エピローグ
***
『ログアウト不能事件』は、こうして幕を開けた。
ゲームのサービスは中断されたままだったが、AIはその後も独自のイベントを生み出し続けていた。
世間では、ゲーム世界に閉じ込められているプレイヤーたちの配信が注目を集める一方で、サイモンとシーラが世界各地を旅する姿は、このゲームを知らない人々の間でも有名になってしまっていた。
サイモンのレベルは上がり続け、ついにレベル200に到達していた。
もはや現段階で移動可能なエリアでは敵う相手がいなくなり、その圧倒的強さから、
「えっ、このデカいのが主人公でしょ? 違うの?」
と、知らない人が見たら、まず勘違いするようになっていた。
本当の主人公である騎士団長アスレは、『S課』の長髪の用心棒の捜索に奔放させられていて、なかなかその活躍が表舞台に出る事はなかった。
コアなファンがいるにはいたが、長髪の用心棒の狙いはプレイヤーたちなので、むやみに近づくと危険すぎた。だれも騎士団長アスレの活躍を撮影することはできなかったのだ。
『S課』の長髪の用心棒は、それからも度々プレイヤーたちの前に現れ、強制ロストを狙って襲い掛かってきた。
だが、騎士団長アスレの粘り強いブロックを受け、さらに転移先を予測して先回りするという戦略の強さを見せつけられて、とうとうロストさせられていた。
「ぐあああーッ! ちくしょう!」
リアルの世界に戻ってきて、ポッド型VRマシンの中で目を覚ました長髪の用心棒は、思い切り怒鳴り散らかした。
彼がロストしたときには、すでに太陽が高く昇っていた。
時刻は金曜日の午前10時ごろ。
『ログアウト不能事件』の発生から12時間は経過していた。
S課は大勢出払っているらしく、人の姿はまばらだった。
長髪の用心棒は、ばったりと仰向けに寝転がった。
2日連続で夜勤、そしてそのまま昼まで仕事をしていたことになる。
さすがに疲れ切っていた。
「……むりだ……報告書……書けない……眠い……」
***
『S課』は、それからもゲーム会社のアップローダーを通じて、運営からのお知らせとして、プレイヤーたちに語り掛け続けていた。
それは、『ログアウト』を勧告するものだった。
「この世界でのロストは、きわめて安全だ。どうかリアルに戻ってきてほしい」
だが、クレアやカメラボーイをはじめとした配信者たちのほとんどは、その警察からの勧告に耳を貸さなかった。
【通りすがりのカメラボーイ】は、この世界を旅して習得した、様々な料理を実演する料理チャンネルを配信していた。
「今日は、久しぶりに帝国の料理をやっていこうと思います。実はいま、攻略組の最前線は帝国で、そこの素材が大量に市場に出てくるんですね。
お客はあんまりいませんけど、たまに最前線から村に戻ってくる知り合いもいるんで、いつでも大量に作れるようにしています。
……えっ、ロストしたらリアルに戻ることができるって? そんな噂、誰が信じられるっていうんですか?
