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スケアクロウ

 サイモンはじりじりと後退し続けた。

 限りなくクロに近いのに、いまだに正体を明かさない2人のシスターから逃げるように。


 シスターは相変わらず、困惑した表情を浮かべている。


 ひょっとすると、直接攻撃を受けるまで正体を明かさないつもりなのかもしれない。

 サイモンも、さすがにそんな乱暴をすることは気が引けた。


 現実的に考えると、相手が本当に『スケアクロウ』ならば、サイモンが2人の正体を疑っているのが分かった時点で、襲い掛かってくるべきだ。


 なぜなら、一度かけられた疑いを晴らすことはとても難しいし、今なら正体を知っているのはサイモン1人しかいない。


 サイモンがそのまま教会から出ていって、他の村人たちを味方につけて戻ってくるまえに、2人がかりで抑え込んだ方が分がいいのは明らかだ。


 このモンスターはそんな能率の事など考えていないのかもしれない。

『直接攻撃を受けるまでは正体を明かさない』というロジックにとらわれている可能性もあった。

 つまり、これはゲームなのだ。


 あるいは、サイモンが油断を見せた瞬間に襲い掛かってくる算段なのかもしれない。


「すまないが……あんたたちは疑わしすぎる。この子たちを任せるわけにはいかない」


 サイモンは、短剣を鞘に納めると、3人の子どもたちを連れて教会を真っ直ぐ歩いていった。

 そのまま出入り口に向かうサイモンに、シスターたちは声をかけた。


「お待ちください、門番さん。その子たちをどうするつもりです?」


 サイモンは、それ以上近づくな、と言わんばかりに短剣を突き出した。


「心配は不要だ、他の大人の所に預けてくるだけだ……可能な限り、『スケアクロウ』じゃなさそうな人を探してな」


「どうして、そのような事を?」


「同じ村の子どもだろ? 事情を話せば分かってくれるさ。ところで、この子の親の名前は分かるか?」


「さあ、知りません。そもそも、その子たちはこの村の子どもではありませんが?」


 シスターの言葉に、サイモンは違和感を覚えた。

 じゃあ、この子達はいったい誰だ?


