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第三の神話

 2人のシスターにじっと見つめ返されて、サイモンは戸惑った。

 教会の祈りのポーズの意味が、さっきの話と今の話とで食い違っている。


「あの……さっきガラスを膨らませる仕草だって言ってたのは?」


 サイモンも内容をそこまで詳細に把握している訳ではないが、つじつまが合わないのははっきりと分かる。


 もしも村人に擬態している『スケアクロウ』ならば、知らない質問をされたときになにかボロを出すのでは、ぐらいに思っていたのだが。

 まさか、こんな込み入ったウソを即席で瞬時に作ったというのだろうか?

 AIなら、このぐらいの適当なウソを即興ででっちあげるというが、本当なのか?


「「異説はあります」」


「あ、そう……そうだね、そう言ってたよね」


 なるほど、異説だったのか。

 異説だったのなら、話が食い違っても仕方がない。


 ……という言い訳のための、都合のいい予防線だったような気がしないでもない。


 サイモンが嫌な予感でピリピリしていると、3人の子どもたちから「遊んでー、遊んでー」とせがまれた。

 サイモンが力こぶを作って、ひとりひとり持ち上げてやると、きゃっきゃっと笑う。


「この子たちは?」


「モンスターに襲われて、親を亡くした子たちです」


「他に避難する場所がないので、ここに来ました」


「そうか……だったら、誰かが面倒をみてやらないといけないな」


 この子たちを置いて逃げるわけにはいかない。

 もしも、2人のシスターが『スケアクロウ』ならば、最初に犠牲になるのはこの子たちだ。

 だが、どうやって助ければいいだろう?

 サイモンは、アサシンにチャットを送った。


「アサシン、もしもここにいる2人が『スケアクロウ』なら」


「分かっている。ちゃんと見張ってるよ」


「俺がなんとか食い止めるから、その隙にこの子たちを連れて逃げてくれ」


「ひゃああああああ! ジュンと来たあああああ!」


 サイモンは、視界のチャットログがいきなりうるさくなったので、目をすがめた。

 シェルを組んでいる仲間とのチャットは、聞き取れないような小声でも文章(読み仮名もふってくれる)で表示されるのだが、そこまで字を読むのに慣れていないサイモンは、いったいアサシンに何が起こったのかといぶかった。


「どうした」


「大丈夫、なんでもない、こっちは大丈夫ですから、続けてください。というか、ごめん、いったんログアウトしていい? リアルの体の方が、私の意識の帰還を求めているみたいなので」


「どういう事だ? お前がいなくなると困るぞ」


「お願いします、乙女の尊厳にかかわるので。すぐに戻ってきます。私にも捨ててはならない尊厳ってあるの」


「戻ってくるという保証はあるのか? 俺がお前の事をどれくらい信用できるというんだ?」


「そんな保証はできないし、信用もないかもしれないけど、お願い早くして。いい、いま私は自分のリアルの体の感覚を遮断しながら同時にモニターもしてるの。何があってもリアルの体の警告だけは無視してはならないの」


「よく分からないな、もう少しかみ砕いて説明してくれないか?」


「早く……行かせて……お願い……自分の尊厳の崩壊を、バーチャルの世界から観察しているような地獄だけは味わいたくないの……お願いだから……ほんの1分でいいから……ログアウトさせて……お願い、なんでもします……」


「なんでもすると言うのなら、まずここにいて欲しいんだが」


「お願いだから! 早くログアウトさせてって! 言ってるでしょうが! あとで土下座でも詫び芸でもなんでもしますから! あ……あ……もう……だめ……おね……がい……」