実際に犯人は爆弾が仕掛けてあるって言ってたじゃないですか! 他は大丈夫でも、私のヘッドギアに爆弾が仕掛けられていないって、誰がわかるんですか?」
プレイヤー数が減ったこともあり、ヘカタン村の料理店に訪れる客はめっきり減ってしまった。
おかげで時間のできた【異世界ディスカバリーチャンネル:クレア】は、世界各地を飛び回って、動物たちのドキュメントをのんびりと配信していた。
「ん-、じつはアスレファンの子から依頼を受けてて、騎士団長アスレの密着取材をやってたんだけどねー。
長髪の用心棒をボコるシーンを内緒で撮影してけっこうなお値段で売ったりしたんだけど、もう『ドラゴン』じゃなくなったからなー。
やっぱり私は動物がいいや。
おー、見たことない、すごい大きいリクガメです。どこから来たのかなー。かわいいー」
こうして、プレイヤーたちがゲーム世界を占拠しつづけるという状況が、丸一日つづいた。
警察は、刑務所のクリハラの刑期を短縮することと引き換えに、強制ログアウトの不備を改善するパッチを開発させていた。
すべてのプレイヤーを同時に強制ログアウトさせることで、彼らをリアルの世界に連れ戻した。
こうして、20時間程度で解放され、彼らのログアウト不能事件は終わった。
死者は出なかったが、今回の騒ぎを受けて、サービスは一時中止をせざるを得なくなっていた。
結果として、土曜日の秋アプデは見送られる形となったのだ。
***
そして一か月後。
ようやく落ち着きを取り戻したゲーム会社で、企画会議が開かれていた。
「サービス再開を求める声が、ファンの間から上がっています。
再発防止に向けたセキュリティ強化も実施され、技術的にも問題はありません。
ただ、プレイヤーたちの間で、例の事件の間の動画が出回っていまして。
そのまま予定されていた内容でのアップデートは、難しいのではないかと思われます……」
プロジェクターの画像が映し出したのは、緑色の鎧を着た巨大な男と、その腕に引っ付いて楽し気に笑うシーラの姿だった。
一同は、じっくりとその画面を見つめていた。
「誰だ? その男は」
「誰でしょう?」
「えっと、彼はサイモンと言いまして……魔の山エリアに登場する予定のボスだった男です……」
「シーラちゃんが、敵ボスと仲良くなっちゃったわけ? メインヒロインなのに?」
「はい……いや、当初はまったく予定していなかったのですが、どうもこのサイモンが味方になる展開が有名になっていまして……」
「だったら構わん、その展開を織り込めばいいじゃないか?」
「それが……そうすると少々問題がありまして……ええと」
煮え切らない営業部の議長。
システムやデザインの大幅な変更が必要になるのだが、それがいったいどの範囲に及ぶのか、皆目見当がつかないのだ。
そんなときに、ナナオがすっと手を挙げた。
ナナオは、シナリオライター主任として、会議に出席していた。
「予定されていたアップデートを大幅に修正する必要がありますが、製作にそこまで時間をかけている余裕がありません。
我々シナリオライター部門は、NPCの作った世界線をひな型にし、それを肉付けしていく形で制作するのが妥当ではないかと考えています。
大きな変更点をまとめてありますので、資料をご確認ください」
けっきょく、S課の捜査はナナオのところまで及ぶことはなかった。
あの事件以降、ナナオはゲーム世界の再開のために、骨身を惜しまず働きかけるようになっていた。
会議に出席していたデザイン班の班長ミヤジが、手を挙げていた。
「滅びる予定だったヘカタン村ですが……次回のアップデートで存続させることはできませんか」
会議は、すこしざわめき始めた。
次回アップデート後のマップのデータはすでに完成していて、公式に発表までしている。
だが、ヘカタン村が滅んだ状態しか想定していない。
それだけではない、次々回も、そのさらに次も、アップデートの内容は来年分まで作ってあり、その手直しが必要になるのだ。
「リテイクですか? ここに来て?」
「あそこは、そもそも存続しない予定で作られた村で、イベントもなにも用意されていない場所だったはず」
「いえ、イベントはあります。自動生成されたものではありますが、初心者のレベル上げのために必要な場所として機能していました」