 みしっと、サイモンの腕をつかむ小さな手が、皮膚に強く食い込むのを感じる。


 完全に油断していたが、サイモンは3人の子どもに密着され、首や腕にしがみつかれた状態だった。


「……マジか」


 べき、ぼき、と音を立てて、子どもたちの背丈が巨大化していく。

 サイモンの背中に抱き着いている子どもの口が、彼の頭を丸のみするぐらい大きく開いた。


 サイモンは、その口に短剣の柄をあてがって、大きく前転する。

 牙によって首や肩の皮膚が裂けたが、致命傷の攻撃を避けることに成功すると、背中や足を引っ張ろうとする手を振り払いながら、壁際まで転がり続けた。


 どうやら、人間の子どもではない。

 2メートルを超える長身になった。

 その姿は、画質の悪いビデオのようにザワザワとちらついて、くっきりとした像を結ばなくなっている。

 ときおり子どもの姿の残像がお腹のなかに写りこんでいた。


 頭上のホワイトアイコンが鮮血の色に染まり、『スケアクロウLv10』の名称が浮かんだ。


 2人のシスターも、全身の像が砂嵐にまみれて時おり色合いを変えながら、サイモンの方に迫ってくる。


「あらあら、門番さん、どうなさったの?」


「お怪我をなさったの? 真っ赤な血がでているの?」


「たいへん、真っ赤なものは、ぜんぶ搾り取って真っ白にしちゃわないと」


「レッドアイコンと間違われたら、こわい冒険者さんに狩られちゃうわ」


 ぐねぐねと形を変える不定形の体から、細長い武具を取り出した。

 すべてが不定形な中で、そこだけ高質さが異様に際立っている。

 おそらく巨大な鎌だ。


 頭上のアイコンは、紫がかった夕闇の雲のように赤く蠢いている。

 糸のように細い雷鳴がほとばしり、怪物の心臓のようにばくん、ばくん、と拍動を繰り返し、その隣に文字がひとつずつ、後光を浴びながらゆっくりと浮かび上がる。


『スケアクロウLv21【ヘリオーネ】』


『スケアクロウLv22【イヴ】』


「しかもネームドかよ」


 どうやら、名前まで持っていたらしい。

 冒険者ギルドで討伐対象になるモンスターの中でも、特に強いものは名前持ちになった。

 しかも、サイモンとほとんど同じレベルだ。


「なんだ……なにも難しく考えることはなかったな」


 苦笑いを浮かべながら、サイモンは立ち上がった。

 誰も守る必要などなかったのだ。

 この教会は、すでに壊滅させられていた。


 教会の奥には、ヘリオーネとイヴ。

 出入り口の方には、レベル10が3体。

 隙を見て逃げ出さなければ、まともに戦ってはならない相手だった。


「さあ、門番さん、お祈りの時間ですよ!」


 ヘリオーネが、大きく鎌を振りかぶった。

 だが、その鎌がサイモンに向かって振り下ろされることはなかった。

 振り下ろされる直前、教会のステンドグラスから青い光がぱっと飛び散り、放たれた太い矢によって、鎌が床の上に縫い付けられたからだ。


 ごわごわしたスーツに身を包んだ少女が現れ、サイモンの隣に着地した。

 ブルーアイコンの隣には、【ミミズク】の名前がある。

 アサシンだ。


「おかえり」


「うるさい」


 アサシンは、右手のすべての指の間にひし形の刃物を挟むと、飛び掛かってくるスケアクロウに投げ放った。


 忍者シャドウスキル、第4階梯『金遁法』だ。


 一定時間、ランダムに小ダメージをばらまき続け、相手の動きを抑制する。

 ダメージこそ少ないが、連続ノックバックによって攻撃を遅らせる効果があった。


 その隙に、他のプレイヤーが大きな攻撃を仕掛ける準備をするためのものだ。

 サイモンは大きく息を吸うと、火を吹き出した槍で大きく振り払った。


 槍スキル、第2階梯【火炎突】。


 サイモンを取り巻くように炎が噴き上がり、スケアクロウたちは不定形の体が天井ちかくまで伸びあがるほど驚いていた。


「あいつら、炎が怖いのか?」


「『スケアクロウ』の頭の中は『わら』が詰まってるんだってさ。オズの魔法使いで言ってた」


「なるほど弱点か。幸先がいいな」


 同レベルの2人はともかく、レベル10もの差があれば、弱点攻撃のみで致命傷を与えることも難しくない。

 サイモンは、そのまま【紫電突】で突進し、小さい方の『スケアクロウ』の包囲を難なく突破した。


「懺悔なさい! 懺悔懺悔懺悔懺悔ェェェェェ!」


 そのまま教会の出口を目指して走ると、アサシンも素早い身のこなしでサイモンと並走しはじめた。


「で、どうするの?」


「予想以上に相手が強い、ここは一旦出直そう」


「そうじゃなくて、私になにか言う事ないの? 1人だったら危ないところだったんじゃない?」


「何だって?」


「天才ミミズクさま、疑って申し訳ございませんでした、私はあなたがいないと何もできない哀れな男ですって言ってくれたら嬉しいな。えへえへ」


「そう言えば、土下座でも詫び芸でも何でもするって言ってた気がするけど、あれはどうなったんだ?」


「はっ! そ、そ、そ、そんな細かい事まで覚えてるんだ!? いいわ、なんでも言ってちょうだい……リアル情報と顔出し以外なら、捨てる覚悟は出来ている!」


「じゃあ教えて欲しいんだけどさ、結局ログアウトして何しに行ってたんだ?」


「ふふーんそれはねーって、言えるかー! うわーん! サイモンがいじめるよぅ!」


 アサシンによる張り手をビシバシ受けながら、教会の外に飛び出したサイモン。

 2人は同時に、びしり、と足を止めた。


 村の家々の間を、無数の不定形の影がうごめいている。


 ときどき不定形の影が薄れ、普通に生活している村人の姿が浮かび上がることがあるが、もやのような形をしている時間の方が長い。


 とてつもない数の『スケアクロウ』が、教会を目指してうぞうぞと這いよってきた。


 アサシンは、マップを確認している。

 さっきまで家々の中に閉じこもっていたホワイトアイコンは、どこにも見当たらなかった。


 アサシンは、深い息を漏らして言った。


「なんかこの村……もう全滅してたっぽいね」

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