ミミズクとの出会い
村人がひとりも姿を現さない非常事態の村に、突如あらわれた謎のアサシン。
これまでのやり取りによって、サイモンの中で、彼女が『スケアクロウ』である可能性は80%ぐらいまで高まっていた。
警戒しておいて、まず間違いはないだろう。
サイモンが武器を構え、臨戦態勢になったのを見て、アサシンはぴくりと眉を動かした。
「なに? ひょっとして、私とやりあうつもり?」
「お前が『スケアクロウ』かどうか確認するためだ。どうしてもフレンド登録を拒むというのなら、戦って確かめざるを得ないだろう」
「へー、そういう方法もあるんだ。……ちなみに、あんたレベルいくつ?」
「24だ」
「24!? はぁ!? あんた1日何時間プレイしてんの!?」
「もうかれこれ20年近くこの世界にいるよ」
「そういう話じゃなくて、もう24ってどうやってレベル上げしてんの? このゲーム経験値をあげる狩り場がなくて渋いって散々言われてるんだけど?」
「狩り場は知らんが、疑うなら、ステータスも見るか?」
「うっそ攻撃力たっか……」
サイモンがステータスの画面をくるっと向けると、アサシンは青ざめ、慌てて自分のメニュー画面を開いた。
灰色の板が、彼女の周囲に無作為にぽんぽん浮かび上がる。
「あーっ、もう、わかったわよ! ほら、開いた! これでいいんでしょ!」
「まだだ」
「まだ!?」
「まだメニューのように見える板を浮かべているだけかもしれない。そのくらいなら擬態の能力を応用すれば、簡単に偽装できる可能性がある。ちゃんと俺とフレンド登録ができたら認めてやる」
「うーッ!!」
アサシンは、髪をわしわしかきむしって、メニュー画面をたどたどしくタップしはじめた。
おぼつかない指であちこち押して、やけに時間がかかっている。
サイモンは、その動きにおかしいところがないか、逐一目で動きを追い続けていたが、不意に気づいた。
「なあお前、ひょっとして、フレンド登録の仕方を知らなかったりするか?」
「う、うっさいわね! はいそうよ! どうせ私は万年ソロプレイヤーよ! フレンドなんてリアルでも一人もいないわよ! 授業中は昼寝して、帰宅部で、夜はゲーム三昧の陰キャで、風呂も週に1度しか入らない、性根の腐った引きこもりみたいなのがクラスの隅っこにぽつんといたとして! どうやったら友達ができるのか教えて欲しいわ!」
「簡単だろ? まずは話しかければいい。その程度のことも知らないとなると、ますます人間かどうか怪しいんだがなぁ」
「なにこの地獄……! なんで私はゲーム世界でも陽キャにイジメられてるの!? 私が一体何をしたっていうの……!?」
めそめそしながらメニューを操作して、やがて、サイモンのメニューでも、ぽーん、と音がした。
『プレイヤー:ミミズクとフレンド登録しました』
ふむ、とサイモンは満足してうなずいた。
ブルーアイコンの隣にも、ミミズクの名称が浮かぶ。
アサシンは、よほど恥ずかしいのか、真っ赤になってメニューの端に顔を隠している。
「な、なによぅ、こっち見ないでよぅ。ひーん、過去のトラウマがよみがえるぅ」
ブルーアイコンの冒険者は、つくづく変な連中ばかりだ。
これで『スケアクロウ』だったら、よほどの食わせ者だが、たぶんそれはないだろう。
ようやく安心したサイモンは、武器を収めると、彼女に手を差し伸べ、握手を求めた。
「よろしく、俺はヘカタン村のサイモンだ」
サイモンがにっと笑うと、アサシンは、顔を真っ赤にして、ぴゅーっと走って逃げてしまった。
どこまでもどこまでも走っていく。
やがて、ほとんど顔の見えないくらい遠くから、彼女は声を張り上げた。
「し、Cランク冒険者、アサシンの、み、ミミズクです……趣味は、ゲーム……実は、今日で3徹目してて……へ、ヘッドギアつけたままだから、髪とか寝癖ヤバい事になってるし、正直ハゲてるかもしらん……臭いも、ヤバい事になってると思うから……あんま、リアルでは、会いたく、ない、かな」