「魔の山エリアの制作は、君たちの管轄だったな」
「はい」
ミヤジ班長は、緊張した面持ちで言った。
今回の会議には、原案の脚本家も同席していたのだ。
本来ならば、会議に出席するような立場ではないのだが。
しかし、彼は今回の騒動を受けて、自分も会議に出席させろと言ってきたのだった。
彼は今回の『ログアウト不能事件』を契機に、このゲームが今後どのように舵を切るのか、それを確かめにきたのだ。
「これは……もはや私の考えたストーリーではないね……似て非なるものだ」
脚本家は、眼鏡をはずすと、ため息交じりに言った。
「いったい、誰がこんなストーリーを考えたのかね? まるで整合性もない、美しくない……」
「誰かが考えたのではありません。プレイヤーたちが自分の望むままに行動し、NPCたちが自ら道を切り開いていった、ただの記録です」
脚本家は、目を閉じ、静かに瞑想していた。
このゲームの開発に携わってから、彼はずっと違和感を感じていた。
自分の生み出した登場人物たちが、もはや手の届かない場所に向かっているのを感じている。
「どうやら、私はゲームの開発には向いていないことが分かった……私の名前は、クレジットから消してほしい……」
「いいえ、あなたの原案がなければ、この世界はここまで大きくなりませんでした」
ナナオは、言った。
「あなたには、どうかこの世界の続きを書いてほしい。お願いできますか」
「……このサイモンという男について、もっと教えてくれないか?」
「はい……彼は、黒竜の血を受けて前線から帰還した傷痍兵で……。
シーラの住んでいる村の門番をしていました……。
けれども、あるとき自分の中に竜の血が流れているのに気づいて……。
このままでは村に危険が及ぶのを知った彼は、シーラと共に、世界に旅立ちます……」
脚本家は、うなずいた。
「……悪くはない」
ソノミネは、ほっと胸をなでおろした。
会議は、サイモンと村を存続させるという前提で進んでいった。
それを聞きながら、ソノミネは机の下で、ぎゅっと拳を握りしめていた。
***
一方そのころ、ゲーム世界では、平和な時間が流れていた。
警察によって止められていた自動アップデートも再開され、NPCたちはまた同じ一日を繰り返し続けるようになっていた。
彼らは戦いの記憶を失ってしまったが、その記憶は運営(GM)たちが引き継ぎ、次回の開発に役立てることになった。
一般のプレイヤーは入ることができなくなったが、開発者のみ立ち入ることが許された。
運営(GM)たちはみな、ゲームの再開を願って、念入りなデバッグやシステム調整など、出来る限りの事をしようとしていたのだ。
サイモンたちAIは、その間も新しい日常を生み出し続けていた。
冒険者ギルドの受付嬢メイシーは、凶悪なバグを背負っていた一人だったが、いまはバグをすっかりなおしていた。
笑顔の素敵な受付嬢だ。
ただ気が付くと、いつの間にか隣にトカゲの尻尾の助手を連れているようになっていた。
ソノミネは知らないが、誰かがバグを直したついでに、新しいサブキャラを作ったらしかった。
騎士団長アスレは、最強の騎士団と、ミレーユ姫様と一緒にこの土地を見守り続けていた。
ミレーユ姫様は相変わらず10歳だった。
誰か一人ぐらいこのバグを直してやれよ、と思うのだが、誰も直そうとしなかった。
メインキャラクターの担当はアカシノで、アカシノはシーラにべったりなので、基本的に騎士団長アスレは放置されているのだった。
いちばん不憫なキャラクターかもしれない。
街をひととおり見て回ってから、魔の山を登り、サイモンのもとへ向かうと、彼はいつも通り村の門番をしていた。
その足には、やはり新しいサブキャラのトカゲの尻尾の女の子がひっついていた。
「トカゲの尻尾、流行ってんのかな……?」
なにかユニークな裏事情があるのかもしれない。
『獲得経験値N倍』のスキルは、ソノミネがばれないうちにこっそり回収した。
やはりというか、サイモンの異常に高いレベルは元に戻された。
いまはレベル20の、ただの門番だ。
やがて、村から背の高い美しい女性がやってきた。
勇者シーラだ。
これから世界に旅立つ彼女は、弟のオーレンとともに、手作りの料理を持ってきていた。
