お台場ガンダム女子
サイモンたち一行は、一直線に山を登り、『火炎玄武』との戦闘を繰り広げていた。
木々がごうごうと炎を上げる森の迷宮を突き進み、ダンジョンのように入り組んだ道を通り抜けると、凄まじい大きさのリクガメがいる。
背中の甲羅が鉄板でできているかのように熱気を放ち、亀というより灯台か溶鉱炉のような体をしており、天辺からは焚火のようにじりじりと炎を噴き上げている。
その炎が木々に燃え移り、森を大火災に陥れていた。
本人は火災など意に介さず、ほとんど炭になった樹木をバリボリと音を立てながらかじっている。
近くにいるだけでダメージを食らうため、獣も他のモンスターすらも近づこうとしない。
カメの歩いていった後には、他のモンスターのドロップが大量に落ちていた。
雑魚を蹴散らしながら、のっそのっそと歩く様には、王者の貫禄すらある。
「うおりゃああああ!」
拳闘士スキル、第1階梯、『石狼連撃』が発動する。
攻撃力が4分の1の攻撃を4回連続で繰り返す、モンクのもっとも初歩的なスキルだ。
発生時間もリキャスト時間も少ないため、スキルポイントが続く限り、ひたすら相手を殴り続けることができた。
5回、6回と、モンクが圧倒的な早さの連撃を加えると、玄武は全身を真っ赤に光らせた。
玄武は、攻撃されるたびにさらなる高温を帯び、周囲にふりまく熱ダメージも大きくなる。
だが、一定の回数の攻撃を受けると爆発を起こし、熱を放出していったん冷えるため、結果的に熱ダメージを低く抑えることができる。
「サイモン、スイッチだ!」
「行くぞ、カメ!」
目や甲羅のスリットから怪しげな光を放ちはじめたところで、モンクは後退し、立ち代わりにサイモンが長槍で突くと、玄武は甲羅から怒涛の炎を噴き上げながら浮かび上がった。
サイモンが持つ6メートルもの長さの長槍は、初戦の敗退のあと、戦略を考えて新たに購入したものだ。
槍使い《ランサー》はカウンター攻撃に弱いため、なるべく熱ダメージを受けずに済む方法を選んだ。
炎の柱が四方に伸び、森にあるあらゆる物を焼き尽くしていく。
蛇と化した炎が木陰に隠れていたアサシンのすぐ横をかすめ、「ひぃぃ~」と悲鳴を上げていた。
「お願い、無茶しないで! これたぶん、カメの後ろついていって、ドロップ拾うと美味しいイベントだから! きっと倒す対象じゃないから!」
玄武本体は、もはや手が付けられない炎のかたまりになり、くるくると回転しながら空高く浮かび上がっていった。
「やったか!?」
「サイモン! しーっ! しーっ!」
サイモンたちが地上から固唾をのんで見守っていると、はるか上空で、どかん、と音を立てて爆発し、大輪の花火になって消えた。
視界に『クエスト完了』の情報が浮かぶ。
モンクは、息を切らしてその場に座り込んだ。
「あ~! 逃げなくてよかった! ポーションもう使い切ってヤバかった!」
太陽は、すでに彼らの真上をすぎていた。
リアルでは、深夜2時10分。
もう落ちなければならない、と言っていたモンクも、『火炎玄武』が討伐されるまでは延長して付き合ってくれた。
アサシンも、きょろきょろ辺りを見回しながら、森の火災が収まったのを確認すると、ようやくほっと息をついた。
「た、倒した!? 倒したよね! よし、ガンダム見てくる!」
しゅるーん、と光の輪に包まれて、粒子になって消えるアサシン。
今回、炎の熱ダメージを軽減するのに、彼女の【ゆかしき光】がかなり重要だった。
むしろアサシンがいなければ、彼らは炎の森をまともに移動する事さえできなかったただろう。
なので、他のメンバーが休憩中でも一瞬たりとも離れることは許されなかったのだ。
サイモンは、2人に大きな負担をかけている事を苦々しく思った。
「すまない、モンク。お前にも、お前の世界の都合があるだろうのに」
