DPS(ダメージパーセコンド)
「サブアカウントが一体どういうものかは知らないが、お前は魔法使いなんだな?」
「そうだよ。お前のチャットから場所割り出してきた。なんかクエストやってるんだろうなー、と思って」
「じゃあ、教えてくれないか」
涼し気な顔をするモンクに、サイモンは尋ねた。
村に目をやると、まだ多くの異形の影がそこかしこに溢れている。
教会には、死神の鎌をもったヘリオーネとイブの姿があった。
まだ死に至れない幽霊のように、悲しげにさまよっている。
「この村人たちも、夜が明ければリスポーンするのか?」
サイモンは、そうであって欲しいと願って、モンクに言った。
他のプレイヤーにとっては数ある世界の一つでも、彼にとってはここが唯一の世界だ。
その表情を見て、モンクの顔つきがじゃっかん真剣みを帯びた。
「サイモン、お前は本当に大衆向けゲームの世界にあってはならないバグだと思うよ……リスポーンは、きっとするだろう。ただし、『スケアクロウ』の討伐を完了させて、このクエストが解除されたら、だけどね」
どうやら、この世界ではそれが当たり前の事らしい。
当たり前のように、ずっと起こってきたことだ。
サイモンが振り返っても、『エアリアル』が討伐された時。
冒険者ギルドから発行されていたクエストがなくなって、翌日には果樹園の被害そのものがなかった事になっていた。
その代わり、別のクエストがまたどこかで発生している。
今回も同じだとしたら、果たして、この戦いに終わりはあるのだろうか。
「俺もギルドで依頼書見てきたんだよ。クエストのクリア条件は『スケアクロウの殲滅』だ。この場合、一匹たりとも残してはならない」
「だったら……余計な話をしている時間はないな。あいつらを倒してからにしよう」
「よし来た」
モンクは、両の拳をガツンとぶつけると、サイモンと並んで、ひときわ巨大な異形の影に歩み寄っていった。
「ハイランカーだそうだが、戦略はあるのか?」
「おっ、耳が早いな、知りたいか? 名付けて『クロコダイルダンディ漁法』だ」
モンクは、すうっと大きく息を吸い込んだ。
拳闘士スキル、第6階梯、【竜王独歩】が発動する。
全身の皮膚が赤く染まり、湯気をくゆらせながら、モンクはゆっくりと前方に歩を進めた。
「おい、たしかこのスキルは……」
「うん、すまんがしばらくの間、完全に無防備になる、サポートよろ」
いきなりサポートを頼まれても、サイモンもまだ多数を相手に戦闘できるわけではなかった。
スケアクロウの動きは鈍かったが、攻撃と同時にかけてくるデバフが厄介だ。
先ほどのように【鈍足】をくらってしまうと、手も足も出なくなる。
サイモン自身が攻撃を受けないよう、自由に逃げ回る必要があった。
悩んだ末に、サイモンはもう一人の仲間に助けを求める事にした。
「おい、アサシン! サポートしてやってくれ!」
「ひええっ!? わ、わ、わたしぃ!?」
物影に隠れて様子をうかがっていたアサシンが、ぴょんと跳び跳ねた。
モンクは、なんだか面白くなさそうに言った。
「あれ、いたんだ、仲間。ふーん。別に俺たちだけのサイモンじゃなかったってわけだ」
自分たちだけが遭遇した特殊イベントではないことが分かって、モンクは少しがっかりしたみたいだ。
モンクのよそ者を見るような眼差しに気づいたのか、コミュ障のアサシンはぷるぷると震えはじめた。
「な、な、なんですか、突然あらわれたこの陽キャプレイヤーは……サイモンのなんなの?」
「べつに? リア友がこのゲームやりたいっていうんで、サブ垢作ってレベル1からやり直してたら、たまたまサイモンと友達になっただけだよ」
「ハイランカーな上に、友達と遊ぶために別のアカウント作ってる? おまけに私のサイモンと友達とか、あなた私のもち得なかった全てのものを持ってませんか?」
「知らんけどサポートしてくれるの、くれないの、どっち?」
「うー! するわよ、もー! 持てる者はすべてを持ってくんだからなー!」
アサシンは、指先に火を灯し、【火遁】を放とうとする。
スケアクロウの弱点属性である火を使った方が、ダメージも追加デバフの成功率も大きいはずだ。
だが、放つ直前にその考えをあらため、スキルを変更した。
指をクモの巣のように絡み合わせて、発動する。
野伏スキル、第3階梯、【あざなる沼】。
周囲の地面がぬめぬめした泥の色になり、異形たちの動きが目に見えて遅くなった。
かなり広範囲にわたり、敵全体に【鈍足】のデバフがかかっている。
「おいアサシン、【竜王独歩】の発動中は攻撃も回避もできない、あのままだと攻撃のまとになるぞ」
「いや、いい判断! このままで!」
モンクが異形たちの間を通り抜け、少しずつ敵の群れの中心に移動していく。
その先には、巨大な鎌を持った2体のネームドたちがいる。
だが、沼に足をとられた他の異形たちが壁になり、その2体はモンクを攻撃の射程に入れられずにいた。
モンスターたちは、お互いに一定以上の距離をあける習性があるのだ。
「ネームドと他のスケアクロウのレベル差は10以上ある、DPSを最小に抑えようとしたら、この場合はザコを壁にしながら接近するのが最適解だ!」
「なんだその戦術は!?」
DPS《ダメージ効率》という概念がなかったサイモンには、信じがたい荒業だった。
本来、敵から受ける攻撃は、どんな小さな傷でも命取りになりかねないので、わざと受けるなどあり得ないのである。
モンクは、周りのスケアクロウから受けているダメージを無視し、すぐ目の前に2体のネームドをとらえる所まで近づいていた。
レベル20越えのネームド2体に対して、モンスター1体ぶんを隔てた超至近距離でたたずんでいる。
鎌を大きくふったら届きそうだ。凄まじい度胸だった。
「あと10秒くらい溜める! 遠距離攻撃を打ちそうになったら、サイモンが引き付けてくれ!」
「遠距離攻撃だって!?」
「見てたら分かる! 目を離すな!」
サイモンは、スケアクロウの行動パターンなど知らない。
だが、2人のネームドをよく観察していると、イブの方が大きく肩を膨らませ、明らかに不穏な動きをはじめているのが分かった。
口腔からいかにも毒々しいガスが吹き出してくるのを確認して、サイモンはため息をついた。
「……あれを止めろって? ……ちくしょう、やってやる!」




