門番のウソ
サイモンは『火炎玄武』を討伐しにいく前に、一度山を降りてヘキサン村に立ち寄ってみた。
『スケアクロウ』の討伐が完了して、ちゃんと村が元通りになっているか、どうしても確認したかったのだ。
(よし、ちゃんと復活してるな)
顔見知りのあまりいない村だったが、村人たちが通りを歩いていて、うってかわって平穏な日常を送っているようだった。
……そう言えば、リスポーンする前の記憶は、なくなっているのか。
商人のアッドスと同じように、『スケアクロウ』の被害が存在していた世界線の記憶は、彼らの中に残っていない。
もしも、サイモンがイブと交わした最後の会話が真実の記憶だったとしても、きっとイブはサイモンの事を再び忘れてしまっているだろう。
それでいい。サイモンにとっても、彼女にとっても、たったそれだけの関係なのだ。
村の奥に進み、教会の方を覗くと、双子のシスターが庭の掃除をしているところだった。
赤い髪がイブで、青い髪がヘリオーネだ。
どちらも元気そうにしている。
それだけ確認できれば、もうよかった。
この騒動が終わって、また落ち着いたら、祭りの日に来ればいい。
気合を入れてカメの討伐に向かおうとすると、村の端にあったオレンジ色の転移クリスタルが、まばゆい光を放ちはじめた。
転移結晶を使って、誰かが遥か彼方からやってくる気配がする。
「サイモーン! 会いたかったよぉぉぉ!」
アサシンが、目に涙をいっぱい浮かべて光から飛び出してきた。
彼女は持ち前の忍者スキルで大きく飛び跳ねると、人目もはばからずサイモンに抱きついた。
避けようとしても、忍者の機動力にサイモンがかなうわけがない。
逃げ遅れたサイモンは、がっちりしがみつかれてしまう。
「ううぅー、恐かったよぅ。あの『鳥』ヤバすぎ、大っ嫌い」
「だから言っただろ? というか離れてくれ、いちおう、俺は田舎で療養中の兵士なんだから」
アサシンに少し遅れて、モンクがやってきた。
どうやら、2人とも冒険者ギルドで同じ討伐依頼を見てきたらしい。
またこのチームで挑戦できるのは助かる。
連携にもようやく慣れてきたところだし、こちらから頼もうと思っていた。
モンクは、アサシンの奇行に怪訝な顔をする村の人たちにぺこぺこお辞儀してから、サイモンに声をかけた。
「よう、サイモン。なんかいいクエスト見つけたんだろ?」
「なんで知ってる?」
「勘ってやつ? 俺の経験上、サイモンは俺がクエストに向かったらすでに戦っているからだよ」
「……わ、わ、私はそう聞いたから、それっぽい依頼みつけて、くっついて来たの!」
相変わらず変な連中だったが、今はこの2人に頼らざるを得ない。
他の仲間を捜そうにも、この時間帯に山にくるブルーアイコンはほとんどいないのだ。
日の出前、リアルでは1時30分を過ぎている。
恐らく今回の討伐で、サイモンはレベル25に到達するだろう。
残り必要経験値から分かるのは、それだけだ。あの鳥に立ち向かうには、恐らくもっとレベルを上げる必要がある。
「というか俺は朝早いから、この後2時には寝なきゃならんのだけどさ……」
「えっ、そうなのか?」
「喜べ、俺が落ちたあとも、このアサシンさんが朝までつきっきりでサポートしてくれるってさ!」
えっへん、と胸を張るアサシン。
「完徹なんてよゆーよゆー! 明日テストだけど、むしろ逆にゲームがはかどるわ!」
サイモンは、はぁ~、とため息をついて、がっくり腰を折った。
明らかに悲観的な反応に、アサシンは憤慨した。
「な、な、なんでよ!? なんで私がハズレ扱いなの!? みんなどれだけ私のサポートに助けられていると思ってるの!? 私をパーティーから追放したあとで泣いて謝って戻ってきてくださいと言ってももう遅い!」
