チートを超えた先に
ヘキサン村の民家から、次々と溢れ出してくる異形の姿に、サイモンは圧倒されていた。
「全滅……だって……バカな……」
全滅、ということは、村人が一人残らず『スケアクロウ』の餌食になった、ということだ。
サイモンは、この村との接点はさほどなかった。
ヘカタン村に帰省しても、ほとんど寄り付くことはなかった。
子供のころ、祭りの日に餅を食べにくる程度でしかない。
だが、そのときの村人たちの姿を思い出せる。
彼がまだ小さい頃、平凡な馬屋の少年だった頃だ。
魔物の侵略を受けている村の姿は、かつて彼の村が受けた戦争の災禍を思い起こさせた。
その生々しい記憶は、サイモンを平凡な馬屋の少年から兵士に生まれ変わらせるほど大きなものだった。
それは今でも決して変わらない。
「ふざけるな」
サイモンは、短槍を硬く握りしめると、異形の群れに向かって走り出した。
アサシンはダガーを持ち、【潜伏状態】を解除した。
複数のスキルを同時に発動することは出来ない。
ぶつぶつ呪文を唱えると、右手の人差し指に火が灯り、じりじりと焦げ臭い煙をあげはじめた。
忍者スキル、第1階梯【火遁】の構えである。
「ここから離れましょう、サイモン。さっきみたいに、私が動きをかく乱させるから、一体ずつ戦えばなんとか……って、ふええええっ!?」
アサシンが驚きの声を上げた。
サイモンは彼女の忠告など聞かず、真っ直ぐに魔物たちに向かっていったのだ。
「ふんッ!」
そして複数の魔物のかたまりに向かって、サイモンが槍を横なぎに振るうと、異形たちは空気が入ったゴム風船のようにぽーんと空高く飛び上がった。
ごうっと、足元を突風が吹き抜けてゆき、背後のアサシンはよろめいた。
「え、いまの風なに? ひょっとしてこれが噂に聞く衝撃波ってやつですか!? くっはぁー! 最高すぎか!?」
サイモンは、彼を取り囲む異形に向かって、煮えたぎる怒りの眼差しを向けていた。
何も考えず、ひたすら攻撃し続けた。
頭の中が真っ白になったような気分だ。
村を飛び出していった時の彼も、こんな感じだったように思う。
あのとき、彼に力があれば、今のように魔物に立ち向かっていたはずだ。
「……サイモン、窓に近づかないで!」
アサシンが上げた金切り声に、サイモンははっと我にかえった。
サイモンの死角にあった民家の窓が開き、中からナイフを構えた村人が飛び出してきた。
サイモンは、自分がまったく冷静さを欠いていたことを自戒した。
今さらになって、マップで状況確認できる事を思い出す。
せっかく、こんな便利なチート機能を手に入れたというのに、なんというざまだ。
ぐにゃりと形の揺れるナイフが、サイモンの体にすっと潜り込むと、真っ赤な閃光が視界いっぱいに広がった。
輪郭を失い、不定形の怪物になった村人は黒いナイフを振り回し、サイモンの体に無数の切り傷をつけた。
不意に、異形の影の中に真っ赤な目が浮かび、自分の体が吸い込まれるような錯覚を受ける。
状態異常:【鈍足】
さらにデバフを食らった。
サイモンの体の動きは、水中にもぐったようにぐんと遅くなる。
「……ッ! まずい……!」
畳みかけるようにして、周囲から他の異形が殺到してくる。
手に手に武器を持ち、サイモンの鎧を貫いていった。
状態異常:【鈍足】
状態異常:【鈍足】
状態異常:【鈍足】
状態異常:【鈍足】
状態異常:【鈍足】
状態異常:【鈍足】
何重にもデバフがかかり、サイモンの動きはほぼ完全に封じられていた。
ひとつひとつの攻撃自体は大したことはなかったが、デバフの連鎖から抜け出すことが出来ない。
自らの体力を示す緑のライフゲージが、恐ろしい早さで削られていく。
「サイモン! ごめん、いま助ける!」
アサシンは、ようやく自分が援護すべきだったことに思いいたった。
すばやくサイモンの置かれている状況を理解した彼女は、さきほど準備していた【火遁】を放とうとした。
放とうとした。
