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もしもAIがグリッチに気づいたら

 ヘキサン村に出現する『スケアクロウ』の討伐依頼を達成したと思っていた一行だったが、クエスト達成の文字が出ないことに気づいた。


 アサシンも慌てて自分のメニューを開いて確認するが、どうやら同じみたいだ。


「そんな……ひょっとして、この3人の中に『スケアクロウ』が……!?」


 サイモンはマップ機能を使って、可能な限り広範囲を探してみた。

 村を埋め尽くしているのは、無数のグリーンアイコンばかりだ。

 屋内にも、屋外にもそれらしき姿は見えない。


「俺はスケアクロウじゃないよ?」


「わ、私も、もちろん」


 3人とも、お互いの顔を注視した。

 モンクとアサシンの頭上に浮かんでいるアイコンはブルーだったが、サイモンだけホワイトアイコンだったため、否が応でもそれに視線が集中する。

 アサシンがそれを指さして、びっくりしたように言った。


「えっ、サイモン、どうやってそのアイコン白くしてるの? 課金した?」


「そんな課金アイテムWikiにもないよ……サイモンはAIなんだ」


「ええーっ!? ど、どういうこと? 私サイモンと普通にチャットできてるじゃん、いや、AIは普通にチャットできるのか……うーん????」


「いやまてよ、そうか、ひょっとしたらサイモンがプレイヤーだった線があるのか。その線で考えた方が現実的かもしれない……!」


「どういうことよ!? 私にはもうキャパオーバーよ!」


「しっ……静かに」


 ブルーアイコンの2人が慌てる中、サイモンは気づいていた。

 彼らが当たり前のように頼りにしている、この『マップ情報』の欠点に。


 あまりにも大量のアイコンが重なったせいで、下に埋もれて色の判別がつかないアイコンがいくつかあるのだ。

 どうやら、立体空間の情報を平面で書き表すために、どうしても死角が出てくるらしい。


「そうじゃない、このマップじゃ判別できないだけだ! 目で確認しろ! どこかに生き残りがいるぞ!」


 辺りを見たが、積み重なるスケアクロウの遺骸だらけで、こちらでも視野の確保ができない。


 サイモンは、そういえばメニューで視覚情報の設定を操作できることを不意に思い出した。


 アイテムに関連するグリーンアイコンの表示率をゼロまで下げる。

 グリーンアイコンの表示は薄れ、その中に、1つだけレッドアイコンが浮かんでいるのが見えた。


「いたぞ、あそこだ!」


 倒れ伏すスケアクロウの巨体を押しのけながら、サイモンは突進した。


 彼の動きに気づいたように、地面に伏せていたイブが跳ね上がり、四つん這いになって獣のように飛んで逃げていった。


「うそだろ、こいつ、第2段階のイベントがあるのか!?」


「ど、ど、どうなるの? 村から逃げてるんでしょ? これって、討伐成功になるの? 失敗? どっち?」


「わからんけど、モンハンなら討伐未遂だし、だいたいのゲームで、最初からやり直しになる……もう深夜1時だ、俺も再投入はキツイ……」


「ええっ、まだ朝まで5時間もあるでしょ!? フツー好きなゲームやってたら、気がついたら朝を迎えるでしょ!?」


 逃がしてはならない。

 そう理解したしたとき、サイモンは体が勝手に動いていた。


 サイモンは【紫電突】を発動し、雷光をまとって宙に飛び上がった。


 村の屋根を飛び越えてみると、空にはすでに夕日が浮かび、まもなく夜のフェーズに移行しようとしている。

 リアルの世界では、0時55分。


 夜にはあの巨鳥がやってきて、全てを破壊する。

 その前に、このクエストを終わらせなければならない。


【紫電突】の標的を必要としない10メートル近い突進により、限界までイブに近づく。

 イブの背中を視界にとらえ、まっすぐ槍を構えた。


 だが、スキルを放とうとしたサイモンの視界に、あらたな表示が浮かぶ。


『リキャスト時間中は、他のスキルを使用できません』


 ……。

 ……リキャスト時間とは何だ?