「どうしたんだ? 顔がまっさおだぞ、ひょっとして、具合が悪いのか?」


「もう……いい……勝手に……する……もう……帰る……一生呪ってやる……バカ……サイモンの……バカぁ……」


「わかった、今はお前の事を信じよう。なるべく早く戻ってこい」


「ぐすっ、うぐふぅ、ぶっころぉ……」


 なにか言いかけたが、それより先にアサシンはログアウトした。

 マップ上に浮かんでいたアサシンのアイコンが、ふっと消える。

 そして、ここにはホワイトアイコンだけが残された。


 ふうむ、とサイモンは唸った。

 サイモンに理由はよく分からないが、アサシンはログアウトしてしまったようだ。


 困ったことに、シスターが2人とも『スケアクロウ』だった場合、2体同時に相手をすることができるか不安だった。

 いざ戦闘になったら、子どもを守ることができないのではないか。


 サイモンの感覚では、日が落ちるまでまだじゅうぶん時間はあるが、向こうの世界では20分といったところだ。

 それまでに、アサシンが戻ってくるという保証はない。


 なにか確証を得る方法はないか考えながら、こっそりメニューを開いた。

 チャットメッセージを飛ばしてみたが、アサシンに送ったのではない。


 サイモンには、アサシンよりももっと自由に動ける仲間がいる。

 外の世界にいる仲間だ。


『教会の祈りのポーズの意味を調べてくれ』


 サイモンが、メッセージを送ってから、しばらく。


 ぴぴっ、とチャットメッセージが戻ってきた。

 ブルーアイコンの冒険者。

 魔法使いからのメッセージだ。

 まだ起きていた。

 やはり彼は頼りになる。


『公式サイトによると、王国の建国伝説が元になったらしい』


『どんな内容だ? ガラスや果実は関係するのか?』


『知らんけど、Wikiの内容をそのまま貼り付ける。


 のらくらドリンケルは、若い頃フリスビーを投げて犬と遊んで暮らしていた。

 彼は指笛が下手だったが、犬さえいればその日暮らしにも満足していた。


 ある日、犬は森に飛び込んで戻って来なかった。

 ドリンケルは指笛を吹けない自分を呪った。そして犬を探す長い長い旅に出た。

 ゆく先々の国で仲間を集めては、指笛を鳴らさせ、犬を呼んだ。

 果てしない旅の末に、彼は最終的に大王にまで上り詰め、国民を総動員して指笛を鳴らさせた。


 けっきょく犬は戻って来なかったが、やがてそれが習慣化し、人々はいまでも挨拶の時に指笛を吹くような仕草をするようになったのである。神話の時代のドリンケル大王の話である』


 サイモンは、教会に入って来たとき目に付いた、青銅の像をもう一度見た。

 そこには、抱えるほど巨大なフリスビーを投げている天使の像がある。

 そして彼の足に巻き付くように、毛並みのふさふさな犬もいた。


「なるほど、そうか。なるほどねぇ」


 公式やWikiというのが一体なんなのかは、いまだにサイモンも分からないが。

 なんとなく、全てを理解した気になれるものらしかった。


 2人のシスターの方を見ると、2人ともじーっとサイモンを見ていた。

 最初は美しいと思っていたが、今では作り物めいた恐ろしさを感じる。


 サイモンは、子どもたちを肩車したり、自分の体にまとわりつかせたりしながら、2人のシスターから隠すように移動していた。


「どうかなさいましたか」


「いや、そろそろ、自分の仕事をしないとな……と思って」


「どのようなお仕事ですか?」


「隣村の門番だ。モンスターが入ってこないようにしないといけないが、この村に『スケアクロウ』が出現したと聞いていてな」


「まあ」


「今の話で分かったよ。1つの教会に、3つも矛盾する伝説がある必要はない」


 そして、サイモンは腰に帯びた短剣をすらっと抜いた。


「答えろ、お前が『スケアクロウ』だな?」


 サイモンは、それぞれに、切っ先を突き付けてみた。

 赤い髪のシスターは、ふるふる、と首を横に振った。

 もう1人の青い髪のシスターも、ふるふる、と首を振る。


 刃物をむけているのに変わらず真っ直ぐに見つめられて、サイモンはたじろいだ。

 これは……思った以上に難しい。

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― 新着の感想 ―
AI<異説はあります。 関西人<しらんけど。
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