モンク一位の秘訣
サイモンは、槍を短く持つと、消えるような速さで突進した。
槍スキル、第1階梯【疾風突】。
槍スキルの中で、起動から攻撃までの時間がもっとも短いスキルだ。
槍兵の職業特性として、遠距離の敵相手に攻撃を当てやすい、というのがある。
サイモンのレベルになると、その攻撃範囲は桁外れに広い。
並み居る異形たちの頭上を飛び越え、口から毒々しい息を吐こうとするイブの喉元に、サイモンは槍を突き入れた。
大きくノックバックを受けたイブの標的が、サイモンに向けられる。
「あああああ主よゆるしてゆるしてゆるしてえええええ」
暴発したブレスが辺りに噴出し、視界が奪われたが、サイモンはブレスの向こうに腕を伸ばしてそのままイブの首を掴み、地面に引きずり倒した。
「……まずい、まともに食らった」
サイモンの視界がぐにゃりと歪んだ。
状態異常のログが畳みかけるように浮かぶ。
状態異常:【鈍足】
状態異常:【猛毒】
状態異常:【沈黙】
状態異常:【混乱】
状態異常:【暗闇】
イブのブレスには、どうやら複数のデバフ効果があったらしい。
完全に行動不能に陥らないだけましと考えるべきか。
イブはこのまましがみついてでも捕まえておけるが、もう1人、ヘリオーネの方の動きを止めることができない。
「モンク、ヘリオーネが動いたら止められない! 打て!」
「おうよ!」
サイモンの危惧した通り、ヘリオーネは大鎌を振り上げ、攻撃の体勢に入っていた。
【あざなえる沼】の効果で、その動きは若干遅くなっている。
だが、スケアクロウから攻撃を受け続けるモンクの動きも、【鈍足】がかかって遅くなっていた。
しかし、これも恐らく計算済みで、あえてデバフにかかったのだろう。
【拳闘士】は、デバフがかかるほどに強くなる職業特性を持っていた。
下がった能力を補うように、他の能力が上昇していくのだ。
武器を捨てれば、攻撃力の代わりに素早さが高くなる。
逆に【鈍足】がかかるほど高くなっていくのは、攻撃力だ。
「おりゃあああ!」
モンクは、目の前の壁役だった異形を横に押しのけると、笑いながら大鎌を振りかぶるヘリオーネと真正面から向き合った。
ぞろりと牙を剥いた怪物の微笑みに対し、モンクがスキルを発動させる。
すでに攻撃に入ったが、振り上げた足がなかなか地面につかない。
遅い。
じれるほどに遅い。
「毎週日曜日に教会に来るのが億劫ですか? だったら両腕を教会に置いていきなさい、私が毎週しっかりお祈りさせてあげておきますからねぇ!」
ヘリオーネの大鎌の大薙ぎが、モンクの体に触れる瞬間。
どこからか飛んできた火の玉がヘリオーネの顔にぶつかり、炎を撒き散らした。
顔を中心に濃密な黒煙が立ち込め、視界を奪っている。
【暗闇】、攻撃の成功率が半減する状態異常にかかっていた。
モンクは、襲い来る鎌の先端に肩からぶつかるように身をよじった。
玉のような肌に刃がぶつかった瞬間、その先端が粒子状の光を放ってスライドし、モンクの背後に流れていった。
判定は回避成功だ。
「いいねアサシン、今度一緒にダンジョン潜ろう!」
「は、は、はぁ~!? ムリムリムリムリ! 助けてサイモン! すべてを持ってる陽キャがさらに私をオモチャにしようとてくるよぅ!」
モンクは、ためていた力を解放するように、地面を強く踏み込んだ。
【竜王独歩】は、使用者の攻撃力を『チャージしたミリ秒倍する』という、文字通りの必殺技だ。
この倍数は、使用者の現在のレベルによって上限もあったが、このときモンクの攻撃力はデバフがかかった分だけ底上げされていたため、平常時の20倍に達していた。
モンクの攻撃力は5000程度なので、計算上、攻撃力10万という怪物級の一撃に到達している。
