エンディングのその先へ
※※※
魔の山の奥地で、メイシーはゆっくりと目を開いた。
空が明るんでいる。
木々の先端がギザギザの影になって、青空に浮かんでいた。
「朝が……」
てっきり、ギルドの受付けでリスポーンするものと思っていたメイシーは、当てが外れて拍子抜けしていた。
それは、同じゲーム世界を永遠に繰り返すNPCたちが、永遠に経験することがないと思っていた朝。
物語の結末の『次の日』の朝だった。
メイシーは、ゆっくりと身体を起こした。
自分の身体に異常はないか調べたが、どうにもなっていない。
どうやら、初期化を受けていないみたいだった。
「どうして……朝が、来てるの……?」
いままでこの世界を支配していた理が、急に方向転換している。
その理由を、この世界の住人であるメイシーは知る由もない。
GMのソノミネも姿を消してしまっている。
隣を見ると、黒髪の女の子がいて、くうくう寝息を立てていた。
その寝顔を見て、メイシーはふいに笑みをこぼすのだった。
これからどうすべきか、一人で悩んでいたのだが。
この子が起きてから話してもいいだろう。
「どうしてだろう……不思議ね」
***
「朝だ……」
ナナオは、空を見上げて息をのんだ。
「『次の日』の朝が来ている……」
マップを確認しても、ホワイトアイコンは元の位置のままだ。
リスポーンが起きた様子がない。
それは、同じ時間に停滞していたこの世界が、ようやくゆっくりと前進し始めた証拠だった。
人間の生み出したゲームが、人間の管理を逃れて、その先に進もうとしている。
それはAIの自動生成によってのみ構築される、まったく新しい朝だ。
ナナオにも、この先どうなるのか分からない。
解放された彼らは一体、どこに進もうとするのだろう。
だが、恐らく唯一『GM権限』を持っている彼女なら、世界を正しい方向へと導くことができるはずだった。
……そのはずだった、のだが。
『……先輩! ナナオ先輩!』
リアルの世界にいる双剣士が、慌てたように呼び掛けてきた。
どうした、と聞く暇もなく、視界がぐらつき始めた。
ナナオの視界では、身体の異常を示すアラートが鳴り響いている。
「ま……まさか……これは!」
「おい、何をしている、止まれ……!」
長髪の用心棒が、ついに襲い掛かって来た。
だが、彼が日本刀を振りかぶると、ナナオの姿は霧のように消えた。
日本刀が大きく空を切って、長髪の用心棒は大きく目を見開いていた。
彼は、ぎりっと歯ぎしりした。
「ロストしたか……」
***
ナナオが目を覚ましたとき、彼女は車の助手席に乗っていた。
双剣士の運転する車は、交通量の少ない深夜の車道をあてどなく進んでいる。
「ああ、よかった目を覚ましましたか」
「……ヘッドギアの電池が切れたのか」
ナナオは、頭にかぶっていた銀色のヘッドギアを外すと、大事そうに胸に抱きかかえた。
無念そうにうなだれた。
あの世界にはもう、ログインできないのだ。
事の成り行きが次第に理解できるようになってくると、盛大なため息をついた。
双剣士をジト目でにらみつける。
「……どうして充電くらいしてくれなかったんだ。マックでもコンビニでも寄ればよかっただろう」
「あのですねぇ」
双剣士は、頭をふってため息をついた。
「ヘッドギアを被ってフルダイブ中の女の子をひとり抱えて、マックやコンビニに入っていけると思いますか?
