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月が綺麗ですね

 サイモンはアサシンとセルを組み、魔の山を散策していた。


 ここに来る前にアサシンは冒険者ギルドでいくつかのクエストを見繕ってきていたので、それらをひとつひとつこなしていく。


「サイモン、そっちにピカチュウがいったよ」


「了解した……ピカチュウってなんだ?」


「ピカチュウはピカチュウ。見たら分かる」


「ふむ、了解した」


 リアルの世界では、2時30分。


 森はすでに夜の闇に包まれていた。

 だが、前回確認した『鳥』が来る深夜まで、あと10分はある。


 今のうちにレベルを25まで上げておこうと、夜の森を周回しているのである。


 だが、夜の散策は危険度が増す。

 夜になると、凶悪なモンスターが出る上、昼間のモンスターは休眠して『潜伏状態』になってしまうのだ。

 うっかり起こしてしまうと、先制攻撃を食らってしまいかねない。


 敵から食らうデバフに弱いサイモンは、槍の得意な『先制攻撃』の優位を奪われてしまうと、たちまち苦境に追い込まれてしまうのだ。


「だいじょーぶ、夜こそ強くなるのが、アサシンだから。あ、月が出てる。三日月って言うのかな?」


 アサシンは、木の上から光る眼で周囲を見渡している。

 暗殺者アサシンスキル、第1階梯、【フクロウの眼】を使っているのだ。


 暗闇の中でも周囲の物をはっきりと見分け、『潜伏状態』の相手を見つけ出すことができるスキルである。


 さらにアサシンには、『潜伏状態』の敵に対して特攻を持つ攻撃スキルもあり、むしろ夜の方が活動しやすかったりする。


 だが、今回はサイモンのレベルを上げなければならないので、石つぶてを投げて、わざとモンスターの『潜伏状態』を解除させていた。


「来るよー!」


 木の間に浮かぶレッドアイコンだけ見えても、戦闘にならない。

 しゅぼっと、松明に火をつけて、少しでも戦いやすい状況を作るサイモン。

 やがて明かりの中にテケテケと飛び出してきたモンスターを見て、思わず声を上げた。


「こ、これが……!」


 ピンク色のぬいぐるみみたいなネズミが2匹、サイモンの前に現れた。

 レッドアイコンの隣には【ファットラット】という名称が浮かぶ。

 太ったお腹をたぷんたぷん揺らしながら、目に映るものはなんでも食べてしまう、食欲旺盛なネズミ型モンスターである。

 松明の炎を反射して、うるうる光る目でサイモンを見ていた。


「ぐうっ! しまった! これはマズい!」


「えっ、ダメなの!? Cランクの討伐クエストだけど!?」


「どうして倒せるというのだ! ……こんなか弱い生き物を!」


「えええ!? しっかりしてよ、あなたこの弱肉強食の世界のパイセンなんでしょ!?」


 サイモンは、ふわふわもこもこした小さいモンスターに対して、かなり苦手意識を持っていた。


 うっかり触ると壊してしまいそうで、怖いのだ。


 冒険者の時は、そういうモンスターの討伐はなるべく避けて、先に恐竜みたいなゴツイ見た目のやつから選んで討伐していた。


 軍隊でも、そういう取るにたらないのは後衛に任せっきりにして逃げていた。

 サイモンが「悪いが、俺はもっと大物と戦うときのために力を温存したい」と言っておけば、部隊のみんなも確かにそれはそうだ、と納得してくれたのである。


 なので、サイモンはずっとこの苦手意識を抱えたまま生きてきたのだ。


「しっかりしてサイモン、それ倒したらレベルアップよ!」


「くうッ……仕方ない、村を守るためだ、恨むなよ!」


「がんばれー!」


 槍の穂先をぐっと向けるサイモン。

 すでに『先制』のタイミングは逃しているが、Cランク討伐クエストのモンスターぐらい、サイモンの圧倒的な攻撃力をぶつければ瞬殺だろう。


 だが、瞬殺なのが逆にいけなかった。

 いつでも倒せる、と思うと、心に余裕ができてしまい、色々余計なものが視界に入ってしまう。


 ぽてっとした腹から出た、短い手足。

 なにやらぎゅっと木の実を掴んでいて、今から食べるのが楽しみなのか、長いしっぽをぱたぱたさせている。


 明らかに、人を襲って食うような怪物ではない。

 どちらかと言うと、人に襲われそうな方だった。

 依頼主は、一体なにを考えてこのモンスターの討伐依頼を出したのだ?