指を前方に向ける仕草をするが、どうやらさっきの爆風で指先に灯っていた火が消えているらしかった。
慌ててもう一度火を付け直している。
「ああもう私キライ、自分がキライ、なんでこんなグズなのもうやだ死にたい、一生陰キャだわこれきっと死ぬまでこんなんなんだ」
「死ぬなアサシン! がんばれ! お前だけが頼りなんだ!」
ぐじぐじ恨み言をいうアサシンを、サイモンはなんとか励ましていた。
動きがカメのように鈍くなったサイモンに出来ることは、マップを見て脱出経路を探しておくことぐらいだ。
赤いアイコンがうじゃうじゃとひしめく村のマップに、青いアイコンがひとつ浮かんでいるのが見えた。
それは、アサシンとは別の青いアイコン。
しめた、もう1人の冒険者だ。
そのアイコンは、真っ直ぐにサイモンのいる方に向かってきた。
「どけどけどけぇ~ッ!」
サイモンに群がっていた異形の影が、一体、また一体と引きはがされていく。
武器は持っていない。
素手で戦っている。
だというのに、ほぼ一撃で『スケアクロウ』を倒していく。
真っ直ぐな金色の髪に、白い肌、流線型のチャイナドレス。
最後の異形を蹴り飛ばして、ようやくサイモンの視界にうつったブルーアイコンの隣には、【拳闘士】の文字が浮かんでいた。
顔を見て名前が浮かばない、ということは、サイモンは彼女の名前を知らないはず。
だが、モンクは青い目をサイモンにまっすぐ向けると、にっと笑って見せた。
「よう、サイモン。あやうくデバフ地獄にハメ殺されるところだったな!」
サイモンは、一瞬何が起こったのか分からず、ぽかんとしてしまった。
服装も、顔つきも、まるで見覚えがない。
なのにこのモンクは、どうしてサイモンの名前を知っているのか?
とっさに、サイモンは同じブルーアイコンであるアサシンの方に助けを求めようとした。
「なあ、アサシン……ひょっとして、お前の知り合いか? ……あれ?」
アサシンの姿は、こつぜんと消えていた。
どうやら、【潜伏状態】になって逃げたらしい。
セルを組んでいるサイモンのマップには、うっすらとその青いアイコンの位置だけが表示されていた。
「は、ハイランカーだ……あわわわわ……討伐数ランキング、モンク一位の【アビゲイル】だ……こわいこわいこわいこわいこわい……」
チャットログが「こわい」で埋め尽くされそうになったので、サイモンは非表示にするか迷った。
だが、今はまだ『スケアクロウ』との戦闘中なので、視界の隅に表示したままにする。
ようやく【鈍足】が解け始めて、サイモンはなんとか立ち上がることができた。
モンクと真正面から向かい合ったが、サイモンの方が体が大きく、大人が子どもを見下ろすような恰好になってしまった。
「助かった、けど、どうして俺の事を知っているんだ……?」
ようやくブルーアイコンの隣に、【アビゲイル】の名称が浮かんだが、それでもサイモンの記憶にはない名前だった。
モンクは、こめかみのあたりを指でちょいちょい、と指さして、何やら念じるように目を閉ざした。まつげが長い。
ぽーん、と音が鳴り、サイモンの視界にウィンドウが浮かぶ。
リアル世界にいる魔法使いからのメッセージが送られてきた。
『中身は俺だよ』
サイモンが、理解しがたいものを見たように渋面を浮かべていると、モンクは腹を抱えて笑っていた。
「まあ、NPCのお前には分からないか。つまり、この金髪怪力美少女は、魔法使いとは別の、もう一つの俺の姿ってことだよ」
「……一体なんだ、その魔法は……?」
2人のやり取りをしっかり見ていたアサシンが、先に気づいたようすで、ぽつりと漏らした。
「ねえ、それ『サブ垢』ってこと言ってるんじゃない? その人、サイモンの知り合いなんじゃないの?」
サブアカウント。
ゲームをプレイする際に作るアカウントのうち、メインアカウントとは別に作成されるアカウントのことである。
だが、そもそもアカウントを作ったことがないサイモンにその事を説明するには、ひじょうに骨が折れるのだった。