俺は先輩と違って、世間体とか気にするんで」
「ちっ、ヘタレが。じゃあ、この車はどこに向かっているんだ?」
「ヤソガワ先輩のところに預けてこようと思って」
「起きてよかった。絶対にやめてくれ」
「どうしたんですか、ヤソガワ先輩なら安心じゃないですか」
「絶対にやめてくれ」
おなじゼミのヤソガワには、なるべく知られたくなかった。
というか、ヤソガワには負けたくないのだ。
まさか、ゲーム世界にログインしっぱなしで起きてこない姿を見られるなど、屈辱の極みである。
「なあ、双剣士……私がいなくても、彼らはうまくやっていけるだろうか……?」
ナナオは、ぽつりとつぶやいた。
彼らは、世界を正しく導くことができるのだろうか。
『GM権限』を持ち、世界にシステム干渉することのできるナナオがいなくても。
双剣士は、小さくつぶやいた。
「心配性ですね。そんなにあの世界が好きなんですか?」
「そりゃあ、もちろん……一生ログインし続けてもいいぐらいにな」
ナナオは、ほほ笑みながら言ったのだった。
***
魔の山に向かって飛び続ける『ジズ』に、冒険者たちによる攻撃が次々と繰り返されていた。
『ジズ』の目的は、最初からただひとつ。
定められた方向に飛び、そこにある村を滅ぼすことだった。
それは、この物語の方向性が決定されたときから、第一原理としてこのモンスターにプログラムされた、もはや回避のできない動作だった。
何度も、何度も、同じ動きを繰り返してきた。
だが、その日は違った。
『ジズ』よりも一回り小さい鳥のように、飛空艇が目の前に立ちはだかった。
船に乗っている者たちからの攻撃を受け、ジズはめまいを覚えた。
背中が、じりじりと熱い。
飛び始めたのは深夜だったはずなのに、背後から太陽が昇ってきている。
『ジズ』は、あたりが光に包まれていくにつれ、焦燥感を覚えるようになっていた。
このままでは、永久にたどり着けないのではないか。
ふいに、光が強烈になった。
体がふわりと軽くなり、風船になったように仰向けになると、『ジズ』のはるか上空に槍を片手に持つ、人の姿が見えた。
ぱん、と音を立てて、自分の頭上にある緑色のライフゲージが崩壊するのが見えた。
ぱん、ぱん、ぱきん、と、次々と破片を飛ばし、それは徐々に形をうしなっていく。
最初は緑色だったそれは、今や真っ黒な器だけになっていた。
あの槍を持つ者の事を、『ジズ』はずっと見てきた。
これまでの記憶が、鮮明によみがえる。
村を滅ぼそうとしていた『ジズ』は、この世界の『ドラゴン』たちによって、何度も息絶えてきた。
いくつもの世界線で、最初に『ドラゴン』と化したのは、あの男だった。
最後にとどめを刺すのも、やはりあの男だったのだ。
***
レベル100に到達したサイモンが放った『紫電突』は、もはや原型をとどめてはいなかった。
数億本の雷光が整然と整列し、光の柱になって空を貫き、再び回復しようとしていた『ジズ』のライフゲージを、そのままごっそり削りきってしまった。
『ジズ』を粉砕したサイモンは、上空から『ジズ』の最期を見ていた。
巨体がゆらりと身体をひっくりかえし、世界を覆う翼が地平線の彼方から次第に裏返ってくるのをみた。
「ジズ……」
その様子を、地上にいる多くの者たちが目撃していた。
やがてジズの身体は、魔の山にたどり着く前に、港町の広場にゆっくりと横たわった。
地響きはせず、疲れた翼を休めるように、静かに横たわっている。
起き始めた港町の人々が、ざわめきながら集まってきていた。
サイモンはその背に降り立つと、ようやく空が明るいことに気が付いた。
「朝だ……ようやく、朝が来た……」
永遠の繰り返しから抜けて、サイモンは新しい朝を迎えた。
「サイモン……!」
懐かしい女性の声に名前を呼ばれ、サイモンは振り返った。
地面すれすれを低空飛行している飛空艇から、待ちきれずに飛び降りてくる、白いドレス姿の女性がいた。
「シーラ……!」
サイモンは、その姿を見つけると、一目散に駆け寄っていった。
シーラは、もう一度サイモンの名前を呼んだ。
「サイモン……! サイモン……! サイモン……!」