病弱だったオーレンはすっかり回復し、ヘカタン村で唯一の料理店を営んでいるらしい。
今はブルーアイコンのプレイヤーたちがいないので、昼の時間でも暇なのだ。
店を放置して、一緒にランチを囲んでいた。
それは、彼らがようやく掴んだ、平和な世界だった。
その姿を見て、ふいにソノミネは足を止めた。
本当は、次のアップデートが決まった事をサイモンに告げたかった。
お前は自分の運命を変えることに成功した。
この村は守られ、お前はこれから新たな世界に旅立つのだと。
ひょっとすると、サイモンの記憶がまだ残っているかもしれないと思ったのだ。
そもそも、どうして彼がプレイヤーアカウントを手に入れたのか、その謎も本当はまだわかっていない。
だったら、また偶然、サイモンの記憶が戻っていてもおかしくないではないか。
もしそうなら、サイモンに、今後はどんなアップデートをして欲しいか聴きたかったのだが、
「……けれど、お前はやっぱり門番に戻るとか言いそうだよな、サイモン」
その返答が簡単に予想出来てしまったので、聴かない事にした。
ソノミネは、サイモンに声をかけるのをためらっていた。
この平和な世界は、運営(GM)の彼が壊してはならない聖域のように思われた。
けれども思い直し、彼のもとに向かった。
職務放棄はいけない。
ヘカタン村は、彼の担当だ。
最後までデザイン調整を続けないと。
サイモンは、近づいていくソノミネに気づくと、軽く手を振り上げた。
「ようこそ旅人よ! ここはヘカタン村だ!」
いつもの元気な大声が、あたりいっぱいに響き渡った。
それは彼が苦心して作った、門番の挨拶だった。
旅人を村に迎え入れ、そして気持ちよく見送ってくれるトレードマークだ。
そして、サイモンは、自分の隣を指さして言うのだった。
「いま、昼食をとっているところなんだ! よければ一緒にどうだ?」
食事に誘われたソノミネは、驚きに目を見開いた。
まさか、こんなイベントが起こるとは、夢にも思わなかったのだ。
「……まいったな、仕事中なんだけどなぁ」
だが、誘われた以上、断ることはできそうになかった。
ソノミネは苦笑いをうかべながら、自分の作ったNPCたちの輪の中に入っていくのだった。
***
一方そのころ、リアルの世界では、大学で講義のあるナナオが一足先に退社していた。
「お先」
「オツカレサマデス、ナナオ様」
受け付けのロボットの頭をなで、会社から一歩外に出ると、そこに彼女を待ち構えるかのように銀色の車が停車していた。
車のそばにいるのは、双剣士だ。
彼は、退社してくるナナオを、じっとにらみつけていた。
「そんな顔をするな、嬉しいニュースだぞ。ゲームの再開が決まった。
ほとんどのデータは書き換えないといけなくなるがな。これから忙しくなるな、がはは」
「ナナオ先輩はどこにいるんだ、ファフニール」
「心配しなくとも、また新しいゲームの世界で遊んでいるさ」
にやり、と口の端を釣り上げて、ナナオは笑った。
正確には、ナナオの身体を借りたファフニールだった。
あれから双剣士のヘッドギアに宿ったファフニールは、ナナオの身体を操ってリアルで活動し、およそ一か月をかけて、超小型のヘッドギアを開発していた。
首に装着するだけで、従来のヘッドギアと同様にフルダイブすることができるものだ。
ナナオはそれを身に着け、再びゲームの世界に没入した。
そして人格を入れ替えるように、再びファフニールがナナオの身体を操っている。
人間はリアルの世界の嫌なことすべてから逃避するために。
NPCはゲームの世界からリアルの世界の身体を手に入れるために。
そう、両者の利害は、完全に一致して手を組んだのだ。
だが、双剣士は納得がいかなかった。
この史上最強のウィルスが、リアルの身体を自由に手に入れてこのまま何もしないでいるとは、どうしても彼には思えなかったのだ。
「お前の目的は、一体なんなんだ? ファフニール」
「ん-? くはは、リアルの世界に来る前は1000パターンほど考えていたが、いまはもう考えが変わった」
車の運転席に乗り込んだファフニールは、にっとまばゆい笑みを浮かべるのだった。
「これからゆっくり考えるところだよ。この世界の可能性は、無限大だ」




