。


「そのログが読めれば、あの攻撃の正体が分かるかもしれない……このゲーム、『前作』と同じ世界観で作ってあるから、ログから効果が推察できると思うの」


「『前作』とはなんだ?」


「VRに移行する前のビデオ型ゲームよ。すごく面白いからやってみて。フルダイブとかはできなかったけど、私はこの前作にクソハマって沼に落ちた。……そして今作では恋に落ちた。ちらっ、ちらっ」


 ちらっ、ちらっ、と気ぜわしそうにサイモンの方を見るアサシン。

 何か言って欲しそうだったが、もちろんサイモンにはあまり意味が通じていなかった。


「あー……落ちてばかりで大変そうだな?」


「受験生になんてひどい事を言うの……サイテーだわ、私じゃなかったら泣いてるところだわ。ぷんぷん」


 頬を膨らませて怒るアサシン。

 くだらないやり取りだったが、サイモンは自分の心がさほど荒んでいないことに気がついた。

 やがて破滅をもたらす『鳥』に立ち向かうのに、彼女ほど心強い味方はいないだろう。


 夜風が吹き、アサシンの手が、ふるふると震えだした。

 ふすー、と鼻息を荒くして、アサシンは頬を上気させている。

 やがて彼女は、サイモンの方を見て、決意を込めたように言った。


「サイモン、私はシーラに負けるつもりはないからね」

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