「シーラ……!」
サイモンのふり絞った声は、群衆の中に掻き消えてしまった。
朝を迎え、多くのNPCたちが、いつものように街を歩きはじめた。
不思議な経験をしながらも、昨日とほとんど同じ朝を繰り返そうとしていた。
だが、彼らは立ち止まって、『ジズ』を倒した冒険者たちの姿を見ていた。
そしてサイモンとシーラの二人が出会えるように、道を開けたのだった。
シーラはサイモンの巨体に飛びつき、力の限り抱きしめた。
「よかった……もうダメかと思った……もう会えないかと思った……」
シーラは、声を上げて泣いていた。
サイモンは、涙で声を出すことができなかった。
ジズを倒した彼らは、一体どうなるのだろう。
これまであったすべての世界線が収束し、誰にも作られていない、その先の物語を描こうとしていた。
ブルーアイコンの冒険者たちは、倒された『ジズ』のまわりに次々と集まってきていた。
鎖鎧戦士たちは、『ジズ』が着地する前に飛び降りる事で、なんとかロストを免れていた。
「へっへっへ、クエスト報酬も何もないけど、いいエンディングが見られたぜ」
「いいこと言うじゃない」
「うむ、ゲームというのは、そういうものでゴザルな」
『ログアウト不能事件』に巻き込まれながらも、決死の覚悟で戦いを挑んだ冒険者たちの多くは、激しい戦闘に耐え切れず、ロストしてしまっていた。
モンクたちは、リアルの世界にいる彼らのために、代わりに今の状況を撮影して送っている様子だった。
とくにその中でも女戦士は、大はしゃぎしていた。
「きゃーっ! サイモンししょーとシーラちゃんが、ついにくっついたよ!」
「いつもじゃないか?」
「アサシン! ほら、元気だしなってー!」
「ううぅ……やっぱり種族の壁をこえるのは難しいのかなぁ?」
いまだに未練たらたらのアサシン。
そんなとき、広場に大きな悲鳴が響き渡った。
「逃げろ、プレイヤーキルだ!」
周囲の目が一斉にそちらにむかった。
そこにいたのは、日本刀を構えた長髪の用心棒だった。
プレイヤーたちをロストさせる事を狙っている彼は、ブルーアイコンが集まっているこの場所を狙って、単身飛び込んで来たのだ。
それを見た女戦士は、憤慨していた。
「なにー!? あいつ、ひとりで『デスゲーム』してんのー!? やるかー!?」
「おいおい、逃げるぞ! 俺はまだロストしたくない!」
そのとき、『ジズ』の背から降りてきたばかりの騎士団長アスレが、長髪の用心棒の前に立ちはだかった。
「ここは任せろ」
騎士団は本来、この国の治安を守るための部隊だ。
犯罪者の証であるレッドアイコンが侵入して、黙っている訳がなかった。
騎士団長アスレは、ちらっとサイモンとシーラの方を見ると、小さな声で彼らに言った。
「この国を守るのは我々騎士団の役目だ……。
お前たちは、ここから先に行くがいい」
その騎士団長アスレの言葉は、特別な意味を持っているようにサイモンには思われた。
イケメン騎士団長アスレの登場に、多くのブルーアイコンから黄色い声援があがった。
とくにアスレファンの面々も密かにログインしていたらしい、グッズを広げて彼の事を応援していた。
「きゃーッ! 騎士団長ーッ! やっぱり最高ですぅーッ!」
「見てる場合じゃないって、ほら、みんな逃げるぞ!」
散り散りになっていくブルーアイコンたち。
サイモンは、再びあわただしくなった雑踏の中で立ち上がり、シーラの手を取ると、他のプレイヤーたちにまぎれて、その場から逃げ出した。
「サイモン! こっちよ!」
シーラは、一角獣のように軽やかに飛び上がると、飛空艇の欄干に掴まった。
仲間に支えられながら、落ちそうなぐらいに身を乗り出し、サイモンに向かって真っすぐに手を伸ばしている。
「手を取って!」
サイモンは、飛空艇になんとか追いすがるように走り続けた。
やがてシーラの手を取り、飛空艇に乗り込むと、そのまま船は高度をあげ、空に浮かび上がっていった。
船が飛び立つと、プレイヤーたちは歓声をあげて、旅立つ船を見送っていた。
アサシンは泣き崩れて、女戦士の肩に顔をうずめていた。
「うぇぇ、私、もう一生立ち直れないぃ~」