【紫電突】は何度も打っているが、リキャスト時間などというものは聞いたことがない。


 メニューの表示を見ると、スキルポイントのゲージに重なるようにして、『リキャスト時間』という名のゲージが浮かんでいた。


 この表示機能を知るまではまったく気づかなかったが、どうやら【紫電突】のスキルを打ったあとに出現し、徐々に減少していくものらしい。


 どうやら、これがゼロになるまでは、他のスキルを使用できない、という制限機能のことのようだ。


 ……しまった、こんな物があったのか。


 サイモンは、これまで実戦で何度もスキルを打ってきた。

 たしかに、【紫電突】のような大きなスキルを打った後、しばらく疲れたように体が動けなくなり、スキルを使う事はできなかった。


 だが、死に物狂いで戦闘を繰り返していたサイモンは、何度も何度もスキルを打つ研究を重ねた結果、連続で【紫電突】を打てるようになっていたのである。


 コツは、顔の横に腕をぐーっと伸ばし、コリをほぐすように首を傾げ、五指を規則的にぐねぐねと動かす。

 すると、ぴーん、と身体に覆いかぶさっていた何かが消え去るような感覚がする。

 残り数秒あった『リキャスト時間』とやらが無くなって、普通に打てるようになっていた。


 ……いや、普通に打てるが?


 サイモンは、空中でもう一度【紫電突】を発動し、雷光をまとったままイブの背中に突撃した。


 ぶよぶよとした異形の影に、槍を深々と突き刺し、動きを完全に止める。


「ひぃぃぃぃぃいぎゃああぁぁぁああぁ」


 おぞましい悲鳴が響き渡るが、サイモンは攻撃の手を止めなかった。

 さらに、槍を突き刺したまま【火炎突】を発動させ、炎の渦で飲み込む。


 体力ゲージをじっと睨みつけ、それがゼロになるまで攻撃の手を緩めなかった。


 イブの表面を、ざらざら、と灰色のモザイクが流れていたが、不意にそれらが霧のように消え去って、倒れている赤い髪の修道女が見えた。

 異形になる前の、イブの姿だ。


「冒険者さん、お願いします、どうか、このまま……私を、妹の所に、行かせてください……私が『スケアクロウ』です……私が覚えているのは、それだけです」


 壊れたビデオのようにときどき姿を現すイブは、サイモンを見ると、彼の方に腕を伸ばした。

 サイモンの顔にそっと手を当てて、目を大きく見開いている。


「ああ……少し……思い出しました……月餅祭の日、でしたね……いつも隣町から、教会にやってくる人がいました……その人は、いつも馬屋のワラが、体中についていて……大きくて、恐い人でした……」


『スケアクロウ』の作り出すウソは、非常に高度だ。

 それが作り話なのかどうなのかは、判然としなかった。


「私は……まだ小さかったから……お餅が不揃いで……怒られるかと思って、びくびく震えていたけれど……とても美味しそうに、食べてくれて……次は、もっと美味しいお餅にしようと……練習していました……けれど、その人は戦争に行って、もう二度と、この村には来なかった……たった、それだけ」


 イブの腕が、サイモンの腕をぐっと掴んだ。

 緩みかけていた手を上から握りしめ、さらに槍を強く握りこませた。


「それだけだから……お願い、そんな悲しい顔を、しないで……」


 イブを包んでいた炎が、一層強く燃え盛った。

 後には、黒く焼け焦げた異形の『スケアクロウ』が横たわっている。


「すまない……夜が明けたら謝りに行く」


 サイモンは、亡骸から槍を引き抜くと、沈んでいく日を見た。

 どうやら日没には間に合ったようだ。


 先ほどのサイモンの異様な動きを見ていたアサシンは、ぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいた。


「やっぱりサイモンぱねぇ! 今のスキルなんなの!?」


 彼女とは対照的に、モンクは冷や汗を垂らしていた。

 モンクの眼には、それはゲームのルールを逸脱した、通常ならばありえない連続スキル攻撃に見えたのだ。


「おいおい、まずいぞこりゃ……今のはスキルじゃない、『グリッチ』だ……!」

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