「サイモン、アサシンは優秀なサポーターだよ、たまーにガンダム見に行っちゃうことを除けば。俺が保証する」
「……アサシンのサポートは頼りにしているよ。ただ、チームの火力が半減するのが不安なんだ。討伐が遅れるほど、サポートの負担が増える。それに、ガンダムが何かは俺にはよく分からないが、アサシンにとってはよほど大事なものなんだろう?」
「まるで私がガンヲタみたいな流れ困るんだけど、そういうことなの……むーっ、いちおう、アサシンは戦闘特化の職業なんだから、そこは頼ってほしかったな……あれ、サイモン、空腹状態じゃないの? 大丈夫?」
サイモンのステータス異常に、アサシンはすぐに気づいた。
セルを組んでいる仲間の状態は、すぐに視界に表示されるのだ。
「ああ、大丈夫だよ、このぐらい。数日飯を抜くのは、軍隊でもわりとあったし」
「ほんとう? 空腹って、何かペナルティあったっけ?」
「能力への影響は特にないけど、Wikiによると、体力の『自動回復』が遅くなるらしい。飢餓状態だと、自動回復が完全にストップする」
「自動回復か……いちおう無くても平気そうな能力だけど、なんか、地味に攻略に響きそう。私は潜伏しながら回復待つこと多いし……」
「体力が全快に近いときは、回復魔法よりも薬草を食べた方が回復効果が持続するぶん得らしい。ちょうどいい、討伐に行く前に、どこかで飯食ってこうか?」
「うっ! なんでそんな自然にご飯に行く流れを作れるの、信じられない陽キャだわこの人……!」
モンクの提案に、サイモンは渋い顔をした。
「残念だが、この辺りには料理店がないんだ……ただ、料理のうまい友人は知ってるから、そこに行こう」
「ヤバいヤバい! そう言えばこの人も相当陽キャだった!」
※※※
という訳で、けっきょくサイモンは、シーラの家で朝食をご馳走になることになった。
サイモンの隣にモンクとアサシンが並んで、無心に料理を食べているのを、シーラはなにか不機嫌そうな顔をしてみている。
オーレンは、いつ姉が爆発しないか、気が気ではなさそうにしていた。
ベットに座りながら、本日3回目の発作を起こすタイミングを見計らっている。
「ねえサイモン、その2人とは、一体どういう関係なの?」
「ん? 冒険者仲間だよ」
「冒険者? あなた今、この村の門番なんでしょ?」
「あー……ほら、覚えてるだろ? 俺、兵士になる前は、冒険者やってたじゃないか」
「そうね、そう言えばやってたわよね」
「その繋がりがあってさ、なんやかんやあって、村の近くにモンスターが出るから、なんやかんや助けてもらっているんだ」
「ふーん、ふるーい友達なんだね」
「まあ、そんな所かな。いきなり押しかけて済まなかったな。悪い奴じゃないよ。アサシンの『ミミズク』と、モンクの『アビゲイル』だ」
「ども」
「ど、どうも……」
オーレンは、そうじゃない、とサイモンに声をかけようとして、タイミングを逃していた。
シーラから噴き出す負のオーラが、ますますどす黒くなっていくのが、その場にいるサイモン以外の誰の目にも見えていた。
「どうしたんだ? シーラ」
「そうねー、どっちも美人だなー、と思って、見惚れちゃったわー。最近の冒険者は綺麗な人がいるよねー」
「美人?」
きょとん、としたサイモンは、隣のモンクの方を見た。
さらりとした金髪のストレートヘアをかき上げながら、熱い肉団子をかじるモンクと目が合った。
大きなブルーサファイアの目はたしかに魅力的だと思われるが、中身は魔法使い(男)だと知っているので、そう言えば意識したことがなかった。
くるっとモンクの反対側を向くと、アサシンがいた。
あのアサシンである。
フードを被って顔をほとんど隠してはいるが、目鼻の整った顔立ちをしているし、手足も長い。