「あー……いいよ。そんなの」
モンクは、ポーションをひと瓶あおりながら、小さな声で言った。
「お前にとっては、鼻で笑うような都合だよ。どうせ俺は明日、仕事があるだけだから」
「俺も仕事だよ。俺はただの門番だからな」
「そうかもしれないけど、そうじゃないっていうか……」
がしがし、と頭をかいたモンク。
「比較にならないよ。俺は、これから6時間ぐらい寝たあと、飯食って会社行ってさ、本当に世の中に必要かどうかも分からないようなタスクをひたすらこなしてるんだ。
意識のベクトルがなかなか合わない上司にイラついて、ベクトルがどこ向くか分からない顧客に悩んで、仕事していないときは夜に魔法使いやるときのスケジュールとか考えながら、なんとか再ログインまで命をつなぎに行くんだよ」
「よく分からんが、それはお前にとっては大事なことではないのか?」
「こんなものが大事なものか。俺はお前とは違って、本当に守りたい物のために戦ってはいないんだから。
家庭も、仕事も、本当は今よりもっと良いものにすることができるはずなのに、うまく休めるような所を見つけて、適当に手を抜いてるんだよ。
明日も明後日も、同じことの繰り返しだ。気がついたら上にも下にも行けずに、宙ぶらりんになっている」
モンクが毒づくのを、サイモンは黙って聞いていた。
「分かるよ、俺もそうだったんだ。最初は村に異変が起こっているのに気づきながら、ただひたすら門の前に立っていただけだった」
「お前の場合は、プログラム的に、ずっと門の前に立っていなくちゃいけなかったからじゃないのか?」
「プログラムとは?」
「運命ってやつ?」
「たとえ運命だろうが、俺はそこから前に進む決意ができた。お前があのとき、ログアウトボタンを押すなと言ってくれたからだ。お前にもきっとその時が来るだろう」
「ははは、来るのかな……本当に」
「お前にとってリアルは唯一の世界なんだろう? だったら、なにがあってもログアウトボタンは押すな。いま言っておくよ」
「ログアウトボタンは押さないよ……俺はアサシンじゃないんだからさ」
爆発から遅れて、空からドロップアイテムが落ちてくる。
どかどか、と大量のカメの甲羅が辺りに散らばった。
一体のモンスターから大量のドロップが手に入る、特別なモンスターらしい。
モンクは、立つのもおっくうそうに、そのアイテムを指さした。
「あとは任せた」
「俺は討伐部位だけでいい」
「じゃあ、今回のサポートMVPのアサシンに……って、あれ? アサシンどこに行った?」
「ガンダムを見に行くと言っていた」
「ああ、例のお台場のガンダムか……本当にお台場ガンダム好きだよな」
立ち去ろうとしたモンクは、しばらく微妙な表情をしてたたずんでいた。
「どうした?」
「いや、まさか、あいつリアルでもログアウトしてないよな……リアルをかなぐり捨てて連日徹夜するほどこのゲームに入れ込んでたのに、もう止めるとか言ってたし……お前に彼女がいたの、相当ショックだったんだろうな」
「どういう事か、俺にはよく分からないんだが……アサシンなら、もう戻ってきたみたいだぞ?」
こっそりと再ログインしてきたアサシンは、木陰からゆっくり姿を現した。
だが、駆け寄ってくるような事はしない。
どこか硬い表情をして、物憂げに宙の一点を見つめている。
「おーい、なんでそんな遠くにいるんだ? ガンダム見てきたか?」
「うん……今、ポーズしてるの」
両足は肩幅に広げ、直立の姿勢。
両腕はだらんと下げた状態だが、じゃっかん肘を曲げ、拳を前に出すことで、秘めたる戦う意思の強さを示している。
「ガンダムとは一体……」
「さて、寝るかー。お休みサイモン」
モンクはあくびをすると、光の輪に包まれて、燐光をこぼす粒子になって消えた。