「アサシン! 本当にこいつが討伐依頼の対象で間違いないのか!? 本当に何かの間違いじゃないのか!? よく見てくれ、他にもっと強そうな奴はいないのか!?」


「間違いないわ! 【ファットラット】1匹につき銀貨1枚の報酬だって!」


「一体どんな悪事を働いたらそんな報酬が出るって言うんだ! そもそも銀貨1枚って何ヘカタールだよ! どんな依頼書だったんだ確認してみろ!」


 アサシンは、メニューを開いて受注中のクエストを確認していた。


「えーっと、『依頼主:グロウスリー貿易商。ファットラットの毛皮はとても肌触りがよく、高級品として取引きされているが、近年の戦争や感染症で各国のファットラットが絶滅の危機に瀕している。


 王国では、いまなお各貴族との取引に非常に有効な素材のひとつとして注目されているため、毛皮の早期確保が必要である』だって!」


「そうか……なら仕方ないな」


「ええっ!? 今の話にそんな説得力あるんだ!?」


 王国における毛皮貿易は、歴史上とてつもなく重要なものだった。

 なんせ毛皮は世界最古の取引商材と言われていて、大抵の国との取引きに使える、言葉の要らぬ通貨だったからだ。

 帝国との対立が激しくなっている最中に、同盟国との毛皮貿易が止まりそうになっているというのは、本当に国の一大事に繋がる可能性がある。


 ネズミ1匹に銀貨1枚も出すグロウスリー貿易商には、感謝すべきかもしれない。


 そもそも、なぜためらっていたのだろう?

『貴重なモンスターの素材が欲しい』という理由の討伐依頼など、この世界にはいくらでもあるというのに。


 とどのつまりサイモンは、ファットラットがあまりにも可愛かったため、手にかけないための言い訳を探していただけだった。


 だがもはや、そんな甘えなど必要ない。

 いますぐ必要なのだ、あの鳥に立ち向かうための力が。

 サイモンは、ファットラットの方に向き直った。


「……悪く思うなよ」


 うるうるした目で見られると、サイモンの手が震えた。

 すー、はー、息を吸うが、どうしても体がしびれて動かない。

 サイモンはついに、ぐっと目を閉じ、丸っこいネズミから顔をそらした。


「ダメだ……できない!」


「もー! 仕方ないなー!」


 サイモンが目をつぶっている間に、アサシンは戦闘を終わらせてしまったらしい。


 じたばた暴れるぬいぐるみのようなネズミを捕まえて、両手にぶら下げていた。


「はい、片方あげる。これで記念写真とって、討伐完了ということにしましょう」


「すまない」


「いいわよ、他のモンスターを探す時間はなさそうだし、今回のレイド戦は見送りかしら。ごめんね、次からは、もっと恐そうな見た目のやつ選ぶようにするから」


「ああ……アサシン、そのままじっとしてろ」


「えっ?」


 サイモンの眼が、急に険しくなった。

 姿は見えなかったが、森の奥からなにやら赤いアイコンが突進してくるのが見えていた。


 サイモンは、短槍を構えると、アサシンに向かって駆け出した。

 そして槍を前方に突きだし、アサシンの肩越しに、背後にいる二足歩行のクマを突き刺していた。


「ひっ……」


 アサシンが振り返ると、額に大きなレッドアイコンが触れる距離までモンスターが接近していた。


 そこに浮かぶ名称は、【ダークベアー】である。

 第3階梯までの暗殺者アサシンスキルを持っている、遺伝子レベルで生まれつきのアサシンであった。


 どうやら、アサシンを狙うアサシンがいたらしい。

『潜伏状態』に戻るタイミングを狙って飛んできたのだ。


 ダークベアーは、「こひゅっ」という押し殺した悲鳴をあげて、アイコンを緑に変えた。

 去り際も静かなところが、いかにもアサシンらしい。

 そして、そこそこ経験値が高かったようだ。


 サイモンの視界に、お知らせが浮かぶ。


『サイモンのレベルが25に上がりました』


「よし、ようやくレベルが上がった……じゃあ、行こうか。どうした?」


 サイモンが手を差し伸べても、アサシンはその場に座り込んで動かなかった。

 ネズミを抱え込んだまま、どうやら動けないでいるのだ。


「ほら、行こう。お前のスキルが必要だ」


「ふぎゅぇ」


「ふぎゅぇ? またガンダムか?」


「ううん、ガンダムは、よくて、というか、その」


 あたふたしはじめたアサシンは、サイモンの手を握り返すと、木々の間に見える三日月を見上げて、にへらと笑った。


「つ、月が綺麗ですね、サイモン。えへへ」


「そうだな、『鳥』が来るから、急ごうか」


 ようやく立ち上がったが、アサシンはそれからしばらくサイモンにひっついて、手を離さないのだった。

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