食事中はいつものゴワゴワしたジャケットを脱いでいて、タンクトップ姿になると、ほっそりとした理想の体型をしているのがうかがえる。
外見だけは、かなりの美人かもしれない。
だが、なにやら目を高速でぱちぱちさせて変なしなを作り、シーラの発言を意識しまくっているのが丸わかりの仕草をしていて、すべてを台無しにしていた。
「美人……かなぁ?」
モンクが、ぶふーっとこらえ切れずに噴き出した。
アサシンはふくれっ面をして、ガタっと椅子から立ち上がった。
「なによもーッ! そこは素直に美人って言っときなさいよ! どう見ても美人じゃないのよ、ほらほらー!」
「やめろ食事中だぞ。というか、お前たちの本体はリアルの方じゃないのか? その体はどうせアバターとか言うやつなんだろ?」
「さ、さ、サイモンのくせに生意気な!? いい!? このアバターはただのアバターじゃないの、なんせ能力設定に8時間、顔の成形に15時間使った私の努力の結晶なのよ!?」
「きゃ、キャラメイクに23時間使ってる奴がおる……ひーっ、腹いたい、ひーっ」
「落ち着け2人とも、食事中だぞ」
サイモンは黙々と食事をしていたが、シーラはあっけに取られて、ぽかんと口を開けていた。
そう言えば、ブルーアイコンの発言を理解できるホワイトアイコンなど、サイモンぐらいのものだろう。
彼女には到底理解できないはずだ。
「……あなたたち、なにを言っているの?」
キャラメイクの話になると、足の造形から髪型から火がついたように語りだすアサシンの発言を遮って、モンクはシーラににやっとした笑みをむけた。
「ねぇ、そう言えば君、どこか別の場所で会ったことない?」
「ぎくっ」
「たしか、冒険者ギルドで見かけたような気がするんだけど……」
シーラは、いまにも叫びだしそうな顔をして飛び跳ねた。
そういえば、シーラは冒険者ギルドでアルバイトをしているらしいが、なぜかそのことはサイモンに絶対に秘密にしているのだ。
逃げるように風よけのケープと籠をかき寄せ、いそいそと家から飛び出していった。
「あ、あらー! たいへん馬車に乗り遅れちゃうわ、急がなきゃ! サイモン、行ってくるわね! オーレン、お土産なにがいい!?」
「姉ちゃん、ありがとう。とりあえず食材がほとんど無くなったから、適当にいろいろ買ってきてくれると嬉しい……あと味の素があったら欲しい」
「わかったわ! なるだけ色んな味の素を買ってくる!」
「えっ、味の素って色んな種類があるの? お姉ちゃん」
「オーレン、シーラも大人なんだから、味の素の種類くらい、店員に聞いたら分かるさ。職人ごとに味にこだわりがあるから、どの店の味の素か聞きながらよく選ぶんだぞ?」
「さっすがサイモン、分かってるじゃない! まっててね、姉ちゃんがここでお店開けるくらい、たくさんの味の素買ってくるからね!」
「ダメなやつだこれ」
オーレンの言葉を待たずに、シーラは家からぴゅーっと走り去っていった。
この家では、これがいつものやり取りだ。
残された冒険者たちは、ぽかんとその姿を見送っていた。
「うそん、シーラ可愛くない? ひょっとして、これってシラサイ確定ルートなの?」
「諦めろアサシン、ひょっとしなくても、このゲームは彼女がヒロインだ」
「うわあーん! やだぁあああ! お家帰るぅぅぅ! もうやだこのゲームアンインストールするぅぅぅ!」
「またアサシンのログアウト病が始まった……あ、てか、2時まであと15分だ。急ごう」
3人は急いでご飯をかきこむと、疾風のような速さでオーレンの家から出ていった。
「あれ……サイモン、門番はしなくていいの?」
ひとり残されたオーレンは、ぽつりとつぶやいた。
彼は今、門番をするために全力で戦っているのだ。