「……あれ、お前、ひょっとして、俺の事をブルーアイコンだと思っているのか?」
どうやら、あまり他のプレイヤーと関わったことがないアサシンは、ホワイトアイコンとブルーアイコンの区別も普段からつけていないみたいだった。
そのくらい、この世界では両者の境界はあいまいなのだ。
***
アサシンとサイモンは、即席のチームを組み、村の中を探索した。
このチームは通称セルと呼ばれ、クエストを攻略するために単発のチームを結成したとき、最低限のコミュニケーションをとり合うために必要なものだ。
視界情報を切り替えると、現在セルを組んでいる仲間の体力や状態が表示され、さらにチャットのログも表示される。
アサシンの状態には『潜伏』と記載されていた。
姿は見えないが、マップ上にはうっすらと半透明なブルーアイコンが浮かんで見える。
どうやら、セルを組んだ仲間にはだいたいの位置が分かるようだった。
サイモンが細い路地にひとつひとつ入って、アサシンは屋根の上から遠くの様子を見まわってくる。
だが、ひととおり歩き回っても、村のどこにも怪しい者の姿はない。
建物も、ぜんぶで12軒しかない小さな村だ。
サイモンが見落としているとは考えられない。
「そっちは何も見なかったか?」
「見てたら報告してるわ」
屋根の上から、アサシンが飛び降りてきた。
潜伏状態を解除すると、うっすらと姿が浮かんでくる。
「ひょっとすると、建物の中に潜伏しているのかもしれないわね」
サイモンは、視界に映るマップを確認した。
先ほどからマップには、それぞれの建物の中に隠れている白いアイコンの姿が映っている。
残された可能性は、そのどれかに『スケアクロウ』が擬態しているかもしれない、ということだ。
サイモンは、首をひねった。
「『スケアクロウ』が建物の中に潜伏して、どうするつもりだろうか?」
「夜になるのを待ってるんじゃない? 暗くなってから人を襲うっていうのがセオリーだよ、こういう怪物って」
「なるほど、理にかなっている」
サイモンは、空を見上げた。
太陽は霧の向こうでますます強い光を放ち、そろそろ昼に差し掛かろうとしている。
空腹は多少我慢できるとして、リアルの時間では、午前0時40分といったところだ。
「アサシン、まだ起きていても平気か?」
「うん、平気。さっき日付が変わる前に20分くらい仮眠とったから、目がギンギンに冴えてるの。むしろ眠りすぎて頭が痛いまである」
「俺にはよく分からんが、あまり無理するなよ? 徹夜は肌にもよくないそうだ」
「ぜんぜん心配してないわよ、そんなの。10代の肌なめんなー?……あ、ごめんなさい、生意気言いました、すみません……じゃあ、どの家から調べる?」
サイモンは、奥にある教会の建物を指さした。
「k」
と短く返事をするアサシン。
なるべく音を立てないように慎重に歩き、教会の大きな扉に張り付いて、ごんごん、と叩いた。
「ヘカタン村のサイモンだ! 誰かいるか!」
もう一度、ごんごん、と扉を叩く。
マップで確認すると、教会の内部にいるのは、ホワイトアイコンが5つ。
そのうち2つが、サイモンの呼びかけに反応し、ゆるゆると動き出した。
どうやら、扉の方まで近づいてくるようだ。
それを見て、アサシンは急に慌て出した。
「よ、呼んでどうするの、こっち来ちゃうよ!?」
「なに、呼ばずにどうするつもりだったんだ?」
「こんなに数が多いんだよ!? 窓から中の様子を観察するとか、裏口のカギを開けてこっそり侵入するとか! なんか方法があったでしょうが!」
「なるほど、次はそうしよう。アサシン、お前は姿を消しておけ」
「助かる。正直、会話が苦手でテンパってた」
本音をこぼしたアサシンは、すうっと姿を消した。
つくづく、ブルーアイコンは変な連中だ。