モンクの細い足が岩を踏み抜き、地面が広範囲にわたってひび割れた。
上下に振りかざした掌が巨大な大気を弦のように弾く。
天空を舞う巨大なドラゴンが突如地上にランディングしたような壊滅的な衝撃が村を襲った。
モンクを中心にして大爆発が起こる。
家々が軒並み吹き飛び、モンクに群がっていた異形たちは、百体近くいたはずだったが、それらも一斉に空に吹き飛び、多くは地面に落ちる前に空中でくだけ散った。
「みたか、これが『クロコダイルダンディ漁法』だ!」
敵を一ヵ所に集めておいて、爆発で一気に吹き飛ばす。
名前の由来は、モンク以外のプレイヤーにはなかなか理解されなかったが(TRPG同好会の仲間は分かってくれる)、これこそ、彼女が冒険者ギルドで『討伐数モンク一位』にのし上がったテクニックだった。
「なんて奴だ」
「ひょっとして、衝撃波が出せないの私だけ?」
サイモンが圧倒的な破壊力に驚嘆していた一方で、アサシンはちょっとズレたことを気にしていた。
彼女が他のプレイヤーを知らないだけで、本当は衝撃波を出せる方が稀である。
モンスターに支配されていた村の様相が、一瞬にして変わっていく。
マップ上では、レッドアイコンが凄まじい勢いで緑のアイコンに変化していった。
見渡す限り、大量のグリーンアイコンに埋め尽くされ、村に驚異の姿はなくなった。
モンクが投げてくれた状態回復薬を使い、ようやく回復したサイモンが、緑色になったスケアクロウのアイコンに触れると、3種類のドロップアイテムが選択できた。
【スケアクロウの影】
【スケアクロウの心臓】
【影の書】
「おおー! 『影の書』はレアドロップだよ! うへへ、いい報酬もらえそう!」
「じゃあ、アサシンの報酬はそれにしよう。あとは俺とサイモンで山分けってことでどう?」
「ちょっとおおおおぉ!? 私けっこーいいアシストしたよねぇぇぇぇ!? あ、いえ、その、何でもないです……」
「いやー、けどなんだかんだ言って、討伐数が一番多いの俺だからねぇ? 次点でサイモンでしょ?」
「俺は討伐証明部位さえもらえればそれでいい。あとはモンクが好きにしてくれ」
「ううー! なんでよサイモン!? なんで私にはくれないの!? そこは相棒である私に譲ってくれるべきじゃないの!?」
「正直に言うと、お前は途中でログアウトしただろ? あれがどうしても解せなくてな」
「だから、それには言えない事情があるの、乙女の尊厳にかかわる事態だったのよ、ぜったい分かって言ってるでしょ!」
「リアルの人間には色々あるんだよ、サイモン。ちなみにリアルの問題なら介護ロボット導入したらほとんど解決するよ? うちはお爺ちゃんの介護保険が適用されるから、めっちゃ割り引いてくれた」
「くそう、こうなったら階段から転げ落ちて、自分を要介護者にするしかないわ……! だって大事な妹を、傷物にするわけにはいかないもの……!」
「わざわざ足折らなくても、アルバイトでもして稼ぎなよ。レンタルなら月2万円くらいだよ」
「ううう、陽キャにはわからんのです……! 人前に出て、人と話して、労働に従事するということが、陰キャにとっていかに過酷なものか……!」
親指をがじがじ噛んで悔しがるアサシン。
サイモンには、相変わらず彼らの事情がよく分からなかったが、どうやらリアルの世界にも色々な問題があるらしいことだけは分かって来た。
「あれ?」
ふと、モンクは空を見上げた。
何か大きな見落としがあったかのような表情だ。
不吉な違和感を覚えながらも、口元ではにへら、と笑っている。
「あれ、まずいな……クエスト達成のお知らせが出ないぞ?」




